2-8.
「――だから、この前のことは、けっこうショックだったんじゃないのかなあ。あの、別に江戸君を責めたいわけじゃ、ホントにないんだよ。興味ないものは仕方ないし、興味ないのに自転車買うなんてことの方が難しいもんね。それなのに無理に自転車買ってもらおうとすることが無茶だってことくらいわかる――リンちゃんも、それくらいわかってると思う。心の中ではわかってる――でも。でも、それでも、リンちゃんは江戸君に自転車を買ってほしかったんだ――江戸君と一緒に部活をやりたかったから。これからずっと一緒にやっていきたいと思ってたからこそ、江戸君の本心を聞いた時はショックだったんじゃないのかなあ、なんて」
何故そんなことがわかるのか――俺は尋ねる。
「だって、だってさ。江戸君も、わかるでしょ? 確かに、意見が食い違うこともよくあるかもだけど――色々あったりもしたみたいだけど、それでも、それでもだよ。それでも、江戸君と一緒にいる時のリンちゃんって、怒ってる時も笑ってる時も、何て言うかさ……とっても生き生きしてるんだよ。好きじゃない人の前であんなに感情をあらわにすることってそうそうあることじゃないことでしょ? リンちゃんは、ホントに江戸君のことが好きだから、一緒に部活やりたいって、心から願ってたんだよ――」
だからさ、と宮はどことなく言いづらそうにしながら、
「今リンちゃんが学校休んでるのって、そのことが多少原因にもなってるところもあるような気がするの。あの、くどいようだけど、私はホントに江戸君のせいだなんていうつもりはないんだよ――ただ、ちょっと、ひとつだけお願いがあってね……図々しいようだけど、もし今日リンちゃんに会えたら、そのことについて話してもらえないかなあ、って。別に、謝ってなんて言うワケじゃないんだよ――丁寧に説明しさえすれば、リンちゃんも納得してくれると思うの。だから、そのことだけ、お願いしても……お願い……できるかなあ?」
つまりは宮も、荒川の欠席にはただの体調不良以上の理由があるのだと思っていたわけだ――確かに月曜、荒川は朝のあのやり取り以降様子がおかしかったような節もある。
大人しくなったと思ったら急によそよそしくなって、まるで人と話すのを避けているかのようだった――避けていたのだとしたら、それは一体何故? 俺に腹を立てていたのだとしたら、これまでと同じように俺にだけつっけんどんになればいいだけの話だ。しかしそうではなく、荒川は誰に対しても同じように不自然な笑顔を見せ――何かを笑って誤魔化しているかのような態度を取っていた。挙句部活も参加せず帰った――荒川は、何かを隠そうとしていた? 人には見せたくないもの――例えば、自分の弱い部分だとか、そういったもの――を見られたくないがために、必死に気丈に振る舞っていたとか――
「何にしても、まずは本人に会わなくちゃな」
俺は携帯を取り出す。五分ほど前にメッセージが二件入っていた。
何だかんだで、もう三十分は経っている。
メッセージの差出人はもちろんアリスさん。
一通目は、
『お待たせ~! 学校の先生にリンリンの家の住所、聞いてきたわよぉ』
そして二通目に、その場所が記されてあった。
今いる公園を挟んで、駅周りの団地とは反対側の住宅街の方に彼女の家はあるらしかった。
気を入れ直して方向転換。
「あっちの方だな。じゃ、行くか。荒川んちに通い婚だぜ」
「何かそれ、あんまり合ってないような気がするけど……はは。ま、いっか。うん、行こ行こ!」
宮に冷静な呆れ顔を向けられたのは初めてか――打ち解けてくれたってことなら、今回のランデブーも意味があったってことか。思わぬ収穫だぜ。
宮と手を繋いで歩――いたりはもちろんせず、普通に俺たちは公園を通って、アリスさんに教えてもらった住所へと向かう。
駅の周りはマンションが集う団地だったけれど、こちら側は一軒家が立ち並ぶ比較的閑静な住宅街だった。高級とまではいかないものの、新し目で綺麗な家ばかりの中を進むこと五分くらい。
特に地域の中でも抜きん出た建築が集まっているといわけでもない普通の一角に、果たして荒川の家はあった。
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