第19話 王子様の困難
ダンジョンが完全に目覚めたことで、今後の探索の方針を再検討する必要ができた。ファントマ王子は騎士隊長ライゼルと、その他部隊長を集めて話し合っていた。そこへ、魔道士部隊の一人が報告にやって来た。
「失礼いたします。至急報告いたしたいことがあります」
「よい。報告せよ」
「はい、ダンジョンが目覚めたことにより、ダンジョン内の空気が変わりました。これはダンジョン内にあった空気が外へ向けて出て行き、またダンジョンの外から空気を取り込んでいるものでありまして……」
「まわりくどい説明はいい。結論を先に言え」
「は、はい。実は、先ほどからダンジョンの空気の中に、微量の毒素が含まれていることが分かりました」
「毒、だと?」
「はい。ですがすぐに命に関わるような危険なものではありません。吸い込んだとしても、全体的な能力の低下、つまり動きが鈍くなる程度の影響しかないでしょう」
「なるほどな。しかしこの毒が続く間は進軍を遅らせなければならないだろうな。おい、その毒はいつまで出続けるか分かるか?」
「それはこのライゼルがお答えします。教授の研究によると、このダンジョンは奥でカザミ山のダンジョンと一部が繋がっているようです。毒ガスはおそらく、カザミ山のダンジョンで発生したものが溜まったものでしょう。この推測は、魔道士部隊の報告とも一致します」
ライゼルの言葉に、報告に来た魔道士部隊の兵士が何度もうなずく。
「また教授は、ダンジョンの空気は五日から七日で全てが入れ替わるだろう、とも言っております。カザミ山の毒ガスはより深いところに溜まる性質があるため、深く潜ればそれだけ影響を受けることになりましょう」
それを聞いた、魔道士部隊の老隊長が手を上げて発言する。
「だとしても、ここで七日も動かずにいるわけにも行くまい。まだ階層は浅い。モンスターも弱い。解毒も解呪も、ワシら魔道士部隊がいれば問題はありません。今は進むべきでしょう」
二人の言葉を聞き、王子はしばし考える。そして、はっきりとした口調で告げる。
「この程度のことは苦難のうちには入らない。大休息が終わり次第、探索を再開する。いいな?」
王子の号令に、その場の全員がうなずいた。
毒ガスの漂うダンジョンの探索は、王子の予想以上に困難だった。
ガスは兵士の体を蝕み、その動きを制限する。そのため、普通に探索していた時の倍以上の時間がかかるようになっていた。
また、困難はそれだけでは無かった。
地下六階に入り、現れるモンスターが増えたのだ。
ダンジョンが本格起動を始めたことで、出現するモンスターの格があがった。
弱く脆いオールドスケルトンだったものが、それなりの力を持つスケルトンになった。さらに武器や盾を持つものも現れた。
そして六階から現れるようになったモンスター、ボーンスネイクがやっかいだった。
兵士たちがスケルトンと戦っていると、背後や天井から不意に襲いかかってくる。
通常ならすぐに対処できていたかもしれないが、ガスの影響下では反応も遅れる。その結果、負傷率が跳ね上がっていた。
兵士が負傷すれば、その回復に魔術が使われる。回復薬もあるが、万が一魔術が使えない時のために、平時はできるだけ魔術で回復することになっている。
魔術を使うためには魔力が必要であり、それはすぐに回復するわけではない。
戦闘後の回復、拠点防衛の為の結界術、そして毒ガス中毒者の解毒など。魔術が必要とされる場面が大幅に増えたために、魔力回復に必要な時間が増え、進行速度はさらに遅くなっていた。
そこへ追い打ちをかけるように、さらなる問題が襲いかかってきた。
「新たなモンスターだと?」
その報告を受けたのは、騎士隊長のライゼルだった。
ライゼルは兵士と共に前線でダンジョンを進みつつ、もたらされる報告を受け取っている。それは今までの代わり映えのしない報告とは違い、警戒すべきものだった。
「魔道士によって、【カースドドール】というモンスターだと判明しています。ただ問題なのは、戦闘能力はスケルトンよりも明らかに高く、レベルの低い隊では対処が難しいでしょう。スケルトンがいるような階層で出てくるレベルのモンスターではないのです」
「ふむ、それを見たのは貴方の隊だけですか?」
「はい。我々が最前線を進んでいた時に見つけました。ただ、妙なことに、そのモンスターは体に氷がついていました。周囲にも氷の欠片があり、もしかしたらその氷から出てきたのかもしれません」
「ふむ、ならば最前線はベテランの隊に任せた方がよいでしょうね。そして見たことがないモンスター、あるいは氷を見つけた場合は強く警戒するように。すぐに各隊へ通達しなさい」
「はっ!」
ライゼルの命令を受け、伝令兵が散っていく。
ライゼル自身も王子へ報告するために、休憩所となっている大部屋へと戻る。
大部屋の前にたどり着くと、中から戦闘する音が聞こえてきた。
「王子!ご無事ですか!?」
ライゼルが大部屋へ駆け込むと、ちょうどモンスターが倒されたところだった。
「ライゼル、お前も無事だったか。こいつらはいきなり
カースドドールらしきモンスターは三体ほど、今は完全に沈黙している。
回復のために待機していた兵士、魔術師、そして王子の親衛隊がいるこの大部屋では、暴れる間もなく倒されたようだった。
「報告が間に合わず申し訳ありません。お怪我が無いようでなによりです」
「よい。こいつらが他の場所にも現れたのだろう?氷漬けになっていたようだが、ほぼ溶けかかっていた。おそらく氷漬けで封印されていたのが、ダンジョンが目覚めたために溶け出てきたのだろう。なかなか巧妙な仕掛けではないか」
「なるほど、私ではそこまで気づきませんでした。さすが王子です」
「世辞はいらぬ。お前は兵を率いて、このモンスターを殲滅せよ。こいつらはスケルトンと違い、沸いて出てくるものではない。氷漬けになっていたものがなくなれば、それで終わりであろう」
「はい。ご命令通りに」
ライゼルは大部屋を出ると伝令を呼ぶ。そして王子の命令を実行すべく、各部隊長へと指示を出した。
王子はライゼルの予想を超えて成長している。
この先にいかなる困難が待ち受けていようとも、王子ならば必ず乗り越え、ダンジョンを制服するだろう。
そうライゼルは確信した。
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