21.あくる日



「朝…か」


 寝た気がしない…っていうか、一睡できたなんていうほうがすごいのかも。


 琉菜は隣の布団を見た。


「おはよ、琉菜ちゃん。今日もええ天気やねぇ」


 そう言って着物を着ている鈴がいた。…いつもなら。


 お鈴さん…本当にいなくなっちゃったんだ。


 琉菜はつい先ほどの出来事を思い出した。それだけで涙ぐんでしまう。


「遺体のことですが、あとで監察の人が運んで弔っておいてくれます。琉菜さんも、あとで墓参りするといいでしょう」


 屯所へ帰る道すがらで、沖田は、冷静に言った。


 琉菜は黙っていた。


 しゃべる気になれなかった。


 見かねた沖田はふっと息をついて、琉菜の頭に手をポンとのせた。


「すいません、私は今回のことをあなたに隠そうとしていました。でも、一番お鈴さんと仲のよかったあなたにしてあげられることは、隠すことじゃなくて会わせることだったんですよね…本当に、ごめんなさい」


 沖田は琉菜の頭をくしゃっと撫でて手を下ろした。


「もう、沖田さん、また謝ってる…」琉菜はほんの少し微笑んだ。



 悪いのは、誰でもない。

 お鈴さんも、沖田さんも、土方さんも、誰も悪くない。


 何が悪いの?運命が悪いの?


 琉菜は自問した。しかし答えは出なかった。


「彼女を斬らなければならないというのは、仕方のないことなんです。新選組のためです。それだけは、わかってください」


 沖田は淡々と話しを続けた。


 琉菜は何も言わなかった。


 頭の中に、仕方がないと理解している自分と、まだ鈴の死を納得できていない自分がいた。


 しかし、悔やんでも、泣いてもわめいても、鈴はもう帰ってはこないのだ。


 それだけは琉菜には痛いほどわかった。


 あれから、まだ4・5時間しか経ってないのか…


 ふと外に耳を傾けると、何やら話し声が聞こえた。


「聞いたか?お鈴さんが殺されたって話!」

「ああ、長州の間者だったんだってな。鬼副長は、女でも容赦しないってわけか…」


 どうやら誰かが、監察が鈴の死体を持ち帰るのを目撃したらしい。

 噂はあっという間に広がったようだった。





 朝ごはんは、暗い雰囲気だった。

 琉菜はまた、山南が切腹した時のことを思い出した。


 お鈴さん、人気者だったから、きっとみんなショック受けてるんだろうな…


 琉菜はぼんやりといつもは鈴が座っていたはずのところを見つめた。


 お墓参り、しよう。







 数日後、琉菜は近所の墓地にいた。


 ここには亡くなった新選組隊士が眠っている。


 山南も鈴も、ここにいるのだ。


「死んだらみんな仏様です。だから、どんなに悪いことをしても、新選組隊士は仲間として、同じ墓地に葬るんですよ。」


 前に局長がそんなこと言ってたっけ。


 死んだらみんな仏だからみんな平等ってことか…だったら生きてる間もみんな人間だから平等だと思うけど。

 そうもいかないのかなぁ…



 琉菜はまず手前にある山南の墓から先に花を供えた。

 亡くなった直後に一度来たきり、墓参りはしていなかった。

 琉菜は花を供え、線香をあげた。



 山南さん、お元気ですか?明里さんも一緒だから、寂しくないですよね?楽しければ何よりです。あたしも、毎日元気にやってますよ。




 そして、墓地の奥の方にひっそりと存在していた墓石の前に琉菜は立った。


 きっとあまり公にならないように監察方が急いで燃やして埋めたのだろう。


 鈴の墓は、小さな何も書かれていない墓石があるだけだった。


 お鈴さん…天国には着きましたか?


 お鈴さんがいなくなって、あたしも、隊士のみんなも寂しがっています。


 天国で、幸せに暮らしてください…




「琉菜さん、ここにいたんですね」


 突然声をかけられ、驚いた琉菜が振り替えると、沖田がニコニコして立っていた。


 どうして、笑っていられるんだろう。好きな人を斬ったっていうのに。


 …違う。


 沖田さんだってつらいんだ。でも、武士だから、それを隠してるに過ぎない…


 あたしに、沖田さんを慰めることはできるかな?

