24.琉菜と琉菜



 そのまま、琉菜はうとうとと眠ってしまったようである。

 目が覚めたきっかけは、障子が勢いよく開く音と、沖田の声だった。


「中富さんっ!」

「あれ?あた…オレ、寝ちまってました…」


 やばい、寝起きで油断して「あたし」って言いそうになった…


 琉菜は肝を冷やしたが、沖田は気づいていないようで、「大変なんですよ!」と息せき切って言った。


「な、何があったんですか?」


 沖田は黙り込んでしまった。おそらく、どこから説明すればいいのかと悩んでいるのだろう。


「驚かないで聞いてくださいね。いや、驚くと思いますけど。そういえば、頭の方はもう大丈夫なんですか?今から話すことは、余計に頭痛の種を増やしてしまうような気がして…」

「頭痛は一応、大丈夫です。それで、なんなんですか?」


 もちろん、なんなのかは知っているが、琉菜は沖田の次の言葉を促した。


「とにかく、来てください。あなたにそっくりな女子が来てるんです。15歳だと言っていましたが」


 結局、沖田は説明を放棄した。とにかく来い、とは随分端折ったな、と思いながらも琉菜は「はあ…?」と気の抜けた声で返事をした。






 琉菜は沖田に連れられて、現在鈴が寝泊まりしている部屋に向かった。


「先生、中富さんを連れてきました」


 障子越しに、沖田が声をかける。


「入りなさい」


 近藤の声がし、沖田は障子を開けた。

 また頭が痛くなってきた。だが、悟られないよう琉菜は「失礼します」と言って部屋に入った。


「中富くん、まずは座りなさい」


 近藤に言われ、琉菜は自分に瓜二つの少女を見ながら、近藤と沖田の間に座った。


 一瞬、気まずい沈黙が流れた。が、沖田が口火を切った。


「琉菜さん、こちらは一番隊隊士の中富新次郎さん。中富さん、こちらは琉菜さん。一応、今日から新選組の賄い方…なんですけど」

「なんですけどって、なんなんですか!?この女…」琉菜はまじまじと、目の前にいるもう一人の琉菜を見た。

「お前の孫の孫みてえなもんだ」土方がぶっきらぼうに言った。

「は!?」

「つまりですよ、未来から来た中富さんの子孫の方…というわけで」沖田はついに核心に触れた。

「沖田先生、言ってる意味が全っ然わかんないんですけど」


 琉菜はなんとなく、この部屋に入ってから、自分の発する言葉が自分の意思ではなく、言わされているような、勝手に口が動いてしゃべっているような、そんな感覚に捕らわれていた。


「あはは、ですよねぇ。ええと、順番に説明しますね。お米を買いに行ったら、この琉菜さんに偶然会いまして」

「まあ、そうでしょうね」琉菜は説明になってないぞ、と沖田に目で訴えた。

「ほら、見ての通り変…というか、変わった格好をしているでしょう?それで、異人なのかと聞いたら、未来から来た、という話で。当然行くところもないので、しばらくはお鈴さんの下で賄い方をやってもらおうかと」

「み、未来…?って、どういうことですか?」

「あたしもわからないんです。祠の鳥居をくぐったら、この町にいて」もう一人の琉菜が口を挟んだ。


 琉菜はどうしたものか、と考えた。自分は何も知らない幕末人、という体で話を聞くのも大変である。


「そんなの、信じられるわけないじゃないですか」琉菜はまた言わされているような気持ちで言葉を発した。

「それがだな中富くん、これを見てくれ」


 近藤は目の前に置いてある品々を手に取った。

 琉菜が未来から来たと証明するために出してあった、携帯や千円札である。


 あ、機種変する前の携帯だ。懐かしい。


 一瞬だけ、そんな暢気なことを考えてしまったが、近藤の言葉で我に返った。


「こんな代物、見たことないだろう?」

「そう、ですね…それじゃあ、本当にこいつが…?オレの、し、子孫?」

「まあ、なかなか信じがたいと思いますけど…」沖田は苦笑いした。

「中富さんは、今日から琉菜さんの生き別れたお兄さんってことで」

「はい!?」


 土方が口を開いた。


「全員に未来がどうのという話をする気はない。それなりに事情がねえ限り女を入れるわけにもいかねえし。こいつは訳あって身よりがなくなり、唯一の肉親である兄を頼ってここまで来た。どうだ?」

「どうだって…」

「お願いしますよ中富さん」沖田がすがるように言った。

「お願いします!」


 全員が女の方の琉菜を見た。彼女は頭を下げた。


「あたし、他に行くところがないんです。中富さんの協力が必要なんです!」


 琉菜は自分に生き写しの少女を見、しばらく黙り込んだ。


「しょうがねえなあ」

「いいんですか!?」

「これで賄い当番もあんまり回ってこなくなるだろうしな」

「中富くん、よろしく頼むぞ」近藤が言った。

「承知」


 答えると、土方が「中富」と琉菜の名を呼んだ。


「お前、神戸から来たと言っていたな」


 鋭い眼光の土方に対し、琉菜はつとめて毅然とした態度で「そうですけど」と答えた。

 自分の嘘の出自はバレているとまでは言わないまでも、怪しまれている、と以前山崎から聞いていたからだ。


「その神戸の家、火事でなくなったことにしろ」

「へ?」


 そういえばそういう話だったんだっけ?


