22.未来へ帰る方法



 季節は移り、梅雨の真っ最中。毎日降る雨のせいで、盆地に位置する京都の町は一段と気だるく蒸し暑い空気に覆われていた。



 そんな中、今日も琉菜は賄い方の仕事をこなしていたが、少し休憩しようとしていた矢先に、原田がやってきた。


「琉菜ちゃんっ!」

「原田さん?どうしたんですか?」

「平助が寺の裏手で怪しげな倉を見付けてよ、今新八と総司も入れて4人で家捜ししてんだ。琉菜ちゃんも来ねえか?」


 家捜しというのはなんだか聞えのいいものではなかったが、面白そうだったので琉菜は原田について行くことにした。


「あ、琉菜さん!」


 薄暗い倉庫に入ると、藤堂が琉菜に愛想よく手を振った。

 沖田も琉菜に気付き、「やっぱり来ましたね」と微笑んだ。


「まったく、琉菜さんまで巻き込んで…」そう言った永倉はなんだか3人の保護者のようだった。

「それで、何か見付かったんですか?」琉菜が尋ねた。

「いーえ」沖田は手近にあったヒビ入りの壺を指した。ここにはそういうものばかり溢れているようだ。

「もしお宝が見付かったら?まさか勝手に売り捌くとか…西本願寺の住職さんに怒られますよ」琉菜は近くにあった巻物を手にとった。広げてみると、古びた掛け軸であった。

「そんなことしませんよ。『勝手に金策致すべからず』私たちはただ家捜しを楽しんでるだけです」


 沖田は人聞きの悪い、とでもいいたそうな顔だった。


「それもそうですね。あたしもなんか面白そうなもの探してみます!」


 琉菜はくるりと踵を返して倉庫の奥に向かおうとした。


 しかし、足の踏み場のない場所で琉菜はバランスを崩し、ガッシャンとすさまじい音を立てて転んでしまった。


「琉菜さん、大丈夫ですか?」沖田がかけよってきた。

「はい…大丈夫です…痛た…」琉菜はふと、足元に転がってきた巻物を見た。


 琉菜は自分の目を疑った。


「これ…!」


『時之祠伝』


 琉菜はその4文字をまじまじと見た。


「これってもしかして…」


 沖田、藤堂、永倉、原田は不思議そうに琉菜を見た。


「見てください。この『時之祠』って、たぶん、あたしが未来から最初に来たとこです!」

「どういうことですか?」藤堂が聞いた。

「あたし、あっちの世界で、この祠の鳥居をくぐったんです。そしたら、いつの間にかこっちにいて…」

「じゃあ、これが琉菜さんが未来へ帰る手がかりになると?」永倉が冷静に言った。


「そうかもしれません」琉菜ははやる気持ちを抑え、ゆっくりと巻物を開いた。


 しかし、中身の字を解読することはできなかった。


「読めない…」琉菜はがっくりとうなだれた。山南に習いながら読み書きの練習をしていただけに自信はあったが、琉菜の手には負えないほどの古い文体・文字のようだった。


「どれどれ?」


 原田が覗きこんだが、どうやら原田にとっても古すぎて読めない字だったようで、だんだんしかめ面になって「新八、お前読め」と永倉の肩をたたいた。


 永倉も「うーん、どうやら相当古い書物のようだなぁ…」と言ったきり黙り込んでしまった。


「近藤先生ならわかるんじゃないですか?古い本とかたくさん読んでるみたいだし。いつも手習いしてますから、きっと読めますよ」


 沖田の提案に、全員が賛成した。







「局長、失礼します」琉菜はそう言って局長室の障子を開けた。


「琉菜さん…それに、お前達みんな揃ってどうしたんだ?」


 近藤はずらりと並んだ5人を見て少し驚いていた。


「あたしが、未来へ帰る方法が、これに書いてあるかもしれないんです!」

「本当ですか?…で、5人揃って解読できなかったというわけか。」

「はい。だって私たちこういうことはてんでさっぱり…」


 5人のセリフは見事に揃った。これには、その場にいた全員が吹き出してしまった。


「どれどれ、貸してみなさい」


 琉菜は近藤に巻物を差し出した。

 近藤が目を通す間は、沈黙が流れていた。


 琉菜は固唾を飲んで、巻物を読む近藤の視線を追った。


 しばらくすると、近藤はふう、と息をつきにっこり微笑んだ。


「満月が欠け始めるまでに、神風が吹いた時、時の祠の鳥居をくぐれば己の時空と運命の時空への道が開く」


 近藤は巻物をくるくると丸めながら5人を見渡した。


「つまりだ。満月が上ってから次の月が上るまでの間に神風というのが吹けば、琉菜さんは未来に帰れるというわけだ」


