第27話 首無しワラ人形

 翌朝、登校するとかごめの机の真ん中に、五寸釘で藁人形が打ち付けられていた。


「私の机にも…」


 蒼空がかごめのところに持って来た。


「…ということは」

「ということだよね」


 昼休み、二人はつづらたちと会っていた。唐獅子牡丹組全員の机に打ち付けられていたことで、琉生たちの幼稚な嫌がらせであることは分かっていた。


「どうするよ」

「私にいい考えがあるんだけど…」

「どんな?」

「仕掛けた連中が最も腹を立てる平和的解決よ」


 下校時、かごめたち唐獅子牡丹組は、ワラ人形をアクセサリー代わりにカバンに吊るして学校を後にした。


「あいつら、何考えてんだ? ワラ人形をカバンに吊るしたりして…自虐か?」


 琉生たちは、してやったりと思いたかったが、どうも違う展開に肩すかしを喰らったような違和感を覚えた。

 一週間もすると、更に琉生たちを逆なでするような事態になった。殆どの女子のカバンにワラ人形アクセサリーが吊るされるようになっていた。

 琉生がひとりの女生徒に聞いた。


「それ、何?」

「この “ワライナちゃん” ですか?」

「笑いなちゃん !?」

「稲のワラなのでワラ イナちゃんっていうんですって。凄い流行っちゃって」

「なんで流行ってんの?」

「“いじめ”から守ってくれる御守人形なんです。このお守りを持っている人をいじめると、苦しんだ末に死ぬんで、それを見て“ワライナ”って…なんかブラックだけど面白いでしょ」


 女生徒はそう言って、ケラケラと去って行った。かごめの思惑は大当たりだった。

 かごめが帰宅すると、竜は妖子と久々にコーヒータイムを過ごしていた。


「どうだい、女子たちの反応は?」

「大流行! もう殆どの女子が付けているよ」

「やったわね!」

「でも、よくあれだけのワラ人形作ってくれる人がいたね」

「龍三さんって知ってる?」

「お父さんのお友だちでしょ?」

「ああ…その龍三さんの幼馴染の松橋英雄さんって人が作ってくれたんだよ。器用な人でね。未だに機械を使わず、馬で農作業をしてる人なんだよ」

「機械と馬はどこが違うの?」

「機械だとワラが残らないんだ」

「どうして? 焼いちゃうの?」

「細かく粉砕されるんだよ。稲の刈入れの時、もみだけを収穫して、後のワラを自動的に粉砕して田圃一面に散らすんだ。翌年の肥料になるんでね。だから、貴重な藁を残せないんだ。ワラを粉砕することは、ワラの文化をも粉砕することになってしまってるんだよ」

「ワラの文化?」

「ワラ細工は今や芸術品だよ。作れる人が激減してしまって、匠の技を後世に残せないかもしれない緊急事態なんだよ。他にも家畜飼料にするなど、ワラの需要はあるんだけど生産が少ないから今や貴重品なんだよ」

「“ワライナ”ちゃんって、うちの学校だけじゃ勿体ない商品よね」

「大丈夫。道の駅の売店にも置いてもらうことにした。もう、かなり売れてるらしい。自治会が鬼ノ子神社で正式な御守として頒布することも決めたらしいよ。英雄さんが生産が追い付かないって喜んでたよ。かごめにお礼しないとって言ってたよ」


 その夜、無人の鷹羽岱神社から音が響いていた。呪いのワラ人形の胸に、血文字で「琉生」と書かれた白い布が巻かれ、中心に五寸釘を打ち込む姿があった。小百合だった。小百合は打ち終わるとカッターナイフを出し、ご神木に張り付けたワラ人形の首をゆっくりと切り落とした。足下に落ちたワラ人形の首を冷ややかに眺め、一気に踏み付けてぐしゃぐしゃにすると、首無しのワラ人形に語り掛けた。


「この次はほんものにやってやるからね」


 そう言うと、小百合の顔に血の気が差し、初めて柔らかい表情になった。その時、背後に気配を感じ、振り向いた小百合の顔が再び血の気を引いた。


「・・・!」


 かごめが立っていた。


「そんな顔しないで…私は敵じゃないわ」

「・・・・・」

「協力するよ…あなたの復讐に」

「・・・!」


 琉生たちはカラオケボックスに居た。


「琉生、血が出てるよ」

「え !? どこに?」

「首んとこ…」


 ありさに言われるまま、おしぼりで首を拭いた。


「いつ切った?」

「…覚えてない」

「やだ !?」

「どうした?」

「傷が首を一周してる!」

「嘘 !?」


 奈穂の言葉で一同に緊張が走った。中でも、真帆は異常に震えていた。


「どうしたんだよ、真帆?」

「見たことある」

「何を?」

「その…一周する首の傷」

「どこで?」

「・・・・・」

「どこで見たんだよ?」

「…ママの首」

「なんでそうなったんだ?」

「ママ…呪いを掛けられたの」

「呪い !?」

「誰に !?」

「・・・・・」

「誰に掛けられたんだよ!」

「前の奥さんに」

「前の奥さんって?」

「私…連れ子なの」

「何だよ、連れ子って?」

「子連れで再婚することだよ。いちいち聞くなよ、絵里奈。でもさ、前の奥さんとはちゃんと別れて結婚したんだろ?」

「奈穂、おまえだって聞いてんじゃんか!」

「ふたりともいい加減にしなよ…どうだっていいだろ、そんなこと。で、ママはどうなったんだよ?」

「死んだ」

「呪いで?」

「…交通事故で」

「じゃ、呪いは関係ねえじゃん」

「大型トラックの下に潜り込んで…首が…」


 一同が黙した。


「ママの遺体に首がなかった。ぐしゃぐしゃで修正できなかったって…首が無い遺体って、誰だかわかんないよね」

「もうやめろ、真帆」


 一同の視線が琉生に集まった。


「何見てんだよ!」


〈第28話「鬼ノ子山」につづく〉

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