追憶の映写機

@nobumasa

第1話 追憶の映写機

冬枯れの北御堂。その石段の最上段に老人が座っている。

昼下がり、通りを歩く人々は足早に過ぎて行くがお参りに石段を上り下りする人は今はなくひっそりとしている。

時を経て、石造りの荘厳な街並みがガラス張りの豪奢なビル群に変わった御堂筋の街並みも、そこから見ると

両脇のイチョウ並木、

石畳の広い歩道。

高さをそろえられた沿道のビル群さえも

昔と変わらない、ように思うが。

交差点に掛かった銀行。歩道にガラスがはめ込められた地下室の明り取りがあった銀行は老人の記憶の中で9階建てのテナントビルと変わり、その銀行もどこに移転したのか今はコンビニエンスストアになっている。


幼稚園から一緒の少年と少女は親公認の幼なじみ。

二人は別々の高校に通い、そして少年は遠方の大学に進んで大阪を出た。

冬休み。大阪に帰ってきた少年が明日大学に戻ろうとする日。

どこで待ち合わせをしたのか、心斎橋筋商店街にある喫茶店に二人はいる。

少年と少女は丸テーブルをはさんで楽しそうに話をしている。

普段は無口な少年は、しかしご当地の物珍しい話をいっぱい抱え込み身振り手振りで少女に話して聞かせ、

少女はまた相槌を打ちながら楽しそうに聞いている。

テーブルのコーヒーカップはずいぶん前からなくなっていて

水を何杯もお替りして場をつないだが、

さすがにバツが悪くなったのか話が一段落したのか

二人は店を出て通りを歩き出した。

正月の商店街はお年玉で膨らんだ財布を懐に、ぶつかるようにしてひとがすれ違いまた追い抜いて行く。

通りを少し歩いて二人は楽器店に入った。

一階の壁をガラス張りにし地階に下りる階段を吹き抜けにして地階まで見透せるその店は、地階で新譜のレコードをヘッドフォンで試聴させてくれることで若者たちの間ではランドマークになっている場所だ。

少女はそこで楽曲を選んでは少年に聴かせ、話し続けている。

先ほどの喫茶店の時とは代わり今度は少年が少女の話を楽しそうに聞いている。

ここでもまた、終わりのない話を終わりにして二人はまた街に歩き出す。

この店を出ると通りは長堀通りに出る。

それを超えると心斎橋筋商店街の賑わいは消え

通りはウィンドウショッピングを楽しむ人たちから、

仕入れに訪れる商人の町となって閑散とする。

梅田に出るにはここから地下鉄に乗るのが最適な方法となるが、この二人は迷わずこの通りを進んでいる。

新しく出来た船場センタービルを超えたあたりから左に曲がり御堂筋に出て北に向かう。

まだかなりの距離だがこれがいつものコースのようにふたりは歩いている。

ビジネス街の御堂筋は少年少女が歩くにはそぐわないように見えるが、

冬休みの日曜日。

閑散とした街並みを、手は繋がないまでも肩を並べ楽しそうに話しながら歩く二人の姿は絵になる光景だ。

足早ではないところを見ると梅田が目的の地ではなさそうだ。

ブラリブラリでもないので時間を弄んでいる風でもない。

さきほどまでのような会話があるかというとそうでもない。

デートと呼ぶにはぎこちなさが感じるが

二人でここを歩いているのが楽しいということが伝わってくる。

北御堂を左に見るころ、歩道の真ん中に分厚いガラスの埋め込みがある。

地下室の明り取りか何かなんだろう。

なんやろうねと少女は言うが少年はうんというのみで話が進まない。

いま、ふたりはそれだけで充分なのだろう。

コートを着た人が急いでいる風に二人の横を通り過ぎて行く。

後姿しか見えないので良く分からないがふたりの父親程の年配の人だろう。

ふと、少年が少女に向き直ってこう言う。

「ガラスの埋め込み。前を歩くおじさん。

ありきたりで通りすがりのこの光景をずっと記憶にとどめておくことができるだろうか」

風が「おじさん」のコートを撫でて過ぎて行く。


9月の始めはまだ夏と言ってもいいくらいだが西陽は秋を思わせている。

夕方ともなると上町台地から風が吹きおろしてきて秋を感じさせてくれるが、街はまだ暑そうだ。

北御堂の石段の最上階に若い母親と3歳ほどの幼女が父親を待って座っている。

午後6時、北御堂から御堂筋を隔てた向かい側9階建てのビルから父親が仕事を終えて出てきた。

父親はビルから出てすぐ幼女たちを認めると両手を大きく振り上げる。

幼女はそれを見て満面の笑みを浮かべて母親に知らせ母親の手を取って石段をたどたどしく降りていく。

 大家族の中で育ち両親を独り占めに出来ずに来たその子にとって

「国際花と緑の博覧会」に親子だけで行くその夜は世界の中心に自分がいる有頂天の夜となる。

「花博」はそのような彼女の思いを裏切らず優しく彼女を迎え入れ、世界の中心に彼女を置いてくれた。

欲しいものを買ってもらい、乗りたいものに乗せてもらい、そして・・・、

蛍の光が会場に流れ、灯がひとつ、またひとつと消えるころ

広場でそれを眺めながら父親が

さぁ帰ろうか・・・

幼女は、うん、と力なくうなづきうつむく。

と、目から大粒の涙がポタリと地面に落ち

幼女はワァーと泣き出す。

なんで帰らなあかんの。

父親は笑顔を作って幼女の頭をなで

母親は、幼女の目線になって座り

半分涙目で幼女をあやしている。


いつの間にかウトウトしていたのだろうか老人は

今どこにいるのかと周りを見渡し現実に戻る。

石段下に白い車がスーっと留まり若い女性が窓を開けて老人に向かって手を振る。

おとうさぁーん

老人が手を振って石段を下りていく。

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