死反玉について

 格子の間から、赤い光が射しこむ。その光がリンと名乗った少女と、小碓の頬に赤みを帯びていく。格子から射しこむ赤い光に当たっていない、影の部分に宿禰と八柳は胡坐をかいていた。小碓とリンは正座をしている。



「つまりリンは、十種神宝を集めるためにこの国に来た、ということ?」



 小碓の聞きかえしにリンは頷く。



「ここに、十種神宝の一つがあると聞いたものだから、悪用される前に回収しに来た」


「それは誰からの情報?」


「答えられない」


「十種神宝のどれが、この国にあるの?」


「それも答えられない。なんとか答えられるのは、わらわの目的。それだけだ」


「そう……」



 小碓は少し悩んで、問いを変えた。



「なら、死返玉について何か知っていることがあれば、教えてほしいんだけど……それも駄目かな?」


「それくらいなら、よかろう」


「ヨカロウ、ヨカロウ!」


「アトリ、お前は黙っていろ」



己の肩に乗っていたアトリの口が閉じたのを横目で見て、リンは再び小碓を見据えた。



「死返玉は、黄泉にいった魂……つまり死者を蘇らせる力を持つ玉……それは知っておるな?」



 小碓は頷く。



「たしかに死者を蘇らせることは出来る……しかし、蘇らせるにはあらゆる条件が必要となる」


「条件?」


「細かい条件が多数あるから、言うのが面倒なのだが……その中で一番重要なのは、蘇らせる死者の身体……本人の死体が必要なのだ」


「他人の死体じゃ駄目なの?」



 リンは目を伏せる。



「駄目だ。仮に魂が他者の身体に入っても、長くは持たん。身体も魂も消滅するだけだ。たとえ死者の元の身体があったとしても、死体が腐っていては蘇らせることは出来ぬ」


「それだけでも、難しい条件だね」



 死体は時間が経てば腐る。環境によっては早く腐ってしまう。一番確実なのは、死んだ直後に玉を使うことだろう。



「それはそうだろう。死者を蘇らせるのだからな。この情報は確かな筋から教わったことだ。誤った情報ではない」



 そう言い放った後、リンは静かに告げる。



「つまりだ。おぬしたちが先程言っておった、奈津とかいう女の恋人は蘇ることができん。数年前の戦で死んだのだ。骨になっているか朽ちているか、残っていても腐っておる」


「だね……」



 悲しげに目を伏せた小碓に、宿禰は言う。



「哀れか? 死返玉を手に入れたところで、恋人は蘇ることが出来ない女が」


「哀れ、というより悲しいかな? 罪を犯してまで蘇らせたかったのに、どっちにしたって何も得るものがない。僕は大切な人を失くしたことないから、何とも言えないけど」



 それは失ったと同じくらいに、いやそれ以上に。

 虚しくなるのではないか。



「哀れむことも、悲しむ必要もない」



 淡々な声が静かに言葉を紡ぐ。



「失くしたものを求めるのは、人の性だ。だからと言って、他人に迷惑かけて、ましてや殺生をしようとしている奴に、同情することはない。それはその者だけの責任だ」



 その言葉に宿禰が大きく頷く。



「同感だ。何かを得るには何かを失う必要があるが、それでも限界があるだろう」


「その限界は、小碓の命を奪おうとした時点で既に突破しているのか」


「当たり前だ」



 宿禰は憤然と言い放った。



「小具那以外の奴が狙われるのは別にいいが、小具那が狙われているのは許せない」


「……おぬしの基準は、実に分かりやすいな」



 半眼で見やるリンだったが、宿禰はあさっての方向を見ている。小碓は苦笑した。



「とりあえず、墓荒らしと小碓を殺そうとしている人物は同一、かもしれないという話だが、それを裏付ける証拠はあるのか?」



 気を取り直してと言わんばかりに、話を元に戻した。



「確かにばあさんに死返玉の話をしつこく聞いていた、そして小具那に石を投げた現場近くにいたという情報だけで、目撃したわけでもないし物証もない。あくまで想像での話だ」


「うむ。つまり、その奈津とかいう女が墓荒らしの犯人でそやつを襲った犯人ではないか、と」



 厘は顎に手を添えて、少し考え込んでから、言葉を募らせた。



「墓荒らしの件はともかく、そやつを襲ったのはその女とは限らない。そやつの命を狙う輩など、わんさかおる。たまたま暗殺しようとした時期が墓荒らしと被った可能性もある」


「最近、とある一族が怪しい動きを見せている。それは大王に仕える一族だ」


「ほう……」



 リンは興味深そうに息を吐いた。



「なるほど。大王に仕える一族だからこそ、たとえ邪険にされている王子とはいえ、暗殺してそれが表沙汰になったら大事。出来るだけ自分たちの手を汚さず、自分たちに疑いの目を向けさせないような方法で、そやつを亡き者にしようと女を利用している可能性がある、と言いたいわけか」


「理解が早くて助かる」


「と、なると……誰かがその女に、死返玉に関する情報を提供する代わりに、そやつを殺すように依頼した人物がいる、と」


「そうなるな。敵は一人だけではない、ということにもなる」


「気を引き締めないと……」


「小碓、気を引き締めるだけの問題じゃないって」



 生きるか死ぬか。それだと気を引き締めるとか、そんな問題ではない。生き残るために必死に、冷静になるべきだ。

 八柳は手を挙げる。



「なぁ。思ったんだけどさ、相手さんはすぐに何か仕掛けてくるんじゃないか? 今のうちに対策したほうがいいんじゃね?」


「対策する必要はない」



 リンは言い切った。



「あっちが仕掛けてくるのなら、こっちも仕掛ければいい」



 一同がぽかんとする中、宿禰は片方の口角を吊り上げた。



「たしかにそうだな。まだ暗くなるまで時間はある。それまで仕掛けるだけ、仕掛ければいいか」


「うむ」



 お互いの顔を見合わせて頷き合っている二人を、交互に見やりながら小碓は思った。

 あれ、この二人……意外に気が合うの?



「と、その前に」



 思い出したかのように、リンが呟く。



「おぬし、勾玉は持っているか?」



 唐突過ぎる問いに、宿禰は首を傾げる。



「……? 持っているが」


「見せてもらえぬか?」


「何故だ?」


「なに、玉が好きなものだからな。少しだけだ」


「……まぁ、いいか」



 首に引っ掛かっている紐を手に取り、服の下から勾玉を取り出した。それをリンに渡す。

 リンは見定めるように、勾玉の角度を変えて、じっくりと見ていた。


 その勾玉は、黒に近い、深い青い色をしていた。見ていると吸い込まれそうな、沈んでいく錯覚に陥りそうになる、不思議な輝きを放っている。



「まるで、深海の色だな」


「深海?」


「日の光がかろうじて届くような、深い海の底がこんな色をしているのだ。これをどこで?」


「俺が赤ん坊の頃、川に捨てられて拾われた時から持っていたものらしい。何処のものなのか知らん」


「そうか……」



 リンが目を伏せ、小さく息を吐く。



「それは実に残念だ」


「何故だ?」


「この色、わらわは好きだ。どの産地か訊いて、同じ物を手にしたかったのだが……分からないのなら致し方あるまい」



 勾玉を宿禰に返し、感情が欠落した瞳が再び小碓を見る。



「さて、仕掛けを考えようか。なるべく早くするぞ」

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