5.6 騎士問答
トゥエンは森の中を進んでいた。街とは反対方向だった。道のない道をひたすら歩きつづけて、その時間は訓練よりもながいというのに、まだ到着する様子はなかった。剣術の流派の中で免許皆伝をもらった人のみが騎士を名乗ることができる、とトゥエンが右側のクレシアに語っていた。
「なので、もらってないけれど訓練はうけたという人は『剣士』と名乗ります。素人でも、もうすこしで免許皆伝という人もすべて剣士です。もちろん、ウェルチャさんも剣士です」
「本当の意味、とトゥエンさんがいったのは、免許皆伝をもらっていない人でも騎士といっている人がいる、そういうことですか?」
「その通りです。免許状と皆伝を表す紋章があたえられますが、それらをまねて作ったニセモノがときどき売られていますし、騎士の待遇をうけたいがためにそう名乗る人だっています。剣としては強い人もいますが、騎士の心ができていないのが常です」
「分かるものですか?」
「ええ、無礼ですし、剣が乱れてます」
クレシアとの会話は楽しいはずなのに、トゥエンは険しい顔つきをしていた。クレシアに顔をむけたときは酒場でリーシャといるときのような柔和な顔をするのだが、顔をあげればすかさず樹々のあいだに視線をつきさした。誰もいない、とはいっても人がいないとはかぎらない、クレシアを守るために自然とそうなっているのだった。
「ではトゥエンさん、騎士団というのはどうなのでしょう。全員が免許皆伝とは到底信じられませんが」
「いい質問です。本来騎士団は、騎士のみをあつめた少数精鋭の軍団でした。しかし戦争では少数よりも多数のほうが有利です。なので、騎士の集団に剣士をつけくわえていった、そうしていまの騎士団にいたります」
「では騎士団とよぶべきではないということですか」
「半々ですね。由緒正しい騎士団もあれば、戦争や私利のために作った浅い騎士団もあります」
「ではその由緒正しい騎士団に、トゥエンさんは入っているのですか?」
トゥエンはクレシアにほほえんだ。だがそれは口元だけで、目のまわりや、いや、口元以外のすべてが笑っていなかった。右手は腰左の鞘から飛びだしている柄をにぎり、いまにもきりかかってきそうな雰囲気さえした。クレシアの質問に対して、トゥエンはよい気分ではなかった。
「皆伝をもらったばかりのころには入っていましたが、騎士団が私欲に走ったうえに裏切られたものでしたから、裏切りかえして全員の騎士生命を殺しました。ほうっておけばまた私欲に走ることうけあいでしたから」
「騎士生命を殺すとは、いったい何をしたのですか」
「手の骨を折るんです。あそこは騎士生命の急所ともいわれていて、なおすことがむずかしいところなんです。なおったとしても、まともに剣をにぎれるかどうか分からない、それぐらいの場所なんです」
「攻撃する場所としては有効なのですね」
「かなり狭いので打ち合いのなかではねらうべき場所ではありません。ただ、有効なのはたしかです」
トゥエンがあたりをみまわさなくなった。というのも、樹の間があかるくなっていて、その先には木の外壁があったからだった。そしてここちよく耳にとどく金属を叩く音があった。目的地はもうそこにあった。
「突然ですが、ひとつ尋ねてもよろしいですか?」
「はい、なんでしょう」
「ウェルチャさんはエルボーでオレの友人と会いましたが、その男の声と酒場にやってくるフードの声は似ていますか?」
「そうですね、声の質がちがいましたので別人だとおもいます。トゥエンさんのお友達はとてもきれいな声でしたが、フードの男はしわがれた声でした」
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