 誰も声を発しなかった。近藤の言ったことを整理しようとみんなが考えを巡らせていたのは明白だった。


「他に、何も書いてなかったのですか?」永倉は、情報の少なさと巻物の長さが釣り合っていないと指摘するかのようだった。


「ああ。最初の方はあの祠の歴史がずらずら書いてあるだけだったよ。どうやら、平安京の時代に妻に先立たれた男が悲しみに暮れていたんだが、ある日仏様が夢枕に立って、供養と、来世で妻に会いたいとの願いを込めて祠を作れと命じた。という伝説があるそうだ」

「ふーん。なんか胡散臭えな」原田が腕を組んだ。

「でも、実際に琉菜さんはその祠で未来から来ているんですし、それなりの神通力はあるんじゃないですか?」藤堂が納得したような顔で言った。


「満月が、欠け始めるまで…」


 琉菜は近藤の最初の言葉を反芻するようにつぶやいた。祠の歴史は琉菜にとってはどうでもよかった。信じられるかわからないが、最も有力な手がかりがついに得られたのだ。


「局長」琉菜ははっきりとそう言った。みんなの視線が琉菜に注がれた。


「ありがとうございます。確かに、あたしが来た時、その条件は揃っていたと思います。次の満月はいつですか?」


「うーん、10日後くらいかな」近藤が言った。


 原田は立ち上がって琉菜を見た。


「でも、10日後に神風ってのが吹くかわかんないだろ?」

「それだが、神風は気まぐれに吹くらしい。年に数回吹く時もあれば、何年も吹かない時もあるとか」

「おいおい、そんな曖昧なことで大丈夫かよ?」


 やっぱり、屯所移転の日に吹いたのは神風だったのかな。

 10日後に、あの時と同じ風が吹けば、あたしは帰れる。


「じゃあ、もしかしたら10日後に、琉菜さんは帰ってしまうかもしれないんですね」


 藤堂は少し寂しそうに言った。


「随分急な話だよなぁ。なんかもう琉菜ちゃんがずっといるような気がしてたけど。寂しくなるな」原田が言った。


「心配しないでください。あたし、またここに来ます。」琉菜はじっと部屋にいる者たちを見据えた。


「ホントかよ!?」


 琉菜はこっくりとうなずいた。


 ずっと、考えていた。決心はすでに固まっていた。


 帰りたい。でも、叶うなら、また戻ってきたい。


 現代に戻ったら、あっちの人たちにちゃんと事情を話して、その風が吹くのを待とう。

 そしたら、またここに来られる。みんなに会える。


 ここは、危険な場所だけど、また来たいと思える場所でもあるから。

 つらい別れもあったけど、つらいことばかりじゃない。


 ここでの生活は、本当にあたしを成長させてくれたと思う。

 つらいことと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、楽しいこともたくさんあった。


 だから、あたしは帰ってきたい。


 大好きな、新選組みんなのもとへ―――


「しかし、運命の時空というのは…?必ずしも今この時というわけではないのでは?」


 永倉の指摘に全員があっと息を飲んだ。


 そうか。次に鳥居をくぐっても、またこの時代に戻ってくる可能性は低いのかもしれない。

 そうしたら、もう二度と新選組のみんなには会えないの?


 それでも――


「それでも、あたしは、あたしにとっての運命の時空はここしかないと思います。根拠はないけど、そんな気がする。新選組がいる時代、新選組がいる場所、それがあたしの『運命の時空』です」


「琉菜ちゃんらしいや」原田が笑った。

「次に平安時代に飛ばされても知りませんよ。」永倉が皮肉った。

「また、会えるんですね!」藤堂がうれしそうに言った。

「琉菜さん、未来でも達者で」

「局長、そのセリフまだ早いですよ」


 みんなが笑った。


 あたし、新選組が大好きだ。


「琉菜さん」


 沖田の声は、笑い声の中にもしっかり響いた。

 琉菜は、沖田がここまで一言もしゃべっていないことに気づいた。


「待ってますからね」

「…はい!ありがとうございます」


 待ってます。


 その言葉は、琉菜を一番喜ばせた言葉だったかもしれない。


 外では、梅雨の雨がしとしと降っていたが、琉菜の心は晴れやかだった。

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