1-3.


 「ツーリング系? それとも、競技部って感じ?」


 答えを待たずに荒川は続けて言った。


 それを聞いた宮が不安そうに、


 「えー、競技するの? 私、のんびりサイクリングしかできないよ」


 「そっかー。まあ、あたしもあんまりレースって感じでもないし、でもアリちゃんはがっつりレース志向だからなぁ。江戸君に関しては自転車持ってもないみたいだし。みんなバラバラだね。どうやってまとまりのある活動をするか、ってトコが重要だよね」


 「うーん、あんまり気にしてなかったけど、そう考えると難しそうだなぁ。ただ集まってワイワイする、ってだけじゃダメそうだしね」


 「うん、せっかく部活として認めてもらってるんだから、何かしら実績を残さないとね。方向性の違うみんなでできることって言えば……やっぱりツーリングがいいのかな? 合宿とか、部活っぽいし」


 真剣に議論し出した二人を前に俺が何も口出しすることができないでいると、どうかこのまま見逃してもらえないかという天へ向けての祈りも虚しく、無言の参加者を見兼ねたようにして荒川は、


 「江戸君はどう思ってるの? 部活の立案者なんだから、何か意見出してよ」


 「……」


 悪い予想は、見事に的中した。


 つまり――俺は自転車部の部室を確保することで荒川の自転車置き場を確保し、そして彼女に自主退学を思い留まらせ、学級委員の座が自分に回ってこないようにすることだけを考えていた――すなわち、その後のことは一切考慮に入れていなかったのである。


 頭数を揃えることだけを目的にして――幽霊部員になる気満々で――入部を承諾していたのだけれど、つまりはそこが彼女らと俺の認識の違いだった。


 自転車部が承認された後は全て問題の中心人物である荒川にその後の一切を任せるつもりでいたのだけれど、こともあろうに、荒川は逆に俺がその一切を背負ってくれるのだと思っていたらしい。そして世論は既に、そっちの方向で統一されている。


 何も考えてなかった、なんて言い出せない……。


 「まさか、何も考えてないなんて言うつもりじゃないよね」


 さすが鋭かった。ここで本心をさらけ出してしまえばどんな罰が下されるかわからない俺は、場を取り繕うことに全神経を集中し、


 「そ、そんなまさか。しし、しっかり考えていたさ。そそうだな、同じ自転車好きでもその好みのベクトルの違う者たちが集まったこの部活でできる、むしろこのメンバーだからこそ生み出せる有意義な活動方法とは……、……、あれか、意見交換会とか? それか、国際交流サークルみたいな感じで、多ジャンルサイクリスト交流会とか」


 「何それ。ふざけてんの?」


 荒川の目が一気に敵意の色に染まる。


 それなりに真面目だったつもりの意見が無下にされてしまったことによる心の痛みはとりあえず我慢するとして、荒川がこの目をした時、下手をすれば流血沙汰になりかねないことを身に染みて理解している俺は、しかし事態を打開する代案が閃くこともなく、少しでも穏便に事を済ますべくすぐに白旗を上げることにする。


 「悪い、何も考えてなかった。でも弁解だけはさせてくれ。お前も知っての通り、俺は自転車に関しては無知なんだ。幼稚園の頃に乗る練習して以来、お前と会うまでこんな身近に触れたことすらなかった。だから、いきなり自転車部の活動と言っても、何をすればいいかなんて皆目見当がつかないんだよ」


 正直に吐いてしまって許しを乞うのがこの際最も賢明な手段だという俺の判断は正解だったようだ。荒川は怒り心頭に発し――なんてことはなく、ただ呆れたようにため息をついただけで、


 「ま、江戸君のことだからそんなトコだよね。予想だけど、部活作るだけ作って、後はあたしに全部押し付けようとしてたんじゃないの?」


 「……」


 図星とはこのことだった。


無言でいる俺をどう思ったのか、荒川はしてやったりとばかりにニヤリと笑って(これも初めて見る表情だった)、


 「もしそうだったとしても、そうはいかないからね。あたし言ったよね? 江戸君の自転車嫌いを叩き直してやるって。だから、今更逃げようったってそんなの許さないから。江戸君が自転車の良さに気が付くまで、自転車部で調教してやるんだから」


 大好物の鼠を追い詰めた猫のような目で正面から見据えられては、ここで俺がどんな手を使ったところで言い逃れはできそうになかった。


 思えばこの時、荒川はかつて見たことがないほどに楽しそうな顔をしていたのであった。

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