第6章ー2 撤収、防衛、作戦、反撃

 総合コンピューターショップまで無事に到着すると、4人は安心の吐息を漏らした。

 そこは10階建ての商業ビルの3階フロアで、フロア全てが総合コンピューターショップの店舗だった。

 その中を迷いのない足取りで、孝一は奥のコーナーの隅へと進む。

 始めて入った総合コンピューターショップの様子を、真田は物珍しそうに様々な方向に視線を飛ばしていた。

 孝一が立ち止まったコーナーに真田は視線を向けた。

 コーナーの様子から察するに、あまり売れ筋の商品ではないらしいな。現代において通信機能のない機器は、まず存在しない。それなのに、機器を電磁波から遮断したら、通信ができず性能を十全に発揮できないぜ。

 このコーナーを利用する客層は、良い言い方をするとコンピューターに造詣が深い人。悪い言い方すると、サイバー犯罪予備軍だろうな。

 サイバー犯罪予備軍・・・というよりサイバー犯罪グレーゾーンの孝一が、真剣な眼差しでスペックと実物を交互に確認している。

「これと、これにしよう」

 1辺が30センチメートルぐらいの立方体の箱と、立方体の高さを半分ぐらいにした箱を持ち、孝一は呟いた。

「みんな。これとこれの2つで、コンピューター関連端末は入りそうかな?」

 どう見ても大きすぎるぜ。

「そんな大きなの必要ないぜ、そっちの小さいほうだけで充分だ」

「真田先輩、その電磁波遮断ボックスはエアクッションつきなんですよぉ。ボックスの大きさギリギリまで入る訳じゃないんです」

「両方とも機器の形状に合わせ、エアクッションへと空気注入され機器をしっかり固定する仕様なんで。機器がしっかり固定されたことを確認してから蓋を閉じ、鍵をかける。ちなみに電子錠でじゃなく、物理鍵を使用するんですよ」

「物理鍵?」

「私も孝一に初めて見せてもらった時は、ビックリしました。でもボックスが電子錠がハッキングされて、電磁波遮断ボックスを開けられたら意味ないって説明されて。それで、なるほどって納得したんです」

 なるほどな。使うヤツ等は、やっぱりサイバー犯罪予備軍だ。

 警察庁出身の真田の思考は、犯罪に使用する方法を検討する方向へと偏っている。犯罪以外でもASLPWAの性能テスト等、様々な用途があるのだが・・・。

 孝一が会社の経費で落とすと告げ8個のボックスを持ち、会計エリアに行き金額を確認していた。会計エリアは三角形をしていて、入口一辺と出口二辺がある。出口は購入決済の辺と、購入保留の辺となっていて、孝一は購入決済の辺を通り抜けた。

 孝一が購入している間、真田は現物を見ながら犯罪シミュレーションをしていると、球型の電磁波遮断ボックスが目に入る。3個程売れ残っているようで、入荷は明後日の予定ですと小型ディスプレイに映っていた。

 孝一は回り道をして店内の商品を眺めながら、真田たちの所に戻ってきた。孝一の手には、別の商品が1つ握られていて、店内を回っているうちに衝動買いでもしたようだ。

「買ってきたから、店の外で端末を仕舞って、さっさとレストランに行こう」

 ほう、この球型ボックスもエアクッションつきのようだな。犯罪者が盗んだ機器なりをボックスに入れる。そして仲間に投げて渡す、という使い方ができそうだぜ。大きさも野球で使う硬球ぐらいだな。

 真田は球型ボックスを手に取り撫でまわしてみた。重さも硬球ぐらいだし、指が球にかかるよう加工されているのが分かる。その場で上に放り投げてキャッチしてみると、中々使い勝手が良さそうだった。

 元高校球児でピッチャーだった真田は、触っている内に愛着が湧いてきた。

「真田先輩~。外に行きますよぉ」

 反射的に、その場にあった電磁波遮断球型ボックス全てを手にし、香奈達を追いかける。

 総合コンピューターショップの店舗をでると、カードから代金が自動引き落としされる。後に、引き落とし金額を確認した時、真田は嘆くことになる。電磁波遮断球型ボックス3個で、昨日談話室で香奈から受け取った金額に相当していたからだ。


 真田たち4人は安心して、再度レストランに向かった。総合コンピューターショップで購入した電磁波遮断ボックスに、電子機器端末を全部にしまい込んだからだ。敵が人工知能だったとしても、電子機器と通信できなければ手も足もでない。

