第45話 蜜を吸う家族

 龍三は子之神家を訪れていた。


「あれは、やはり竜さんか…」

「あの集落で偶然に龍三さんを見たんだ」

「・・・ !?」

「結果的に、龍三さんが敵に察知されたタイミングで小屋から火の手を上げ、爆破させた…この子がね」


 竜はそう言って龍三を見てニヤリとした。


「雷斗くん…だったね」

「はい」

「助けてくれてありがとう!」


 雷斗は照れた。龍三と会うのは久し振りだ。良く遊んでくれる面白いオジサンという印象は消えない。雷斗は龍三に会うだけで楽しかった。


「でも、竜さんたちが何故?」

「カマスの連中は、妖子の母親の人生をめちゃくちゃにし、妖子の人生までズタズタにしたからです」

「・・・・・」

「龍三さんも知ってのとおり、我々家族は血が繋がっているわけじゃない。血の繋がりより強い、復讐の血で繋がってる」

「竜さんのこの地での小説もいよいよクライマックスだね」

「まだまだです。かごめの報復がまだ終わっていません」

「例の3人の刺客だね」

「ええ…そしてそれを指示した『まほろばの宝輪』の教祖、曽我善法です」

「善法はいつでも片付けられるが、3人の刺客は見つかったのか?」

「まだです」

「目途は立っているのか?」

「やつらの出身先であるカルト団体が運営する孤児院を洗っているんですが、ガードが固くて…」

「成程…孤児院とは名ばかりで、あそこは特殊工作員の製造所のようなものだ。竜さん一人の手に負える相手ではないかもしれない」

「かもしれません。しかし、教祖を追い詰めれば3人誘い出せるのではないかと…」

「敢えて竜さんが囮に !? それは危険すぎるだろ。家族だって巻き込むことになる」

「もう…それしか方法がありません。これまでも家族の敵は家族4人で協力して報復してきました」

「信念は解るが、そろそろマタギ衆の力を借りる時じゃないのか? 竜さんはこの村の人たちと同じ考えだ。竜さんの敵はこの村の敵でもある」

「・・・・・」

「この村の人たちは “ 悪い人 ” に猶予を与えない。即抹殺だ。悪人に猶予を与えれば、その分迷惑する人間が出る。時を逸すれば罪のない人間の不幸を誘い、死人も出る。この村は、悪い人を消すことで復活した村なんだ」


 龍三は阿仁の花火の夜のことを思い出していた。鬼ノ子村の先祖が立ち上がった報復の夜だ。


 火葬船から夜空に巨大な大輪の白菊が花開いた。指揮を執っていた長老の貞八は呟いた。


「人が群れればクズが出る。子孫を守るためには、内外うぢそど別げねで、鬼になって間引ぐしかねんだ」


 そう言って貞八は合図を送った。すると、小沢こさわ鉱山の坑道跡に秘密裏に建設した広大なカマスの工作員アジトが、深部から大熊が唸るような地響きたてて、山ごと闇の中に陥没していった。カマスの一族に乗っ取られそうになった鬼ノ子村は再び平和な日常が訪れた。しかし、以前とは少しだけ違った。如何なる柵にも捉われず、侵略を企てる悪人には誰もが非情になった。


「過去にこの村は飢えのために忌まわしい間引きが慣習となっていた時代がある。しかし、間引く相手を間違えてはならない。いくら貧しくても善良でさえあれば己の肉親を間引いてはならない。間引くのは “ 悪人 ” のみだ。カマス一族への報復を通して、先祖は、悪人を間引けば善良な人間が潤うことを知ったんだ」

「かごめも雷斗も、そして妖子も、幼少期に、学習と成長が人生最大の喜びであることを体験できなかった子どもたちの未来も、その周囲も不幸だ。私はこの子たちに巡り合えて幸せだ。この子たちが心を開き、自己を確立するのを見ながら、私も私自身の忌まわしい過去から立ち直ることができた」

「ご家族の皆さんは、竜さんが過去と闘う姿が刺激になり、一番の励みになったんじゃないかな。善い環境にあっても、しっかり自己を確立できる大人の人間が少なくなった。テロより隣人に気を付けなければならない時代に突入した」

「われわれ家族には、どうしてもその種の人間を野放しにはできない。その種の人間を始末せずに平穏な生活を送れるとは思えない。この先、我々家族は、目的を果たしても、平静を取り戻すことは出来ないだろう。なぜなら…恨みを果たせずにいる人間を見ると、自分の恨みのように怒りが込み上げてくる。そして我々は、その人たちの恨みの蜜を吸わずにはいられない家族になった。我々は復讐の蜜なしには生きられない。我々がこの心の闇から這い上がるには、他人の復讐心を吸い取って生きるしかないことに気が付いたんです」

