2 有害城

 ●●の歴史は、『ふがす郷土誌』にある程度は記述されている。

 これによると、鎌倉時代の文永ぶんえい八年(1271年)には、当地に地頭が存在していたという記録がある。そして、南北朝時代には、当時の地頭だった●●義明よしあきが、当地に《有害ゆうがい城》なる山城やまじろを築城し、自らの居城としたのだという。

 よりにもよって有害城である。要害城の誤植ではないかとも思ったが、郷土誌の複数の箇所にそう表記されていたので、たぶん合っているのだろう。いかにもダメそうな名前であるが、●●に城があったこと自体にも驚いた。

 さらに、有害城の歴代城主が戦に出た記録も同誌には記されていた。

 まず、初代城主の義明が、出雲国いずものくに守護の塩冶えんやの高貞たかさだに従い、北朝方として大和・河内に転戦している。続いて義明の長子 頼明よりあきが、南朝に寝返った(とされている)塩冶高貞の追討に加わって手柄をあげた。さらに頼明の子の元智もとともは、足利あしかが尊氏たかうじに反旗を翻した足利 直冬ただふゆに呼応して南朝方に下り、北朝方の軍勢と戦ったとされている。

 いわゆる観応かんのう擾乱じょうらんの混乱期であることを差し引いても、何とも節操のない一族が城主をやっていたものである。

 ただ、この時期に有害城が落城したという記録はない。また、これら歴代の城主が討死したという記述も見られないことから、少なくとも室町時代前期の時点では、禁忌の原因となるような事実は発生していなかったことになる。


 そこで資料を読み進めてみると、有害城は応仁おうにんの乱の頃に落城していることがわかった。

 文明ぶんめい二年(1470年)、時の城主●●四郎しろう(当代不明)が山名やまな軍に与したところ、有害城は東軍の軍勢に攻め落とされ、四郎は所領を没収されたというのだ。

 ということは、●●地域の二つの禁忌のうち、少なくとも一つはこの時の落城に起因しているのではないか。私の胸は高鳴った。

 しかしよくよく考えてみれば、『ふがす郷土誌』の記述から明らかなのは、有害城が落城して四郎が所領を没収されたという事実だけである。落城=城主の討死ではないのだから、それだけでは彼が禁忌の原因になったとは言えない。

 それどころか、有害城の落城に「四郎が所領を没収された」という書きっぷりからすると、四郎は落城時に敗死していないと見る方が正しかろう。

 したがって、応仁の乱における有害城の落城エピソードは、残念ながら禁忌とは関係がない。


 そうなると、禁忌の由来となる有害城の落城&城主の討死の時期は、応仁の乱よりもあとの出来事ということになる。

 ところが、『ふがす郷土誌』を読み進んでも、応仁の乱以降の有害城については記述がない。●●一族のその後についても同様である。

 これはやばいと思ってざっと確認したところ、同誌の引用する出雲地方の諸文献においても、応仁の乱以降の有害城および●●一族の記述は、ほぼ皆無に等しいことが判明した。

 記述がないということは、1470年の時点で有害城は破却はきゃくされたと見るのが本当なのかもしれない。しかしそれでは困る。●●地域において、有害城以外に城があったという記録は存在しないのだ。


 ──だったら、いつどこの城が落城して誰が討たれたというのか?


 この点、禁忌伝承の由来ごときに整合性を求めるのもどうかと我ながら思わないでもないのだが、かと言って落城と城主の討死自体がフィクションであるとはどうしても思えない。

 たとえば、先述した宮崎県の例にしても、福永丹後守が討たれたのはれっきとした事実なのだ。ただ、彼が南瓜の蔓に足を取られたかどうかは眉唾まゆつばであるし、そこから「南瓜を栽培するな」ということになったのがじゃねえのというだけの話である。

 ●●の場合も同様で、『城主』が実際に門に阻まれたか黍殻に足を取られたかはともかくとして、居城を落とされて討死したというのは、きっと事実である。

 そうでなければ、最初から城主などと言わないで、適当に神様の逸話でもデッチ上げておけばよかったではないか!!


 ……と、いささか強引に自らの心を奮い立たせて再度『ふがす郷土誌』を読み込んでいたところ、応仁の乱以降の有害城について記された箇所が存在した。ありました。

 村の歴史ではなく、第十章第三節『名勝旧跡』の有害城跡の説明のところで、「鳶巣城落城の際に、有害城も落城せる」との『雲陽誌うんようし』の記述が紹介されていたのである。これは盲点であった。

 ただ、そうなると問題なのは、《鳶巣城》とはなんじゃいということである。トビスなのかトビノスなのか、それともほかに読み方があるのか、それすらもまったくわからないのである。

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