第10話 老害は不成仏霊
老夫婦は金縛りに遭ったように竜の言葉に甚振られ始めた。
「さっき、あなたの口で言いましたよね。須藤氏は息子に介護の苦労をさせるくらいなら死んだほうがマシだと言ってた…と」
「・・・・・」
「その決意をあなたは軽はずみに踏みにじってる…そこに気付きませんか?」
「しかし…それなら私の家族はどうなるんです? 親戚から殺人犯が出たんです。世間のバッシングで苦しまなければならないんです」
「その原因を作ったのは誰でしたっけね」
「・・・・・」
「須藤氏は息子に扶養の煩わしさと介護の地獄を味あわせたくなかったんです。それをあなたたちは踏みにじったんです」
「しかし、私の娘は私たちと一緒に住むことを望んでいたし、喜んでいたんです」
「そうであれば須藤氏はあなたの娘さんをも殺したかったでしょうね。しかし殺さなかった。それは、息子に、そして孫に悲しい思いをさせたくなかったからです。あなたは自分の老後の介護の世話を娘夫婦に看させようとしていたんですか?」
「私どもは息子がおりません。娘に看てもらうしかないんです」
「娘の夫はそれを了承しましたか?」
「そういう話はしていませんでしたけど…」
「世帯主に確認もせず、娘夫婦の世話になろうというのは如何なものでしょうね」
「同居を了承したということは、介護も了承したと思うのが普通だと思うんですが…」
「全く普通じゃない。実に身勝手な論理です。元々、ゴリ押しでの居座りでしょ、あんたら?」
「居座りって、それは言い過ぎじゃありませんか?」
「事実のままです。あんたらは居座りです。寄生です」
「寄生 !?」
「娘を出汁にした悪質な寄生です」
「ひどいことを言いますね」
「あなたがひどいことをしたんです」
「私どもに非があったということですか!」
「ええ、あなたたちは殺されて当然のことをしたんです」
老夫婦は、竜の口から繰り出される非常識とも思える言葉に苛立ちを募らせていった。
「娘の妹はどうなるんです! 姉の舅に両親を殺されたんです! その悲しみ苦しみはどうなるんです」
「さっきから殺されたの殺人だのと仰いますがね、警察は事故と判断してるんで、あなたの仰ることは正しくありませんよ」
「しかし、真実は殺された私どもが知っています」
「では、娘夫婦に寄生したのも真実ですよね」
「・・・・・」
「抑々、全ての原因を作ったのは誰であるかの自覚が全くないようですね」
「あなたの仰ることも多少は分かりますが…」
「多少じゃ無意味です」
「確かに私どもの希望が強かったのかもしれません。断ってもらえば同居はしませんでした」
「人のせいですか? いい年ぶっこいて自制の心はないんですか?」
「悪意があってのことじゃなかったんです」
「悪意がないほど迷惑なものはない。悪意がなければ逃げ切れると思ってる人間が多過ぎる」
「・・・・・」
「須藤氏は妥協せず、あなたの身勝手に対し、筋を通しただけですよ。妹さんの悲しみは、元はと言えばあなた方から発しているんです」
「全て私どもが悪いんですか…孫の世話だって一所懸命やらせていただきました」
「誰のために?」
「え !?」
「誰のために孫の世話をなさいました?」
「それは勿論、娘夫婦と孫のためですよ」
「娘は同居を望んだとしても、娘の夫はどうですか?」
「・・・・・」
「孫のためには何をなさいました?」
「ディズニーランドとか、動物園とか、デパートの玩具売り場とか、公園とか…いろんなところに連れてってあげました」
「何のために?」
「え !?」
「何のために? 誰のために?」
「ですから、孫のためですよ! 楽しい想い出を作ってやるためです。当たり前じゃありませんか!」
「それは違います。大きな勘違いです。あなたの自己満足のためです」
「なんてことを…なんてことを仰るんです、あなたは!」
老夫婦の顔が少しづつ醜悪に融けだした。
「では伺いますが、何のためにディズニーランドに連れて行きましたか?」
「何のためって…楽しい想い出を作ってあげるためと言ったじゃありませんか!」
「それのどこが孫のためになりますか?」
「あなたの言ってる意味が分からない!」
「バカだから分からないんです。ディズニーランドに連れて行ったのは、孫の何倍もあなた方自身が喜びを感じたいためです。孫を出汁にして、あなたがたが自己満足を得るためです」
「それは違います!」
「では、何のために動物園に連れて行きましたか?」
「ですから! 孫を喜ばせるためです! 孫の喜ぶ顔が見たいから連れて行ったんです!」
「どっちですか?」
「え !?」
「どっちですか? 孫を喜ばせるためですか、それとも孫の喜ぶ顔が見たいからですか?」
「…両方ですよ」
「孫は喜びましたか?」
「喜びましたよ!」
「それで?」
「え !?」
「それでどうしました?」
「いろんな動物を見せてあげました」
「何のために?」
「・・・?」
「あなたたちは動物を見せただけですか?」
「動物園は動物を見せるところでしょ」
「見せるだけなら図鑑で充分でしょ。動物園に行く前に図鑑を見せて予習して遊びましたか?」
「…それは」
「はっきり申し上げて、孫をいろんなところに連れ歩く優しいおじいちゃんおばあちゃんを演ずるご自分たちに酔ってらっしゃったんじゃありませんか?」
「・・・・・」
「玩具売り場も公園も、あなたたちの自己満足の舞台です。孫は可哀そうな道具に過ぎません。大きくなったら覚えちゃいませんよ」
「思い出の写真があります!」
「押し付けの証拠写真ですね。昔、こんなに可愛がったんだよという押し付けの証拠写真ね」
「そんなふうに思ったことなんか一度もありません!」
「そう、あなたたちは無意識のうちに無神経な身勝手を撒き散らしていただけです」
「あなたなんかに相談するんじゃなかった!」
「あなた “なんか” にですか…」
竜は苦笑いした。
「ではお引き取りください。これ以上バカの相手をする時間はありません。あなたたちは死んで、世の老害が二人居なくなった。社会全体から見れば喜ばしいことです。そしてあなたたちはこれから身勝手の罪で地獄に落ちるんです」
「地獄に落ちるのは須藤です!」
「私に叫んだところでどうなります? 須藤氏は世の老害を二人成敗したんです。立派な善行です。ま、決めるのは閻魔様…さてどちらの判断が正しいでしょうね。どっちにしたって私には関係ない。どうでもいいことだ。では、さようなら」
「あなたを呪ってやる!」
「それはお門違いですよ、上山さん。あなたこそ呪われているから、こうして成仏できずに彷徨っているんですよ。自分の顔を鏡でよく見なさい」
竜は上山老夫婦に鏡を向けた。
〈第11話「鏡」につづく〉
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