第31話 自力救済

 動物愛護活動で敵対しているマタギ衆の重鎮のひとりに、傷付いた娘が助けられて家まで送り届けてもらった片山妃那子は、複雑な心境だった。

 娘と二人きりになった妃那子は、娘に起こってしまったことの重大さを改めて噛締めながら、暴発しそうな胸を抑えるので必死だった。


 妃那子は蘭を送り届けてくれた辰巳の帰り際の言葉を思い出していた。


「誰かに落とし前付けてもらわんと、娘さんの気持ちは治まらんだろう。オレの子どもだったら、命で償わせる」


 辰巳はそう言って去って行った。妃那子は、自分の娘も守れないで盲目的な、しかも利益追求に終始している動物愛護運動に意味があるのか、初めて己を振り返った。

 これまで、動物を虐待する人間を無条件で攻撃の対象にして来た。そこに必ず利益を絡めた。では、人間を虐待する人間はどうすべきか…しかも、実行犯である直接の加害者は行方不明である。

 辰巳の話では熊の餌食になっている可能性が高いだろうということだった。だとしても、それでは被害者の気は治まらない。直接自分の手を下して苦しみを与えた実感がなければ、満足は得られない。新たな攻撃対象を定めて、自分の手で報復する以外、心の落としどころはない。

 妃那子はこれからどう報復するか、蘭とじっくり話し合った。


 白鷹中学の放課後、気丈に登校した蘭は、同級生である行方不明の金本作治の息子である秀治を呼び出し、飼育小屋に居た。


「知ってる? ウサギって美味しいんだよ」

「ウサギ食べたの !? 蘭ってケモノ?」


 秀治は蘭を軽蔑したような目で見た。


「ケモノは秀治の父親だよ」

「え !?」

「てか、ケモノ以下だよね」

「どうしてボクのパパの悪口を言うの?」

「悪口じゃないよ。事実だよ」

「それ以上パパの悪口を言ったら絶交だからね」

「私は昨日の自然見学の途中、おめえの父親にレイプされたんだよ!」

「レイプ !? いい加減なこと言うな!」

「昨夜帰ってないだろ、おめえの父親」

「いつも仕事で忙しいんだよ」

「今回はもう二度と帰って来ねえよ」

「今回ってどういう意味 !?」

「おめえの父親が今どこでどうなってるか、私知ってるよ」

「パパはどこにいるんだ !?」

「だから、もう生きてねえんだよ」

「嘘だ!」

「おめえの父親は、私をレイプしている時にクマに襲われたんだよ。血の雨が私の顔に降って来た。私はマタギ猟師の人に助けられたの」

「なら、場所を言ってみろ!」

「もうそこには居ないよ」

「ほら、デタラメを言ってるから言えないんだ」

「熊は一頭だけじゃなかったのよ。あなたの父親は熊の餌として、あいつらの巣に持っていかれたのよ」

「嘘だよね! 嘘吐いてんだよね!」


 冷たい蘭の表情を見て、秀治は泣き叫んだ。


「おめえが泣いても、おめえの父親が私をレイプした罪は消えない。おめえが罪を償え。でなければ、おめえの父親が私にしたことをみんなにバラす。おめえはレイプ犯の子になるのよ!」

「ボクにどうしろって言うんだ!」

「これ、飲みなさい」


 蘭はミルクのようなものが入ったペットボトルを出した。


「おめえはレイプ犯の子として生きる? それともこれを飲んで楽になる? どうせ生きていたって、レイプ犯の子っていうのが一生付き纏って、おめえに未来なんてない。もし未来があったら、私が全部潰していく」


 秀治は衝動を抑え切れなくなって蘭からペットボトルを奪って飲んだ。


「これで気が済んだろ…これで…」


 秀治は泡を吹いて卒倒した。飼育小屋のウサギが暴れる秀治を避けて隅に固まった。秀治は目を剥いたまま動かなくなった。


「動物の死に様はそれなりに可愛いけど、人間の死に様は可愛くない」


 そこに、呼び出された寺山則夫の娘・杏が遅れてやって来た。


「秀ちゃん、どうしたの !?」

「遅かったわね、杏。時間どおり来ればどうしてこうなったか見れたのに」

「死んでるの !?」

「うちのママ、いらなくなったペットには、いつもこれを飲ませてるの。安楽死ってやつ? 安楽でもないようだけど、苦しんで死んでいくのを見るのって結構快感だよね」

「あなたがやったの !?」

「杏にも飲んでもらうのよ。ほら、こいつはあなたの分を残しておいてくれたよ」


 蘭は杏に、秀治の飲み残したペットボトルを差し出した。


「やめて蘭ちゃん…そんな恐ろしいこと」

「恐ろしいことしたのは、おめえの父親よ」

「・・・!?」

「秀治がどうしてこれ飲んだか分かる?」

「どうして?」

「父親が私をレイプしたからよ」

「・・・!」

「秀治は父親の罪を償うために責任を取ってこれを飲んだの」

「なら、私のパパは関係ないでしょ?」

「おめえの父親と組んでやったことなの」

「私のパパもあなたにひどいことをしたの?」

「いいえ、おめえの父親は秀治の父親の犯行に協力したの」

「だったら、パパは秀ちゃんのお父さんより罪が軽いわ!」


 杏の言葉に蘭は切れた。


「同じなんだよ! 直接手を下そうが、見てるだけであろうが、被害者の私から見ればその罪は同じなんだよ! さあ、これを飲みな!」

「嫌!」


 蘭は杏の首を抑え、強引にペットボトルを口に持っていった。


 その時、飼育小屋の前を雷斗が通り掛かった。雷斗は父親の迎えを待つために、いつもの場所に向かっていた。


「雷斗、助けて!」


 杏の声に、雷斗は無反応で飼育小屋の前を通り過ぎて行った。


〈第32話「雷斗のターゲット」につづく〉

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