第88話 エロい人

 体育館に満ちる『うねり』。それは、この場を埋め尽くす女子生徒の小さな話し声。


 『うねり』が歓声に変わった。


 それは、私達が入って来たのと反対側にある通路に、彼女達が待っていた人達が現れたから。


 先頭の人は集った女子生徒達に、大きく手を振りながらこちらへ歩いて来る。


 手を振られた女子生徒は黄色い歓声を上げて、手にした応援グッズを振り返す。


「行きますよ。」

 部長さんが歩き出す。その後を私達が追う。


 近付いて相手のグループを見て超驚いた! もう、驚く事ばかりだ。


 そのグループの先頭は女子生徒…。その姿が『超エロい』としか言いようが無い!


 とりあえず、描写しとく。


 下からいくね…。膝上までの黒いハイヒールのロングブーツは、絶対領域を作り出す。

 その上のスカートは赤と黄色がメインのチェック柄で腿(もも)半分ぐらいの長さだけど、右側に深いスリットが入ってる! 歩く度に太腿がチラリと見えてエロい!

 シャツは白で、肘まで袖まくりして、お腹で『ギュッ』て結んでるから、お臍(へそ)が見えてる! で、胸元はボタンを多めに外して大胆に深い谷間が露出している。羨ましい…、な、なんて思ってないよ!!(汗)

 手に持っているのは、何かの棒だけど…。それも、よくあるエロいグッズに見える。

 口元を彩る紅(べに)は、血の赤。その横の黒子(ほくろ)を強調している。

 目元を飾る紅と同じ色の眼鏡は、切れ長の目を強調するかの様な細長いデザイン。

 金髪を後ろで纏めたロングのポニーテールは歩きに合わせ揺れる。

 お約束の『ボン・キュッ・ボン』は、全身でエロいキャラを演出している。

 背高いな、ハイヒール穿いているとはいえ、小南先輩ぐらいは余裕であるんじゃないかな? 見下されてる感じが、半端ない。


 二つのグループが体育館の中央で対峙した。


 両グループの間の空間に、見えないはずの火花が『バチバチ』と散っているのが見える。


「お久しぶりですね。」

 うちの部長さんが挨拶すると、エロ人が、

「お久しぶり。」

と、返す…。話し方もエロいぞ。

「この度は、練習試合受けて頂きありがとう御座います。」

「なんのなんの、こちらも丁度相手が欲しかったし。」

 形式的な挨拶だよね。何だか息苦しい。続けて、エロい人が、

「それに、うちの今年の新入部員を自慢したくてね。」

 振り向きキョロキョロして、

「あれ? 幸(さち)は?」

と、聞いた。

「部長。そこです。」

と、近くの女子生徒。

 このエロい人が部長だったのか! じゃあ『エロ部長さん』だな。


 指差されたのは、エロ部長さんの真後ろ。そこに、しがみついている女子生徒。顔の右半分を出して、眠そうな半開きの眼(まなこ)でこっちをじーっと見てる。気が付かなかった!


 エロ部長さんが右手を伸ばして、しがみついている女子生徒の首根っこを掴む。

「こら、幸ぃ! 挨拶しなさい!」

と引っ張るが、びくともしないのはお約束かな?