「どうしてですか?」


 理由を徐々に思い出してきた気もするが、琉菜は一応尋ねた。


「この女の唯一の身寄りがお前だ、ということにしないと仕方ねえだろ」

「確かに」


 土方に疑われた嘘の出自ではあったが、その土方によってさらに嘘が上塗りされることになろうとは。

 琉菜は誰にも気づかれないように苦笑いした。



 てか、このやり取り覚えてたら、中富屋にいた時あんなに必死に考えなくたって、最初から「神戸から来た」って言えたのにー!

 結局、「歴史は変えられない」ってことなら、あたしが最終的にこの嘘の「神戸出身説」に決めたのも、あたしの意思というよりは歴史の歯車の一部…?

 うーん、わからん……あとで考えよう…


「中富さん?難しい顔してどうしたんですか?」沖田が琉菜の顔を覗き込むように見た。

「え、いや、やっぱり、信じられないというか、戸惑うっていうか…」琉菜はハハハ、と作り笑いをした。ふと視界に入ったもう一人の自分はぼんやりと空を見つめていた。


 やっぱ、そういうことだよね?

 今のやり取り聞いてないよね?

 ちゃんと人の話聞いて!そしたら後で苦労が1つ減るから!


 

 考え事をしている様子の自分に琉菜は目で訴えかけたが、もちろん伝わるはずもなく。

 その間にも、土方は「賄い方の琉菜の身の上話」をすらすらと作り上げていた。


「まず、言葉からして江戸出身ということにする。江戸の商家にいた。だが、そっちの家も、まあ火事だか夜逃げだかで立ち行かなくなって、中富を頼ってわざわざ京に来た。これで行くぞ」


 沈黙が流れた。


「おい」土方が、女の方の琉菜に呼びかけた。

「へ?なんでしょう?」

「人の話を聞きやがれ!」土方と、琉菜も同時にそう言った。


 ほんと、話聞いててよ~、昔のあたし…


 琉菜は先ほどとは別の種類の頭痛に襲われ、頭を抱えた。


 


 その後、土方と女の方の琉菜は明日皆の前で話す台詞の練習を始めた。

 琉菜はその様子をハラハラと見守っていたが、ふと沖田を見ると、楽しそうな、微笑ましそうな顔をしていた。


 沖田さん、絶対面白がってるでしょ…


 誰にも気づかれない小ささで、琉菜は溜息をついた。






 翌朝、賄い方の琉菜が無事に自己紹介を終えると、琉菜は体調がよくないから午後の巡察まで外の風に当たってくる、という少々苦しい理由をつけて屯所を出、中富屋に向かった。


「山崎ざあぁん」


 中富屋の一室で待っていた山崎に向かって、琉菜はウソ泣き混じりで駆け寄った。


「ダメでした。コピペしたみたいに同じでした」琉菜は絶望的な表情を浮かべ、山崎を見た。

「やっぱりダメやったか…」山崎もその様子を見て、表情を曇らせた。

 

 琉菜は簡単に事情を話した。


「謎の頭痛がするんですよ」


 昨日の顛末を話すうえで欠かせないのが、謎の頭痛と、やけに鮮明な映像。


 いわば、脳内でいきなり映画が始まったような感覚だった。その映画のスクリーンの中に入って、スクリーンの中の琉菜に現実の琉菜の魂が乗り移ったような。その様は、夢より鮮明で現実よりはつかみどころがなかった。


 話を聞いた山崎は、「うーん」と唸って黙りこくってしまった。


「なんやろうなあ。俺もそういうのは専門外やけど。考えられるのは…」


 琉菜は藁にもすがるような気持ちでこくこくと頷いた。


「昔のお前が近くに来すぎて、何や、記憶や脳が共鳴みたいなことを起こした…とか…。もしくは、歴史を変えようとしてたわけやから、『変えるな』いう警告か…」山崎は自信なさげに言った。

「なるほど…。確かに、なんかもう頭痛はほぼずっとしてるんですけど、その映像、みたいなのは、歴史を変えようとしてた時に起きました。結局、その頭痛のせいでお米を買いにいけなくなっちゃったわけですし…」

