なんか妹がすぐに死ぬ
加登 伶
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小さな温泉街を中心にかつては観光業で栄えた町。今は寂れる一方で、例に漏れず少子高齢化した町。Y町。そんな町でも日常は日常らしく存在する。
少子といっても子どもはいるし、塾もある。小学校低学年の児童が通うそろばん塾と、小六から中三の生徒を対象に高校受験を視野に入れた指導を行う進学塾。進学塾は個人経営ながらもそれなりに実績があり、それなりの月謝をとる。Y町の多くの親は、通わせるにしても中三からとか、夏期講習だけとか、そういう利用の仕方をする。そうせざるを得ない経済状況にある。よって小六や中一の頃から早くも進学塾に通っている子どもは、それだけでいいトコの子だと認定される。
小学校のすぐ近く、午後八時を過ぎてなお煌々と明かりの漏れる建物がひとつだけある。三階建ての白いビルに、シンプルな字体で掲げられた『&STEP』というロゴ。それがこの塾の名前だ。
三月下旬。春休みの体験受講生が多い時期。駐車場には迎えの車と、塾生たちの自転車が何台も止まっていた。保護者の都合で迎えが遅れる場合、塾生は二階のラウンジで待機するよう指導されている。ラウンジといっても廊下の奥に横掛けの椅子と自販機が置かれているだけのスペースだ。奥の窓からは駐車場が見下ろせる。迎えが来ればすぐにわかる位置だ。
自販機と窓の間。ちょうど影になる場所で、二人の少年が立っていた。他の塾生とは少し距離を置くように、静かに二人だけの空間を作り、話をしている。
一人は小柄で髪も服も鞄も靴も、全体的にきちんとしている。もう一人は身なりこそ清潔だが、髪が非常識に長い。襟足は肩にかかり、前髪は唇に届くほどだ。
「第六感世代」
小柄な方の少年、荒家瞬(あらいえ しゅん)がぽつりと言った。
「ん、なんて?」
髪の長い方は、ぼんやり窓の外を見ながら聞き返す。
「第六感世代って言葉。最近テレビとかネットとかで話題になってるじゃん」
ここ数年、小中学生の間で逸脱した才覚や能力を持つ者が次々と現れている。手のひらで握った金属を自在に曲げられる少年。一度聴いたピアノ曲を譜面もなく完璧に演奏できる少女。一人がメディアを賑わせ、その波が引いた頃にまた新しい一人が注目される。
同時期に、小中学生の学力テストおよびスポーツテストの平均値が急上昇した。生徒全員の値が万遍なく上がったのではなく、特出した数十名の生徒が平均値を押し上げていた。
識者も、権威者も、誰もなにもわからない混乱の只中で、名前だけが生まれた。
第六感世代。
どこの誰がつけたのか、インターネット上でその呼称は広まり、テレビもこれを取り上げた。それまで「彼ら」としか言いようのなかった少年たちに、名前がついた。
髪の長い少年はふっと息をついた。
「ああ。世代とか言われても困るよな。なんか特別な子どもが増えてきたのは事実みたいだけど、全員に第六感があるわけじゃないのに。つうか、無いやつが大半だろ」
「でも、ちょっとワクワクしない?」
「そうか? 俺はいやな予感しかしない」
二人は同時に笑った。安易に共感せずに、自分の意見を素直に言い合える。この町でこんな人間関係は貴重だった。よく言えば協調性、悪く言えば同調圧力の高い田舎の町では、価値観は似かよっている方が良しとされる。そう思わない二人を、二人は互いに気に入っていた。
「考司(こうじ)はありそうだよな、第六感。成績いいし、勉強しててわからないって言ってるの、聞いたことないよ」
「そんなの第六感じゃない。成績がいいのは努力の結果だ」
髪の長い少年、考司は当然だという顔で再び窓の外を見た。
できるやつほど決まってそう言う。そのわりに努力している様子が見えない。
それで他人を妬むほど瞬は勉学に熱をあげていないし、自分の成績に不満もない。それでもやっぱり不可解だ。いっそ第六感と言われた方が納得できる。
「瞬は、どうなんだよ」
途切れた会話を考司が繋いだ。
「眼科医の息子だろ? なんかそれっぽいのないのか。すっげえ視力がいいとか、見えないものが見えるとか」
塾からもほど近い『荒家眼科クリニック』はY町で唯一の眼科専門診療所だ。数年前に瞬の父が開業した、まだ新しい綺麗なクリニックは、子どもからお年寄りまで町民の好感度をしっかり獲得している。が、瞬はただそこの医師の息子というだけだ。
「ないよ。視力は一.五。見えてる世界もふつうだよ。あ、でも、ただ」
ふと思い出した。気になるといえば気になること。
「最近変な夢を見るんだ。似たような内容の夢を、繰り返し」
考司は黙って聞いていた。瞬は続ける。
「いつも女の子が死ぬんだ。その、僕にとって、結構、大事な女の子が」
「真耶(まや)か」
考司の出した名前に、瞬の肩がわずかに跳ねた。
「なんでわかった? 第六感か」
「ちげえよ。第六感なんかなくてもわかる。瞬が〝結構大事〟なんて言うご大層な女の子はあいつくらいだ」
顔が熱い。勘のいい考司には気づかれていても不思議じゃないと思っていたが、こうもズバリと見抜かれるとさすがに戸惑う。瞬は右の手のひらで目を隠し、大きく息を吐いた。落ち着きを取り戻すと、閉じた目蓋に浮かんだ。ぼやけた夢の跡。よく知った少女の横顔。結構、大事な、女の子。
「なんで、死ぬ夢を見るんだろう」
「死にそうな顔してるもんなぁ、あいつ」
「そんな言い方すんなよ。確かに明るくはないし、あんま笑わないけど、真耶は」
「いや、悪口じゃないんだけどさ。なんつうか、わかんないかな。死にそうっていうか、死にたそうな顔って感じ? 駄目だ、これも悪口っぽいな。ごめん、今のナシ」
すまなそうに考司が笑うので、話題は自然に打ち切られた。
瞬は言わなかったが、確かに思った。
なんつうか、わかんないかな。
わかるよ。
死にたそうな顔。
その表現はあの子に、真耶に、ぴったりだった。
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