 しばらくの攻防の後に、前に引きずり出された。


 一番目を引いたのは、手にしている大きな白いウサギのヌイグルミ。胴体が隠れる程のサイズだ。身長は私と同じぐらいだから、かなり大きいと解る。

 ちょっと伸びた感じのショートカットは良く似合っている。そして、眠そうな目…半開きの様な感じの目で、じーっと見ている。


 口元がモゴモゴ動いたかと思うと、ペコリと頭を下げ、元の場所…、エロ部長さんの後に戻った。

「ごめんよ。幸は人見知りで。」

と、後に隠れた幸と紹介された女子生徒の頭を撫(な)でた。

「お気になさらず。」

 返すうちの部長さん。


「でも、この幸は凄いんだ。」

 いきなり強い口調になった。

「親が、パンツァー・イェーガーの機体の設計をやっているんだ。だから、小さい頃から関わってた。」

 一旦、ためて、

「更に、三歳からピアノを初め小中では全国大会にも出場した。」

「そ、それは…。」

 うちの部長さんが驚く。

「そうさ、親が設計者で他の才能で全国レベル。まさに設定通りのキャラ。今年の主役、時代の寵児(ちょうじ)さ。」


 ぎょえぇぇぇぇぇ! 部長さんと同じタイプの人だ。だから、宿敵なんだ…、と直ぐに解った。


 ところで、『寵児』って何だろう? 後で辞書引いてみよう…。



 勝ち誇った様に、

「はっははは。」

と、笑うエロ部長さん。そして、うちの部長さんの反応を確かめると…、

「何がおかしい?」

 チラリと見ると、うちの部長さんが顔を伏せ気味にして、

「ふふふ…。」

と、小さく笑ってた。


 いきなり、顔を上げ

「日向さん。こちらへ。」

と、私を呼んだ。

「はい。」

 返事と共に前に出て部長さんの横へと。凄ーーーい、嫌な予感がするけど、前にと言う事は挨拶だろうと、

「私、日向葵と言います。今日はよろしくお願いします。」

 ペコリと頭を下げた。

「その子が、そちらの新入部員?」

「そうです。」

と、うちの部長さん。続けて、

「今の話を聞いて、足りなかったピースが嵌(はま)りました。」


 きょとんとしエロ部長さんは、

「足りなかったピース?」

と、繰り返した。

「そうです!」

 何だか力強い。

「この日向さんには…。」

 『ゴクリ』と固唾(かたず)を飲むエロ部長。

「小さく頃からスポーツで名を馳せた、ツンデレお嬢様のライバルが現れました!」

「な、なんですって!?」

 めっちゃくちゃ驚いているエロ部長さん。

「そして、今!」

 ためたぁ!

「親が設計者で他の才能持ち設定のライバル候補が現れた…。と、言う事は…。」

「ま、まさかぁぁぁぁぁ!」

 今ので判ったのエロ部長さん。

「そう、そのまさかの!」

 右手を振り上げて『ビシッ』って人差し指で、エロ部長さんを指す。

「この日向さんの設定は[転生者]以外の何者でもないと言う事が確定しましたわ!」


 エロ部長さんに稲妻が落ちた。見えたのは、この体育館に居る人、全員だと思う。

「ま、まさか…、[転生者]だなんて…。」

と、よろけ膝を付くエロ部長さん。チラリと見える太腿! それが、またエロい!


 ふと、気が付いた…。この体育館を埋め尽くす女子生徒が、

『[転生者]ですって。』

『それって使い古しなんじゃあ?』

『賞味期限ギリギリだけど、まだ大丈夫でしょう。』

とか言ってるのが聞こえた。

 超恥ずかしい。


 うちの部長さんは、仁王立ちで腕組みしてエロ部長さんを見下ろし勝ち誇っている。

 で、改めて解った…。この二人の部長さんは、同じタイプ…、同じ臭いのする種族なんだと。


 エロ部長さんは、

「ま、まさか[転生者]が現れるなんて…。」

と、焦点の合わない虚ろな目でブツブツと呟(つぶや)いていた。


 しばらくすると自分なりの答えが出たのか、

「でも、いくら[転生者]と言えども、ロボットの操縦は訓練しないと、その力を発揮できるわけが無いはず。」

 自分に言い聞かせる様にしながら、ヨロヨロと立ち上がった。

「甘いわ! [覚醒の日]に向けて私が何もしてないとでも。」


 また、驚く。そして、一瞬の間…

「流石ね、抜かりは無いようね。」

「当然です。」

「でも、今の台詞はまずかったね…。」

「負け惜しみですか…。」

 この場合の勝ち負けって何!?

「策士策に溺れるとはこの事ね。」

「な、何を根拠に…。」

 珍しくうちの部長さんが熱くなってる。

「さっき、[覚醒の日]に向けてって言った事に気が付かないなんて。」


「はっ、私とした事が…。」

 口に手を当てて、悔しがった。

「その子、まだ[転生者]じゃ無いよね。」

 赤い眼鏡の奥の瞳から放たれる眼光が、私を射貫く。エロ怖い…。

「だったら、うちの幸にも勝目はあるよね。転生者としての能力を活かせないまま負けるかもしれないね。」

「くっ。」

 うちの部長さんが、かなり悔しがってる。

「まあ[転生者]を自慢したいのは判らないではないけど。」

と、口元が笑う。


 エロ部長さんって頭の回転が早い。見た目に騙されるところだった。


 すると、聞こえて来たのは、

『まだ、覚醒前みたいですよ。』

『でも、転生者なら覚醒前でも十分強いのでは?』

『最近だと、覚醒しているのに本人が気が付いていないパターンが多いのでは?』

 私に視線が集まる。

 そ、そんな世紀末の覇王を倒した様な目で私を見るなぁぁぁぁぁ! 恥ずかしい。


「それでも、日向さんは[転生者]なのです!」

 右腕を前から横へ流れる様に持って来て『バシッ!』って決める。

「では、[転生者]の実力とやらを見せてもらいましょうか。」

「望むところです!」


「とりあえず、上級生の《スリー・オン・スリー》で会場を温めて。」

 うちの部長さんは、少し冷静さを取り戻したみたい。

「そうですね。そうしましょう。」


 何か思い付いた様にエロ部長さんが『ポン』と、手を叩いた。

「そうだ。時間あれば久しぶりに対戦しようか。」

「それもありですね。」

 見えない火花が、一気に花火になった!

「お互い、どれだけ成長したか確かめようか。」

 今、エロ部長さんが目線を下げた…。その先には……。

「そっちは、成長してないみたいだけど。」

 やっぱり、見てたのは…。続けて、

「ふふっ…。」

と、笑い『クルリ』と向きを変え『カツカツ』と歩き出した。

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