3-13.
その後の展開はこうだ。
ついに俺が何も言葉を発することができなくなっていると、ナイスタイミングで境内観光を終えたらしい宮とミヅキが戻ってくる。
むせび泣く荒川を見た二人は彼女を慰め、やっとのことで落ち着いた荒川は大丈夫、大丈夫だからと何度も心配する声を振り払い、今度こそ本当に去っていってしまう。家に帰ったのだろうけれど、それについては確認しようがない――こちらは全員徒歩なので、自転車で走る荒川に追いつく術がなかった。
連絡しようにもまた家を訪ねようにも、本人があの様子なのでどうにもしづらい――気まずい空気が避けられないこの状況で俺は二人にそれまでのやりとりを報告。とりあえずわだかまりは解け――たのかはわからないしなんだかもっと泥沼化してしまったような感も否めない。
でも、できるだけのことはした――そのことは二人もわかってくれたようで(ミヅキには色々文句を言われたが)、荒川が去って行ってしまった以上、ここに残る理由もない。観光に興じるような気分でもない――でもまあ、時間的なこともあるしせっかくだからということでその辺の食堂に入って昼食を取り、この日は解散帰宅。
その後一応、宮から荒川にメッセージを入れておいてもらったのだけれど返答はなしとのこと。アリスさんにも報告を入れておき、俺は就寝――するような気分じゃなかったのでひっそりと深夜徘徊に出る。向かう先はいつも通り、砂浜だ――向かうというよりも外に出るイコール砂浜と言った方が正確だ。別に来たくて来てるわけじゃなく、気が付いたらもうここにいるような感じだからな。
果たしてそこには、先客がいた。いつもなら後からフラリとやって来る彼女が、今日は先にいた――月を眺めていた。夜通し海を照らす橋と共演するように夜空に浮かぶ月が、地上を照らしている――いつも通り自転車をベンチ代わりにしながら彼女は、そんな風景を眺めていた。
俺はてっきり、怒られると思っていた。先日珍しく感情のようなものを見せた彼女のことだ――荒川の居場所を教えてもらっておきながら、結局芳しい結果は得られなかった。むしろ、荒川の悲しみを深めてしまったような感さえある――そんな荒川のことを大事にする彼女のことだ。これは一発、厳しいお叱りが来るのではないかと思っていた。
しかし、そんなことはなかった。振り返った彼女は、光揺れる夜の空間に溶け込むような涼やかな微笑みを浮かべていた――そこに溢れ出るような感情はない。あるのはただ、波の音に消されてしまいそうな儚げな色だけ――彼女は静かに、しかし明瞭な声で、言った。
「リンコはちゃんと、家に帰ってるよ。もう泣いてもない。学校にも来るはず。エドさん、ありがとう。ちゃんとリンコを連れ戻してきてくれたんだね」
ツーが機嫌を損ねていないらしいことには胸を撫で下ろしつつも、その言葉に釈然としない気分のまま俺は、
「連れ戻せたのはいいけど、何も解決できてないようにも思えるんだけどな。荒川の奴、あれで元通りになるとは思えないぞ。ていうか、話を聞いた限りじゃ、いつ不登校になってもおかしくないような気がするんだが……」
「ううん、大丈夫だよ、」
ツーはニッコリと、
「もちろん、このままで大丈夫ってわけじゃあないけど。放っておけば、リンコ、昔みたいになっちゃうかも。それか、エドさんがいなくても、フーカとアリスと三人だけで仲良くやっていけるかもしれない――でも、それはリンコのホントに望んでる形じゃない。ホントに願う形を実現してあげないと、リンコはずっと心にモヤモヤを抱えたままになる――それを防げるのは、エドさん、アナタだけなんだよ。今度の月曜日、リンコは学校に来る。その時、エドさんがどうしてあげられるか――それでリンコにとっても、エドさんにとっても、これから辿ることになる道が決定される。二人のこれからがどうなるか、この世界がどうなるか、全てはエドさん、アナタに懸かってる――」
