“四房が原の狐”の話

日向永@ひゅうがはるか

四房が原の狐

昔々、山の集落に住む男が海の方の集落に出かけて魚を買ってきた、その帰り道の話だ。

山の集落、海の集落と言うと大分離れているようだが、ここの二つの集落はそれ程離れてはいない。男の足で歩いて半刻、一時間。もうすぐに陽が沈み始めるな、と思って帰路についても足元の見えなくなる頃には自分の集落に帰ってこれた。

道も決して険しくはない。ただ、踏み固められた道の両側には男の肩の辺りまで伸びた背の高い草が見渡す限り生い茂っていた。

見通しは良いようで、全く良くない。少し身を屈めれば男だって楽に隠れられる。折しもそろそろ陽が傾いて段々と夕闇が迫る時分だ。この草の陰には何やら潜んでいるのではないか、と些か恐々としながら足を速めていると、カサカサと音がした。

ぎょっとして振り返るが、見えるのは風に揺れる草ばかり。黒黒とした影を増した様はそれ自体が不吉な化け物のようで男はとても厭な気分になった。

ああ、早く村に帰り着いてしまいたい。自分の集落の背後の山の稜線に沈んでいく夕日を追いかけるように足を速める。

ざわざわと強くなる風に擦れる海鳴りのような音に追われるように歩いて歩いて、ようやっと集落の外れまでたどり着く。周りは刈り終わった田んぼだ。もう草の陰に怯えることもない。

やれやれと荷物を抱えなおして、はてと首を傾げた。男が家族のために買い求めた魚が入っている筈だが、妙に軽い。

慌てて中を検めて、男は額に手を当てた。

いや、四房が原の狐どもにやられてしまった! と。

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