第9章ー1 星野暗躍・門倉暗闇・真田強靭・児玉強運

 三枚堂が高笑いし、佐瀬が呆れかえっている頃。

 中央統合情報処理研究所の所長である星野は、門倉とコンピュータールームへのラックの搬入設置の立ち合いをしていた。コンピュータールームでの作業は、最低限7人以上の立ち合いが必要となっている。最低限の人員構成は警備室から2名、総務室から2名、運用チームから2名、監査室から1名である。

 今回の立ち合いは8名となった。

 最低限の人員構成に星野が参加したからだ。しかも監査室からは門倉とし、警備室、総務室、運用チームからは、星野が暗躍し息のかかっている要員を配置したのだ。

 量子コンピューター用のラックは、前世代のサーバーラックと異なり、体積が5倍以上ある。それにもかかわらず、量子コンピューターはラックに1台が標準構成となっている。サーバーラックは複数台のサーバーやHDD装置、電源装置などを組み込んで自由度の高い構成が可能なのだ。

 前世代のコンピューターは空冷が主だったので、サーバーラックは隙間が多く、部屋全体を冷やして空気を取り込んでいた。

 量子コンピューターは稼働時の超高熱部分と温度変化のない部品とでの温度差が激しい。超高熱部分はラック下部にある冷却装置で温度管理される設計に統一されている。ラックの冷却装置は、床下を通してある冷媒用配管と接続する。高効率な冷媒と強力な部屋の外の冷却専用装置が中央統合情報処理研究所の量子コンピューターを支えているのだ。

 門倉は量子コンピューター用ラックの冷却装置の上に座り込み、広角レンズの角度を調整していた。

「おいおい、カドくん。体重で冷却装置を壊すなよな」

「50キロぐらいじゃ壊れないさ。量子コンピューターの重さはキロじゃなくトンだからね。冷却装置自体の耐荷重だって相当なもんさ」

 門倉は冷却装置から降り、台車の段ボールから折りたたみ椅子を取り出した。

「ってことは、冷却装置の耐荷重を確認してないんだな? それに、さりげなく体重を誤魔化すのはどうか? 女子じゃあるまいし」

「ツッコむとこ、そこかい?」

 量子コンピューター用ラックの制震床のへ固定が完了したので、作業員4人がラックから離れる。代わりに立ち合いメンバーがラックの周囲を取り囲んだ。

 星野が暗躍した結果、立会人8名は門倉のことをよく知ってる者たちである。

 総務室の2名は床とラックの固定を確認し、運用チームの2名はラックの前面扉と背面扉、内部、冷却装置の固定を確認する。最後に警備室の2名は、危険物がないかの確認をする。

 コンピュータールームではドライバー1本、ネジ1個でも危険物として扱われる。作業員がコンピュータールームに入る際に道具のチェックをしているから、通常は忘れ物がないかの確認となる。

 しかし、今回の役割は異なる。

 危険人物(門倉)を見逃し、危険物をラック内に置いていくのだ。

 警備員が前面扉を閉め、運用ルームからラック内を完全に覗けないようにすると、門倉は折りたたみ椅子を冷却装置の上に置いた。アウトドア用のメッシュチェアで、長時間座っていてのに適している。門倉は再度冷却装置に上がり、座り心地を試し、ラックの側面に取り付けた複数の広角レンズを覗き込んだ。

「問題なし」

「いやいや、それは良かった。6時間後には迎えに来てあげよう」

「これなら7,8時間でも入っていられるだろうさ。まあ、3~4時間で済むだろうと推測してるけどね」

 警備員の一人が布に包まれた長い物体をラック内にいる門倉へ、取り扱いの注意と共に渡す。

「大丈夫だとは思いますが、なるべく直前まで布を取らないでください。センサー類が反応しないとも限りませんので・・・」

「了解したよ。ボクだって、ここまでして最後の最後で躓きたくないさ」

 もう一人の警備員が背面扉を閉めようとしたところ、星野が手でその動作を制した。

「そうそう、これから最大6時間も暗闇で一人のカドくんへツカマサからのプレゼントだ」

 星野が後ろ手に持っていた中身の軽そうな紙袋を門倉へ放り投げ、言葉を続ける。

「2回分だそうだ」

 紙袋の中身を取り出すと大人用の紙オムツが出てきた。

「大人になってお漏らしして、量子コンピューターの冷却装置をダメにしたなんて不名誉な伝説を残したくないだろって言伝を預かった」

 立会人たちからは実に愉しそうな笑い声が聞こえ、門倉は不機嫌な表情で答える。

「簡易トイレぐらい用意したさ」

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