「そうやなあ。とにかく、もう1回実験するぞ。今後、なんかお前が絡む変えられそうなエピソードはないんか」


 今度は琉菜が「うーん」と黙りこくる番だった。


「確か、明日か明後日になると思うんですけど、あたしは道に迷うんです。そこに探して迎えに来てくれたのが、あたしと斉藤さんでした」


 ようやく思い出したエピソードを話すと、山崎は「それや」と満足げに笑った。


「その時が来たら、今度はそれこそ頭痛のせいにして迎えに行かないようにするんや。それで成功するかどうか、や」



 琉菜はうんうんと頷いた。

 歴史を変えられることが証明されれば、何かできることがあるかもしれない…。


 琉菜はここで、あることを思い出して懐からごそごそと紙を取り出した。


「山崎さん、これ…なんですけど」


 取り出したのは、手紙であった。

 あの時、中富、つまり自分が脱走した夜、彼が置いていった手紙である。

 土方から受け取り、なんとなく今回のタイムスリップにも持ってきていたものだ。


「この手紙、誰が書いたんでしょう?」

「お前やないんか?」山崎はきょとんとして手紙を見た。

「書いてません。書いてないのに、この手紙は脱走したあたしの荷物に紛れてて、それを前のあたしが預かって、今に至るわけです。それに、筆跡も違うし。山南さんにこの時代の読み書きは一応習いましたけど、ここまでこの時代っぽい字まで書けるようにはならなかったんです。で、たぶんあたしが今度脱走する時にこれを荷物の中に置いといて、あっちの今賄い方やってるあたしが預かることになってって、無限ループじゃないですか」


 山崎はふっふっふ、と笑った。


「な、なんですか?」

「おもろいなあ。タイムパラドックスってやつか」

「って、あれですか?過去に戻って親を殺すと自分が生まれなくなって、結局親も殺されなくなってっていう無限ループみたいな」

「まあ、そんなとこやな。うーん、ほんま、どっから来たんやろ、その手紙」


 山崎は未だ可笑しそうに笑っているが、琉菜はなんだか気味が悪くなった。


 誰が書いたかわからない、というのは、字のこともそうであるが、内容のこともそうである。

 確かに、手紙には今琉菜が脱走するとすれば沖田や近藤たちに言いたいことがそのまま書いてあった。

 しかしこの文章を考えたのは誰なのか。


 もちろん、琉菜であることは間違いないのであろうが。


 その時、襖の向こうから声がした。


「琉菜ちゃん?山崎はん?お茶淹れたんやけど」


 多代の声であったので、琉菜は「ありがとうございます!」と言って襖を開けた。


「なんや難しい顔してはるなあ」多代は琉菜と山崎の前に湯呑を二つ置くと、くすくすと笑った。

「そりゃ難しい顔もしますって。今、最大の謎について考えてるんですから」琉菜は早速お茶を啜ると、ふう、と息をついた。

「謎?」

「これです」


 琉菜は手紙を多代に見せて、事情を説明した。


「なんでやの?これ、うちの人が書いた字ぃやないの」

「え!?」


 琉菜も山崎も大きな声を出してしまい、お互いに「しーっ」と注意し合った。


「ほら、最後に『中富新次郎』って書いてあるやろ。この『中富』の書き方、うちの人の字ぃやもん」

「兵右衛門さんが?なんで…?」

「なんでやろ?ちょお貸してくれへん?見せてみるわ」


 琉菜は茫然としたまま、多代に手紙を渡した。

 多代は空になったお盆を小脇に抱えると、訝し気な表情で手紙を持ち、階下へ降りていった。


 残された琉菜は山崎を見た。

 おそらく、同じことを考えているはずだ。山崎もポカンとした顔で琉菜を見ている。


 兵右衛門が書いた、となれば文字がいかにもこの時代のものであるのは合点がいく。

 だが、それがわかっても謎が解けたわけではない。

 結局、文面は誰が考えたのか、ということと、どういう経緯いきさつで兵右衛門が手紙を書くことになったのか、ということだ。



 やがて、多代が戻ってきた。

 手紙の字はやはり兵右衛門が書いたものであった。


 琉菜は手紙を受け取ると、釈然としないながらも懐にしまった。


 そして、これ以上中富屋に長居することもできない時間になってしまい、もやもやとした気持ちのまま、琉菜と山崎は別々に中富屋を出て屯所に戻った。



 手紙のことはまたあとで考えるとして、とにかく、今は次の作戦に集中しよう。

 

 屯所に戻った琉菜は、頭痛と戦いながらも、夕方の稽古に向かうのだった。


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