 自分の手で、好きな人を斬るなんて、どんなにつらいか知れない。

 少しでも、沖田さんのつらさを減らせたら…


「沖田さ…」

「今日の夕方から、隊士が交代で賄いを手伝うことになりました。一人じゃ大変でしょう?」


 琉菜の言葉を、沖田は遮った。


「はい、ありがとうございます。あの…」

「私も少しお花を持ってきたんですよ」


 沖田は手に持った数輪の花を琉菜に見せた。


「ここに供えておきますね」


 沖田が墓石に近づき、しゃがみこもうとした時、


「沖田さんっ!」


 琉菜は無我夢中になってガバっと沖田に抱きついた。

 沖田は持っていた花を取り落としてしまった。


「悲しくないはずない!つらくないはずない!だって、沖田さんはお鈴さんのこと…好きだったのに」


 最後の言葉はほとんどかすれていた。


 琉菜は沖田の着物をぎゅっと掴み、泣きわめいた。


 抱きつかれた沖田の着物には、涙の染みが広がっていた。


「やだなぁ琉菜さん。確かにお鈴さんは好きでしたけど、琉菜さんの思ってるようなのじゃ…」

「わかってます。沖田さんは武士だから、そんな風に言うんですよね?つらくないなんて嘘も、あたしには通用しませんよ?」


 琉菜の手にさらに力がこもった。


「私には、琉菜さんの方がよっぽどつらいように見えますけど?」


 沖田は琉菜をぎゅっと抱き締めた。


 その温もりが琉菜に伝わり、琉菜の涙がさらにたくさん流れた。


『おおきに琉菜ちゃん。これからも、沖田はんや新選組のみんなと、仲良く暮らしてな』


 琉菜には確かに、そう言う鈴の声が聞こえた気がした。



「あたしは、沖田さんの側にいます。ずっと、いさせてください」


 未来に帰りたいと思っているはずなのに、自分でもなぜそんなことを言ったのかわからなかった。だが琉菜は思ったことをただ口にするのだった。








 そしてまた、一夜が明けた。


「おはようございます、琉菜さん!」

「おはようございます。皆さん来てくれて助かります。よろしくお願いします」


 鈴がいなくなった分、賄い当番の隊士が増え、食事の支度をしていると台所はいつもより賑やかになった。


 うん、これだけわいわいしながらやってたら、寂しくないし、大丈夫だ。


 琉菜は包丁で人参を切りながらぼんやりと考えていた。


 どっちにしたって、早く立ち直らないと沖田さんに慰めてもらったのがムダになるしね。


 あーあ、あたしが慰めるつもりだったのに逆になっちゃったよ…




 琉菜は昨日のことを思いだし、今更自分のしたことに気付いた。


 あ、あたし、大胆にもあんな抱きついちゃって…


 琉菜の顔が突然ボンっと赤くなった。


 うわああ、やってしまった…

 で、でも、沖田さんに抱き締められてうれしかったかも……ってそんなこと言ってる場合じゃない!なんかもう、合わせる顔がない!


 琉菜はそんなことを考えながら勢いに任せて包丁でダダダッと人参を刻んだ。


「琉菜さん、人参!」

「へ?…あ」


 隊士が声をかけてくれた時はすでに遅く、人参は綺麗にみじん切りになっていた。





「なんだぁ?この小っさい赤いのは?」


 原田が味噌汁に浮いた物体を指して言った。


「あ、それ人参です…本当は煮物の予定だったんですけど、間違えてみじん切りにしちゃって…味噌汁に入れて飲んじゃった方が早いかなーなんて…」琉菜は申し訳なさそうに言った。


