第18話 王子様の行軍

◆◆◆


フォレスター王国の王子、ファントマ・フォーレン・フォレスターは地下四階にいた。

周囲には、王子に何かあった時の盾になるため兵士が固めている。

目覚めたばかりのダンジョンの探索は、平和が続いている王国において、王子の指揮訓練にちょうどいい突発イベントのはずだった。


王子はとても機嫌がよかった。

なまいきな使徒が命令を断ったばかりか逃走するという不敬な事態があったものの、大事の前の小事と支配者の度量を見せ、迅速な探索の指示を下す。まだ少年の面影を残しながらも泰然としたその様子に、従う兵達は王国の未来は明るいものになると期待させるには十分だった。


しかし王子の顔をくもらせる知らせが、そのすぐ後にもたらされることになった。


「斥候部隊が消息を絶っただと?」


王子は薄暗いダンジョンの小部屋の一つで、持ち込ませたイスに座って休憩していた。

報告をしているのは王子の側近である若き騎士隊長、ライゼル。幼い頃から時には王子の兄のように接してきた彼らの間には、強い信頼があった。


「現在我々は、斥候部隊が残した道しるべにしたがって進んでいます。しかしそれがこの先の、五階にて途切れていました。強力なモンスターが徘徊している可能性を考慮して、一個分隊にて探索を行わせていますが、モンスターあるいは斥候部隊の痕跡のどちらも見つけられてはいません」


「モンスターが見つからないか。それがこのダンジョンの持つ特性ということはないか?」


「いえ、このダンジョンは休眠から目覚めたばかりだと、教授が断言しておりました。魔力の吸収に貪欲なのが唯一の特性であるとうかがっています」


「ではなぜ斥候部隊は見つからない。出てくるモンスターはスケルトンのような他愛の無いものばかり。訓練を積んだ兵が後れを取るなどあり得ないではないか」


王子が剣のさやで床を打った。その音に反応して、部屋の隅から小さな鳴き声がした。

護衛を含めた全員がそちらを見ると、子犬ほどもある大きなネズミが、部屋の隅を横切って壁の穴へと消えていった。


「なんだ、ネズミか」


「今のはおそらく骨喰いボーンイーターと呼ばれるモンスターですね。その名の通り、スケルトンが囓られているのを見たと報告が上がってきています」


「なるほど、しかしモンスター同士で食い合うとは奇妙なこともあるものだな」


「いえ、モンスターとはいえ生きています。他のダンジョンでも、モンスター同士の食い合いはよくありますよ。教授に次の授業でそこのところを詳しくうかがったらどうでしょうか」


「うん、それもそうだな。だが今は斥候部隊のことだ。あれらが戦闘をしていないなら、仕事を放り出して逃げ出したとでも言うのか。そんなことがありうると思うのか?」


「誇り高き王国兵が、それを自らの意思で行うとは思えません。ならば考えうる可能性は、はやりモンスターによるものでしょう。人を惑わして連れ去る特性を持つモンスターもいると聞きます。戦闘になるまでもないほど強力なモンスターによって蹂躙された可能性もなくはないですが、それよりも可能性は高いでしょう」


「なるほどな。連れてきた魔道士部隊で対応は可能か?」


「はい。すでに下階に行く者から順に、精神防衛の魔術をかけさせています。あと半時もすれば、全部隊員に行き渡ることでしょう」


「よし、ならば急げよ。我々は一刻も早くこのダンジョンを制圧し、オレの実力を示す必要があるのだからな」






休憩を終えたファントマ王子は、全部隊での五階の探索を指示した。自らも五階へ降りると、兵とともに六階への階段へ向かって進む。全部隊を投入したことにより、五階の探索はまもなく終わる。

強力なモンスターは影も形もなく、やはり精神を操るモンスターの可能性が高くなっていた。

彼らがこのダンジョンに入ってからすでに半日が経過している。この薄暗いダンジョンを歩き回るのは、いかに訓練された兵士であっても通常よりも疲労するだろう。


分隊ごとに入れ替わりで休憩させているが、早めに大休憩を入れる必要があるかもしれない。

そう王子が考えていた時、六階に二つ並んだ大部屋を発見したとの報告が届いた。

このダンジョンが活動していたのははるか昔であり、残されていた文献から見つかったマップは見やすいとはとても言えない代物だった。

なので、期待されていたそれが見つかったのは幸運なことだったろう。


王子はこの並んだ大部屋で大休憩を命じた。

見張りのために部屋の外に幾分かは兵を残すが、ほとんどの者を大部屋の中で休ませる。

多少時間をかけてでも、安全にダンジョン探索を進める。その判断もまた、王子が将として成長するのに必要な経験だ。


騎士隊長ライゼルは、焦りを見せずに堂々と振るまう王子を見て、弟分が成長していく頼もしさとともに、自分の手を離れていく寂しさも感じていた。


そんな時、不意にダンジョンの明かりが揺らいだ。

壁に埋め込まれた魔光石は、ダンジョンの魔力によって光を発する石だ。ダンジョンから切り離すと、魔力を送り続けたとしても数日も保たずに光を失う。しかしダンジョンと繋がっている限りは光が消えることはない。

今もその明かりは、一瞬だけ暗くなったものの、そこからゆっくりと光を強くしていた。


「ライゼル、ライゼルはいるか!」


「ここにいます」


「ライゼル、これはどういうことだ」


「おそらく、ダンジョンが完全に目覚めようとしているのでしょう。教授から聞いていた現象と一致します。数分で光は安定し、発生するモンスターの格が少々上がります。ですが恐れることは何もありません。結界により大部屋内でのモンスターの発生は抑えておりますし、徘徊するモンスターもスケルトンかスケルトンソルジャー程度。明かりが探索の手助けになりこそすれ、我々の障害になることはないでしょう」


ライゼルの言うとおり、ダンジョンは数分で明るくなった。魔光石は十分な光を放ち、周囲を照らしている。空気も以前より軽くなったことを、兵士達も感じているようだった。


「至急、分隊長を召集しろ。今後の方針を話し合う必要がある」


「はい、ご命令通りに」

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