「この村に永住する気はないかい? あなたたち家族は根っからの鬼ノ子村魂を持ってる。この村でなら水を得た魚のように過ごせるはずだ」

「私たちも、この村の役に立ちたいと思っています」

「それなら何の問題もないじゃないか」

「龍三さん、私たち家族をあなたたちが今実行しようとしている計画に参加させてもらえませんか!」


 かごめと雷斗も龍三の反応をじっと窺った。


「社会は家族という単位に油断があります。何なら、私たち家族はカマスの集落に移転して工作活動をします」

「それは危険過ぎる」

「僕は平気だよ!」

「私も!」


 そんな雷斗とかごめを龍三は窘めた。


「だめだ…計画は鬼ノ子村全員のチームワークで進めている。あなたたちの勝手な動きで計画が台無しになるのは避けなければならない」

「兎に角、我々も計画に参加させてもらいたい。きっと役に立つ。その上で鬼ノ子村の一員になりたい」

「それは分かっている…だが、どう役に立ってもらうかはこっちで決めさせてもらいたい」

「それじゃ!」

「我々は、竜さんたちがこの土地に来てからの行動は逐一把握している。かごめちゃんの高校生活、雷斗くんの中学生活、あっぱれなものだ。妖子さんの生立ちとの格闘はつらいものがあったろう。けじめの付け方は正に鬼ノ子村魂だ。守銭奴の動物愛護団体の片山妃那子の娘を引き取ったことも竜さんらしいと思う。あなたたち一家は、普通の家族以上に強い絆で結ばれている。既に鬼ノ子村の善良なる住人だ」

「ありがとう、龍三さん!」


 子之神一家が鬼ノ子村に根を下ろした瞬間だった。


「ところで…その蘭さんは?」

「虎鈴と一緒だと思いますが…」

「ああ、牙家さんも一緒だから安心だ」

「牙家さんと !?」

「カマス集落の偵察だよ。交替で動きを見てる。牙家さんは若い人を育てるのがうまい。年の近い虎鈴は、蘭さんのいいお手本にもなる」


 龍三は、竜たちのカマス集落殲滅計画への参加を受け入れ、子之神家を後にした。


 竜は机に向かった。


□□□ 今の時代、人生を捨てたくて虫の居所が悪い人間が、無差別に殺意を抱くには恵まれた環境だ。そうした人物の過去の恨みに繋がるスイッチは日常に五万とある。例えば、都会の電車だ。電車の中はいつもその時代を反映している。譲られて当たり前顔のご高齢者。権利を強過ぎるほどに主張する障がい者の態度。乳児ほったらかしでスマホゲーム三昧のいい大人。隣構わず粉を撒き散らしながら化粧にご熱心な女。辺り構わず咳のし放題…恨みのスイッチを挙げたら限がない。しかし、無差別はいかん。やるなら悪人のみ。悪人に対して、刑は余りにも無神経だ。善人の程度を越えた我慢が前提で世の中が回っている。可笑しなことに、物申した善人が面倒臭がられ、下手をすれば悪人扱いだ。被害者の人権は加害者への刑と釣り合いが取れなければ平等ではない。例えば難民だ。難民を救うということは、彼らの衣食住を保障するということだ。難民救済と言えば聞こえはいいが、ゴールのない奉仕だ。誰が好き好んで縁も所縁もない外国人の居候に奉仕するというのだ。三度の食事、部屋の提供、教育、医療費の負担、排泄の始末、入浴、など、生活一切の面倒を全てみるということだ。見ず知らずの外国人を自分の生活圏に受け入れたことで精神的・経済的損害を受けることは確実だ。月日がが立てば、彼らは支援に対する感謝の気持ちより、自分たちの文化を主張するようになる。火葬の日本で、宗教上の理由だと言って土葬を主張するような本末転倒を許していたら、日本文化・伝統を大切に生きている日本人の日本人たる存在はどうなるというのだ。日本の文化に倣えないなら帰国すればいいだけの話だが、人権団体が甘やかして居座らせる悪循環が起こる。難民受け入れを叫んでいる人々は本当に損害を受けてまで与えることに疑問を持たない人たちなんだろうか怪しいものだ…もし、自分で実践できないなら人権も平等も叫ぶべきではない。仮に実践しているならば他人を巻き込まず、黙ってやればいい。偽善で叫んでいるならば、そのこと自体が国家転覆に至る大迷惑な行為であり、抹殺に値する。加害者の人権と被害者の人権が平等というのがそもそも面倒の源になっている。裁判は背景と金でどうにでもなる世の中だ。被害者は法を超えたところで自立しなければ身を守れない時代であるがゆえに、自己救済こそ基本的人権に謳うべき正義なのだ。死刑が最高刑ではない。死刑は100%被害者の満足を得られる刑ではない。“報復” の刑こそ最高刑であるべきだ。被害者には報復の権利を認める判決を与える方が被害者の人権を尊重することになる。悲しみと苦しみの地獄を這いずりまわっている被害者家族に生甲斐すら与えるかもしれない。報復の連鎖をいうなら、裁判で認められた報復に対する報復を犯した者は、即刻死刑に処せばいいだけの話だ。□□□


 キィボードから手を放した竜は、いつの間にか妖子が入れてくれた冷めたコーヒーを美味しそうに啜った。


〈第46話「虎鈴と蘭」につづく〉

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