後悔しないように、よく考えて。
この日のツーのセリフはそれだけだった。
全ては俺に懸かってる、か……。
この世界は言い過ぎにしても、確かに荒川が月曜日に学校に来るとしたら、その時にどうするかが俺たち二人のこれからの関係性を決めるというツーの言葉もあながち間違いではないかもしれない。
たぶん、何もしなければ荒川は俺に執着することを止め、宮とアリスさんと三人で自転車部を続けるにしろ活動停止になるにしろ、俺と彼女の心理的距離は開き続け、やがて席替えで隣の席でもなくなると話す機会も減り、そして進級でクラスが分かれて徐々に疎遠となっていく――おそらく、そんな感じになるのだろう。
しかしそれは、別に学校生活の中では特段変わった出来事でもない。仲の良かったクラスメイトの間に何かしらのきっかけで亀裂が生まれ、それがやがて取り返しのつかないものとなる――そんなことはどこでも起こり得る景色の一つでもあって、そんな事件が青春の一部でもあったりするのだろう。だから別に、特別苛まれるようなことでもないように思われる。
月日が過ぎればいつか、ああそんな奴もいたなーって酒の席の思い出話にでもなるんだろう。それはそれで、悪いことでもない――のだろうか?
思えばこれは、俺が元々望んでいた展開ではないか。自転車狂荒川輪子の呪縛から逃れる――それをずっと目標にしてきた俺としては、彼女の方から離れてくれそうなこの状況、願ったり叶ったりの他に言葉はないはずではないか。じゃあこれで喜んで荒川との関係を切ってしまおうと思えるかって言ったら――まあ、そんなはずはないんだよな。
これに関しては、既に自分の気持ちが変わったとしか言いようがない。つまり、荒川輪子というクラスメイトが俺にとってただの厄介者じゃなくなったという意味だ。
別にもちろん、彼女のことが好きになったとかそういうことではない――幸せとは言えない彼女の過去を聞いて、助けてやりたくなったとかそういうわけでもない。じゃあ何かと言えば――何だろうな。ただ何となく、放っておけない――見捨てることできない。理由は特に見当たらない――でも、ここで彼女との関係を絶たない方がいい気がする。さもなくば後で後悔することになりそうな、根拠もない不安が心の奥底で渦巻いている。
(後悔しないように、よく考えて)
ツーは言った――自転車のことなら何でも知っている女の子はそう言った。まるで、俺が荒川を捨てる選択をすれば後悔することを見透かしているかのように。その真意はわからない――ツーの言葉はいつも謎に包まれているけど、何故だかこの時ばかりは、その言葉が正しいように思えた。
こういうの、何て言うんだっけな?
よく言うことだ――何てことのない一般論。綺麗事にしか聞こえない戯言のような言葉。
助けるのに理由なんていらない。その人が困ってたら、自らの損益なんて関係なしに手を貸してやる。そういうのを確か、友達って言うんだっけ?
友達、か……。
他人のことをそんな風に思ったことはあまりない。いつもクラスメイトとか、上級生下級生とかって区分しか使ってこなかった俺には、何やらくすぐったい単語だぜ。
友達――高校の友達。クラスの友達――部活の友達。
友達、荒川。隣の席の友達。女の子の友達。
友達の趣味に影響されるっていうのは、何の違和感もないことだな。自転車好きの友達に影響されて、自分も自転車を買った。うん、文法的にも意味的にも何も問題ない。問題があるとすれば――それは俺自身だ。そんな意識を、俺は受け入れることができるのだろうか――?
先に言っておくけど、な。
この話の結末、誰も予想してなかった展開になるぜ……?
俺が最後にどんな行動を取ったか――自分でもメチャメチャビックリな衝撃のラストが待ってるやがるんだぜ。
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