3-7.
雄大な景色を眺めて感傷的な気分になっていると、ふとミヅキが服の袖を引っ張ってくる。じっとしていることに飽きたのか、今まで歩いてきた道の先の方を指差しながら、
「ねえ、あっち。行こ。お参りしたい」
奥の方に神社があるらしかった。何故そんなことがわかるかと言えばここまで来る途中に大きな鳥居をくぐってきたし、またそれにあちらこちらに出ている看板がミヅキの指さす方向と同じ向きを示し、『筑波山神社』と言っている。一目瞭然だ。
「いいね、せっかく来たんだし、ちょっと寄ってこっか」
か弱い見た目の割にこの山登りで疲弊している様子が微塵も見られない宮。いつもと変わらず楽しげな笑顔の彼女にミヅキもついて行ってしまい、俺もまた歩き出さないといけない羽目に。
「おい、二人とも。遊びに来てるんじゃないんだぞ? 荒川の奴がどこにいるかもまだわかんないんだし、無駄な体力使うのはよそうぜ」
耐え兼ねて後ろから声をかけると、宮は足を止めた。振り返って、「そうだよね、その通りだった」みたいな顔を向けてくれた。
しかし肝心の我が妹はスピードを緩めることすらせず、
「わかんないんだから、もっと色んな場所探さなきゃでしょ。疲れたなんて言ってる場合じゃないよ」
ミヅキ流理論を打ち立てて、そのまま行ってしまった。
仕方なしとばかりにその後を追う宮。毎週恒例朝トレよりもきつい週末ハイキングは、まだまだ続きそうな気配だった。
そこからがまた一苦労。古めかしい旅館街を進むと石の鳥居(途中にあったのよりもかなり小さい)が現れ、そこから境内へ入っていく。木々の緑は一層深みを増して、鳥居を境に空気が変わったような――人の住む場所の雑踏が遮断され、外の世界から隔離されたような、まあそんないかにも神社って感じの雰囲気に包まれた。
土曜日でもあることだし、他にもちらほらと参拝客の姿は見受けられた。この辺りから本格的に登山道が始まるらしいのだけれど、それに備えてか登山の格好をした人たちもいる。そんな中をキャッキャと進んで行く高校生及び中学生――正確にはキャッキャ言っているのは前の女子二人だけで、後ろの男子はついていくだけで精いっぱいだ。
そして何がキツかったかと言えば、参道の途中で――まあこれも、山の中の神社定番とも言えそうなことだけど――長い階段があったことだ。見上げるほどの階段。果てしない段数。上が見えないほどにアップステアーズ。
躊躇なく次のステージへと突入していく女子が前方に約二名――俺はため息にまみれた。明日は筋肉痛が酷そうだぜ……!
中略。
階段を登り切ると、まあこれだけの壁を前に立ちはだからせているのも至極真っ当と言えそうな立派な社があった。神社の中では全国最大規模だろうか――何十人も並んで参拝できそうな拝殿を構えており、全体のサイズは軽く小規模のマンションくらいなら超えそうだ。
そんな建物が重厚な屋根を被って尚且つ金や銀の豪奢な装飾を施されているのだから、前に立てばそのサイズ以上のものを感じさせられると言うか、まあとにかく迫力がスゴい。考えようによっちゃあ、ケルベロスにしろヤマタノオロチにしろそこら辺の巨大な魔物を前にしたのと同じような感覚(そんな経験ないけど)を味わえる――神社とはまあそんな場所であり建築なわけで。
宮とミヅキに倣い、俺もとりあえず参拝することに。賽銭箱に小銭を入れ、うろ覚えの手順に従って拍手拝礼。願いごとはただひとつ――
なるべく早く帰れますように。
神様に思いが届くことを祈りつつ、俺は神社を後にしようとする――いやはや。
そこで驚くべきことが起こった。
早く帰りたいと願うのは、言い換えれば早く今日の目的を達成したいということであって、それはつまり荒川を早く見つけたいという意味に他ならないのだけれど……。
神様というのは、思ってたよりも寛容なのだろうか? 願い事をしたところで、いきなり来ていきなり願いだけ言っていくどこの馬の骨とも知れない野郎のことなんて見て見ぬフリでどうせ聞いてくれりゃしないだろうと俺は心の底では思っていたというのが本音で、まあそんなことくらい多くの人が雰囲気だけ楽しみつつどこかしらで思ってることなんじゃないかと思うんだけれど――神様って、そんなつまらない人間の考え方が通用しないほど高貴な思考をお持ちで、人では理解できないほどに広い懐を構えておわしまするのだろうか?
それに、俺が願い事をしてから十秒も経っていないこの短時間の内に事の全貌を理解して――神様が本当にいるとしたら、やはり彼らはスーパーコンピュータでも敵わない頭脳を持っているに違いない。
とまあ別に今は神学について思考を巡らせている場合ではない――俺は別にその道に専門でもないし興味もないので意味のない弁舌はここらで終わりにして。
改めて、驚くべきことが起こった。めっちゃビビった。
何故かってそりゃ――荒川、いたんだもん。
本腰入れて探し始めようと思っていたところ、振り返った途端、目に入った。今日一日果てしのない労働に精を出そうと気を引き締めていたこちらの気持ちも、まるで部下に何も言わずひとりで勝手に社員旅行に出かけてしまう女社長の如くお構いなし。何食わぬ顔でそこにいた。
ていうか寝てた。
今しがた登ってきた階段の脇に、休憩用だと思われるベンチがある。
登ってきたときには前にしか目が向いていなくて気が付かなかった。でも、確かに彼女はそこにいた。
愛用のロードバイクを隣の柵に立て掛け、ベンチの上で横になって眠りこける荒川の姿がそこにはあった。
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