5.14 黒い雨と宴の中と

 訓練用の騎士服から一転きらびやかな赤の騎士服に着替えたトゥエンがパーティ会場の入り口についたとき、ベルクタープ・ギーエンが落ちてきた。耳元で爆弾が爆ぜるような轟音に慌てて中に入るトゥエン。たった数秒雨に打たれただけだというのに、もう肩はびしょぬれだった。



 アルバーニ家の邸宅は木の色を前面に出した内装だった。木材がもつ美しさを引き出すような塗装がされていて、柱ごとの彫りものにはろうそくの炎で豊かな陰影が宿っていた。それは会場として通された大広間でも同じで、ただし床には黒のじゅうたんが敷かれてあった。じゅうたんの感触が足に心地よい。天井を見上げれば、数十本のろうそくをつけることができる大きな燭台が五つぶら下がっていた。



 シモフのいっていた通りだった。宴は立食、参加者はまばら、この人数には部屋が広すぎた。トゥエンをのぞけばアルバーニ家の縁者だろう。皆が同じ服装――青を基調とした胸に牡丹をあしらった服を着ていた。奥にシモフの父であるアルファグ次官の姿があり、しかし、シモフの姿が見られなかった。目にするのは次官の顔と、知らない人の顔のみだった。



 目があった人たちに会釈をしながらも、トゥエンはアルファグ次官に近づき、シモフのことをたずねた。話によると用事があるとのことだった。主催者が全く困ったことだ、ともらす次官。



「しかしシモフが招待する人というのが君だとは、見ない間にずいぶんと立派になったようで」



「いえいえ、そんなことありませんよ。しがない街の鍛冶屋です」



「王宮騎士団に訓練剣をおろしているそうじゃありませんか。しがないなんていえませんよ」



 トゥエンはただ話をするために近づいたわけではなかった。もしトゥエンの仮定が正しければ、何かしらの行動をとると考えたからだった。次官の出向について話をしながらも、広間にいる人々のうごきを敏感に感じとった。会話をする中さりげなく後ろにふりかえり、うごきを観察する。立ったまま、テーブルの料理を小皿にとりながらも会話をしている男女がいた。トゥエンをじっと見つめる男がいた。何をするわけでもなく、グラスの酒を口にながしこむ女の姿が一番遠くのテーブルにあった。全員の腰には剣が。とはいえ、何かうごきがあるというけはいはまだなかった。しかし、次官と話をする人がいてもいいのに、そのうごきがないのは妙だった。



 それにしても、この人数にこの広間はやはり広すぎる。



 大広間の扉が開いたのはその時だった。知らない男が入ってきて、その場で次官に向かってうなずいたようなそぶりを見せた。歩み寄ってくるかと思えば、新しく酒で満ちたグラスをとろうとする女のもとへだった。その次に現れたのがシモフだった。青にボタンという、いつか見た騎士服だった。



 シモフは対照的に、グラスには目もくれず、トゥエンたちのもとへと大股だった。途中で見知らぬ誰かに呼び止められても、



「どうだシモフ、首尾はどうだ」



「順調です」



「なら次だ。さくさく進めろ」



「その前に、トゥエンと話をさせていただきたいのですが、よろしいですか」



「何をいってるんだ?」



「だいじょうぶですよ、全ては順調です」



「早くもどってくるんだぞ」



と早々に切り上げていた。



 シモフに腕をつかまれ、引きずられるようにして会場から引っ張り出された。会話の意味もさっぱり分からず、いきなり現れたシモフにいきなり連れていかれることはもっと分からなかった。



 廊下を出口とは別の方向へ進んでいる中、トゥエンはシモフの服に視線を注いだ。上から下まで青い服が暗い色合いとなっていた。腕をふるたびに揺れるそでには、布地にない重さがあった。全身ビショビショだった。



 廊下のあかりがなくなって、不気味なほどの暗さを呈してきた。シモフはようやくトゥエンの腕を離し、トゥエンはシモフの横に並び、シモフと歩調をあわせた。トゥエンには分からないことだらけだった。考えるも、トゥエンの仮定が確実なものとなるだけだった。残りは正しい答えを聞き出すだけだった。



「トゥエン、俺は騎士としての信条よりも個人の心情をとることにした」



「アルバーニ家は何を企んでる?」



「これを止められるのはお前しかいない」



「まて、誰かがつけてる」



「想定内だ」



 じゅうたん敷きの大広間と違い、木の床である廊下は足音がよく響いた。二人の大きな音にまじって、小さい音があった。音をたてないよう気にかけているようではあったが、二人には無駄だった。



 シモフが音量を絞って話をつづけた。



「これから街にエルボーでった軍隊が押し寄せる」



「アルバーニ家が狙ってるのは王のイスか?」



「やはりトゥエンは答えにたどりつけたか。いろいろと路線変更はあったが、目的は常にそれだった。アクソネの混乱の中、トゥエンと、トゥエンの親父さんを殺すことになってる」



「そのために、獣人を。とくに獣人のおおいエルボーを」



「はじめは獣人の襲撃を俺が食いとめて国王から褒章を受けるときに殺す予定だったんだ。トゥエンのおかげで水の泡になって、いまの路線に」



 シモフが言葉を並べながら、手をせわしなくうごかした。修行時代に訓練した手での意志疎通である。まだクレシアには教えていない。最初の交差、右、扉、ある、左、出る。追跡者、まく。走る、カウント、三、二、一。



 二人は一気に駆けた。少しばかり遅れて後ろから大音量の足音がおそってきた。木と革でできた靴底ではいまにも滑りそうになるが、腕を振りまわしてバランスをとり、シモフの指示通りに走った。廊下が十字に交わるところを右にまがったとき、



「シモフ裏切ったな!」



と声がとびかかってきた。



 その声さえも振り切って、二人は館を脱した。

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