「ぷっ…はははっ!琉菜ちゃん最高だぜ!」


 原田が大笑いした。他の隊士も皆爆笑していた。

 琉菜も、おかしくなってきて一緒に笑った。

 ふとその時、沖田と目があった。

 沖田は琉菜ににっと笑いかけると、またみんなと一緒に笑い出した。


 よかった、沖田さんたいして気にしてないみたい。

 うれしいような悲しいような…とりあえず、普通に、何事もなかったかのように接しよう。


 楽しそうな面々を見て、琉菜も微笑んだ。少しだけ、心が軽くなったような気がした。





 洗濯も、食事と同様、今日からまた当番の隊士が手伝うことになった。


 3人もの人が手伝ってくれたので、仕事もはかどっていた。


「ところで琉菜ちゃん」一人の隊士が口を開いた。

「沖田先生とはどうなったんだい?」

「な…!」琉菜は突然の質問に言葉が出なかった。

「どうとは?」

「わかってるさ。琉菜ちゃんが沖田先生に惚れちまってるってことは。見え見えだし?」

「しかし、その沖田先生はお鈴さんが好きだった!これまた見え見え!」

「え?俺は沖田先生がお鈴さんを油断させるためにしてた演技だって聞いたぜ。」

「バカ、沖田先生が嘘ついて演技なんかできっかよ。斎藤先生や永倉先生じゃあるまいし」


「…人をからかうと痛い目見ますよ?」琉菜は3人にじっと睨むような視線を送った。



「あ、沖田先生!」

「え?」


 1人が琉菜の後ろを指さして、琉菜は反射的に振り返ったが、そこにはだれもいなかった。


「いーかげんにしてくださいっ!」

「うわっ怒ったっ!」


 3人は洗濯物を桶の中に放り込んでピューっと逃げてしまった。


「もう…あと少しで洗い終わるからいいものの…」


 琉菜は洗濯を続けながら考えた。


 そっか…お鈴さんがいないってことは…ライバルがいなくなった…って、ことなんだよね。


 って、あたし、なんて嫌な女なんだろう。


 お鈴さんが死んだってのに何を呑気な…

 もう、二度と会えないのに…


 鈴のことを思い浮かべると、また涙が出そうになった。


 恋敵がいなくなっても親友がいなくなっては意味がないのだ。


 ダメ、泣いたら。


 その時、琉菜の背後から人影が現れた。


「あれ?琉菜さん一人ですか?当番の人は?」


 琉菜が振りかえると、巡察を終えて帰ってきた沖田がいた。


「逃げました」琉菜は少しぶすっとして言った。

「あはははっ!それは災難でしたね!」

「笑い事じゃないです!」


 沖田は笑いを抑えてから、真面目な顔つきになった。


「よかった。思ったより元気そうですね」

「はい。いつまでもくよくよしてても仕方ないですから」琉菜はまた洗濯を始めた。

「…強くなりましたね。」

「沖田さんほどじゃないですよ」


 すると、沖田は琉菜の向かい側に回りこんで、しゃがんだ。


「未来に帰る方法は見付かりましたか?」

「な、なんですか急に」

「いや、琉菜さんがこれ以上ここにいても、あなたにとって悲しいことばかり起きると思うんで…」

「それって、まだまだああいうことが起きるってことですか?」

「そうですね。隊規を破る人もいるし、もしかしたら長州側がお鈴さんの代わりの間者を送り込んでくるかもしれないし」


 その言葉を聞いて琉菜は胸の中にもやもやしたものが広がるのを感じた。


「方法はまだ見付かってません。確かに、山南さんやお鈴さんのことは本当につらかったですけど…でも、悲しいことばかりじゃないですよ。こういうのどかな一日とか、あたしは大好きです」

「でも、そろそろ親御さんが恋しいでしょう?」

「それは、そうですけど…」

「じゃあ早く帰れるといいですね。私に手伝えることなら何でも言ってください」


 沖田は立ち上がると、巡察の報告があるんで、と立ち去ってしまった。


 わかってる。沖田さんはあたしの為を思ってああ言ってくれてるんだ。


 早く帰れとは言ってない。そう思いたい。


 それにしても、少しくらいあたしとの別れを惜しんでくれてもいいんじゃない?


 …っていうのは、我が儘なのかな?


 でも、やっぱり早く現代に帰らなきゃ。向こうでどのくらい時間が流れたかわかんないし。


 どうしよ…今ごろ『京都の女子高生行方不明から○ヶ月』なんてニュースになってたら…


 どっちにしても沖田さんの言う通り、これ以上誰かの死を見ないで済むには、一刻も早く帰るのが一番かもしれない。


 でも、手掛りはどこにあるんだろう?


 早く、見つけなきゃ――――

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