いっそ、職業変えたらどうでしょう
ほう。死体だな!
繭を連れて食事に行く前、ほとりはあの納屋の冷蔵庫の戸を開け、また閉めた。
今はなにもない納屋の前の空間を見つめる。
「どうした?」
といつの間にか側に来ていた神様が訊いてくる。
「いやー、ちょっとすっかり……、
ま、すっかりじゃないんですけど、忘れてたことがありまして。
神様たちのおかげで、記憶の隅に追いやられていたというか」
なんだ? という顔で見るので、周囲に人影がないことを確認し、ほとりは、あの冷蔵庫をチラと開けて見せた。
そこには男の死体が詰まっていた。
素早く閉める。
「ほう。
死体だな!」
と言う神様に、
「いや……大きな声で言わないでくださいよ」
と言ってみたのだが、
「私の声が聞こえるものは、お前と環くらいのものだろう」
と言ってくる。
いや、そうなんですけどね。
その環がまずいんじゃないですか、と思っていると、
「私は、この死体より、これをすっかり忘れていたお前が恐ろしいな」
と言ってきた。
「……繭も忘れてた気がするんですけど」
と言うと、
「いやいや、人の心はわからぬからな。
なんでもない顔をしながら、腹の底ではなにを考えていることやら」
と言う。
「神様でも、わからないんですか?」
「わからぬな!」
いや、そんな笑顔で、朗らかに言い切らないでください。
日本には八百万の神々が居て、それぞれがそれぞれの得意分野(?)で頑張っているが、全知全能ではない、というのがよくわかる発言だった。
まあ、この人に至っては、元人間だし。
勝手に祀り上げられて、勝手に頼られても、大変だろうな、というのはわかる。
「あの
『どうしよう。
ほとりさん、あれからなにも言わないけど。
このまま、僕も黙ってた方がいいのかなー。
いやいや、待てよ。
環に言っちゃおっかなー』
……などと思って、多少のイタズラ心を交えつつ、心配しているやもしれんぞ」
「神様、その物真似、似過ぎてて、怖いです……」
声までそっくりだ。
意外な特技だな……。
でも、ほんと、繭、口には出さないけど、心配してるのかも。
毒舌だけど、なんだかんだで、面倒見がいいし、優しいから。
そう思ったとき、ふっと背後に気配を感じた。
柔らかく微笑んだお年寄りがこちらを見ていた。
この辺りのおばあさんたちがよく着ているような地味な野良着を着ている。
法衣は着ていなかったが、予感があったので、
「……
そう訊いてみたが、そのまま消えた。
この寺にいわくつきの品々を集め、環に成仏させるな、と言ったというこの寺の
彼女の消えた場所を見つめていたが、横から神様が言ってくる。
「お前の大好きな環の真似もしてやろうか」
「なんですか、大好きなってー」
と赤くなりながら振り返る。
「『なにトロトロしてるんだ。
支度は出来たのか。
お前は出かけるときも家に居るときも、服装変わらないから、着替えたのかどうかわからないじゃないかっ』」
「……めっちゃ似てますけど、最後のは、環じゃなくて、神様の感想では?」
家でもよそ行きっぽい服着てるのもいいんですよ。
セールスの人が来たとき、
『あっ、これからお出かけですか?』
とか言って帰ってくれますしね……。
いや、此処、セールスの人もたどり着きませんけどね、と思っていると、神様は、
「『ところで、結婚したのに、どうして、お前は俺とは別に寝てるんだ?』」
と訊いてくる。
「いや、だから、それ、神様の感想ですよねーっ?」
「いやいや、環もそう思ってると思うぞ」
「そうだとしても、その環の声で言うの、やめてくれませんかっ」
「大丈夫だ。
私の声は、お前と環くらいにしか聞こえないだろうが」
「だから、その環がまずいんじゃないですかーっ」
と言うと、神様はほとりの手を取るような仕草をし、
……いや、実際にはつかめないのだが……。
「『ほとり、愛してるよ』」
と囁いてきた。
ほとりは、ひーっ、と悲鳴を上げる。
まだ、環からも言われたこともないのにっ!
いや、一生言われないかもしれないですけどっ、と思いながらも、
「環より先に言わないでくださいーっ」
とほとりはわめいた。
なにやってるんだろうな、あれは……。
環は台所から表に出る、すりガラスの戸のところで足を止め、少し開けて、外を見ていた。
冷蔵庫を開けたり閉めたりしているほとりと、揉めている神様。
声が囁くように小さく、ほとりがなにを言われているのかは、わからなかったのだが、
「環より先に言わないでくださいーっ」
とほとりがわめく。
なにをやってるんだ……と思いながら、眺めていた。
ほとりは神様相手にも
神を神とも思わぬ態度とは、ああいうのを言うんだろうな……と思っていると、ほとりは、また神様となにか揉め始め、パカパカ冷蔵庫を開けたり閉めたりし始めた。
落ちるだろうが、死体がっ。
この馬鹿者どもがっとハラハラする。
第一、そんなことされてたら、出るタイミングがわからないじゃないかっ、と思っていると、神様が振り返り、
「環ー、環ー」
と自分を呼び始めた。
「早く連れていけ、この嫁ー」
「あっ、なに追い払おうとしてるんですかっ。
別に私の方が
……神様に絡むな。
それにしても、あの死体、ほとりだけでなく、繭にまで知られているのか。
さて、どうするかな、と環は思う。
繭は何事にも関心のない人間だから、知ってても、スルーしそうな気がする。
困ったことに、近年、繭が興味を向けたのは、ほとりくらいのものだ。
ということは、問題は、ほとりか。
あいつは、何故、警察に通報しないんだろうな。
そこにあるの、死体だぞ、と思う。
そして、何故、俺に言わないんだろうな、とも思っていた。
俺が犯人だとでも思っているのだろうか。
そんなこともない気もするが……。
「環ーっ、来てーっ。
神様がうるさいーっ」
「環ーっ。
早くこの嫁を連れていけーっ」
外からの騒がしい声を聞きながら、
……とりあえず、まだ知らぬふりをするか、と思う。
まだ此処に警察に立ち入られたくないしな、と思いながら、環は、すりガラスの戸を開けた。
「うるさいぞ、お前ら」
とほとりごと、神様をぶった切りながら。
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