豆腐メンタル! 無敵さん(一丁目)

仁野久洋

1.失敗卒業新生活

 最後の校歌を歌い終えた俺は、黒い筒に詰まった一枚の紙切れを片手にして校門をくぐった。

 もう、ここに通うことはない。三年間通った中学の学び舎は、そこかしこが卒業色に飾り付けられていて、無愛想に塗り固められた灰色のコンクリートとの対比に違和感を覚える。

 雲ひとつない快晴のもと、一陣の風が吹き抜ける。春三月とはいえ、それはまだまだ温いというところにも達していない。俺は肩をすくめて歩を進める。一歩ごとに、中学生活が過去になる。

 中学校の敷地をぐるりと囲む桜の木々は、ようやく一輪、二輪と花を咲かせ始めたところだ。味気ない見送りが、俺の中学生活を象徴しているような気がする。

 ふと、これまでのことを振り返る。この年で思い出に浸るような趣味はないが、この時ばかりはさすがに考えずにはいられなかった。

 みんなはまだあちらこちらで仲のいい友達と「これからどっか行く?」とか「高校にいってもまた遊ぼうね」とかやっている。

 だが、俺の周りに人はいない。

 今日が特別な日だとは分かっていたが、話す相手もいない俺には、考えることくらいしか出来なかった。

 別に友達がいなかったわけじゃない。むしろ、俺はクラスでも目立つ部類で、リーダー的な存在だ。違うな。“だった”と言った方が適切だ。


「結局、俺には本当の友達はいなかった、ってことかもな」


 呟いてから、自虐的な笑みを浮かべてみる。

 振り返らずに、俺は過去から遠ざかる。後ろには過去しかなく、前には未来しか待っていない。だから俺はただ足を運んだ。交互に、迷いなく、力強く、そして――必死に。

 なんとなく、なぜだか子どもの頃に読んだ《星の王子さま》の一場面が思い浮かんだ。ともだちを探していた王子さまが、キツネに出会った場面だ。キツネと友達になりたい王子さまは、確か「どうすればいいの?」と聞いたはずだ。

 でも、その後が思い出せない。キツネが答えた友達になるための方法は、どういうものだったのだろう? それはとても簡単で、当たり前なことだったような気がするけど――現代社会においては、かなり難しいことだったような気もする――



『さよなら、オト。約束は……』


 直後、脳内に再生されたのは、莇飛鳥(あざみあすか)の言葉だった。約束。そうだ。俺は、莇飛鳥と約束をした。だが。


『約束は、忘れていいよ。守れるはずのない約束なんて、覚えていても辛いだけだよ。そうでしょう?』


 莇飛鳥は、そう言って悲しげに笑った。


 でも、俺は忘れない。忘れるつもりなど微塵もない。それがどんなに困難で、不可能に思えることだろうとも。あの日。莇飛鳥と二度と会えなくなった日に、俺は誓ったのだから。


 俺は、自分の”正義”を貫く、と――

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