 それに現代の機械や機器類は、徹底したフェールセーフの思想でシステム化されている。そのため、市街地で人に危害を加えられない。

 そうした思い込みが、4人の緊張を解けていた。

 それは完全に油断だった。

 街乗り用のレンタル1輪EVが人を乗せないまま近づき、10メートルぐらい前で急加速して突っ込んできたのだ。

 それから1輪EVに何度も襲われ、果ては無人EVに強襲された。

「監視カメラのない場所に移動する。ついてこいっ!」

 真田は周囲を警戒しながら、ゆっくりと走り出した。

「でも、真田先輩。準天頂衛星の監視からは、逃れられられないですよ」

「大丈夫だよ、香奈ネー。今の準天頂衛星に、カメラは搭載されてないじゃん」

 ジョギングくらいのスピードで走りながら会話する。

「孝一君の言う通りだぜ。随分前から店や街中の監視カメラの設置費用や維持費を警察で持ち、防犯に利用しているだろ。準天頂衛星より格安なんだ。しかも、クリアでリアルタイムの映像から、顔や動作を解析しているんだぜ」

 解析結果から指名手配犯を瞬時に見つけることや、不自然な動作からの犯罪予想。犯罪を犯した者のリアルタイム追跡が可能になっている。

 街中や店での犯罪は、撲滅されたといっても過言ではない程だった。

 しかし現に、4人は街中で襲われていた。

 人にではなく機械に・・・。

 機械は搭載されているコンピューターに操られ、搭載されているコンピューターは街中の上位AIに操られている。街中の上位AIは地域ごとに存在するが、それらを統括しているのは中央統合情報処理研究所のAIなのだ。

 真田は孝一たちの走るスピードに合わせながらも先行し、監視カメラのない路地に入る。しばらく裏路地を走り、1輪EVが周囲に存在しないことを確認して止まった。

「ここなら安心安全だぜ」

 真田圭はついてきた児玉孝一、藤田綾、里見香奈の3人に声をかけた。

 しばらく人気の少ない裏路地を駆け、ようやく立ち止まったのだった。

 一番体力の消耗の激しい香奈が、息を切らせながら疑いの言葉を投げつける。

「本当ですかね!? まったく信じられないんですけどねっ」

 何度も1輪EVに襲われたから、真田に対する香奈の猜疑心は、格段に強まっているようだ。

「随分な言い草だな。いいか、この辺りの裏路地に監視カメラはないんだぜ」

 警戒用小型ドローンが、4人を狙うように落下してくる。小型といえど警戒用ドローンは1キログラムぐらいある。その1キログラムの質量に落下速度が加わっているため、当たり所次第で死亡する可能性すらあるのだ。

 しかし油断しきった真田たち4人は、小型ドローンに全く気づいていない。

「それに電波を出している携帯端末の電源も、全て切っただろ。どうやってオレたちを見つけるんだ?」

 警戒心が薄れきっていた真田は、未だ自論を得意気に語っている。

 いち早く孝一がドローンの風切り音に気が付いた。

 孝一にとって分かり切っている真田の自論に、全く興味がなかったのも一因だが、それだけではない。こんな事態に陥って、自分が検討し終えてない安全を信じられる程、お気楽な性格ではない・・・というより、繰り返し試験の結果がないため安心より猜疑心が上回っている状況だった。

「上っ、避けろっ!」

 孝一は最低限の言葉で3人に注意を促し、ドローンの進路を見極めようとする。

 標的は、藤田綾だった。

 標準身長で体格も標準、運動は得意といえない孝一だが、奇跡的にドローンの進路に割り込めた。鞄を顔の前に掲げ、ドローンによる突撃を防ぎ切る。そこに真田が頭で考えての行動ではなく、筋肉で考えたかのような速さでドローンを両手で掴み、地面に叩きつけた。

 孝一は周囲を警戒しながら綾の傍へと行き、片腕で抱きしめ安心させる。真田を睨みつけ、孝一が猛烈に文句をつける。

「見つかったじゃん! 何でだよ?」

 オレは助けた相手から・・・感謝ではなく、抗議を受けた。

 面倒だぜ。

 真田は孝一の質問をスルーし、思案を巡らせる。

 脳にリソースを全て注ぎ込んだお陰で、すぐに閃きがあった。

「そうだったぁあああーー。IoT追跡システムがあったぜ。・・・それでか」

 人の目がない場所は逆に危険だな。早く人のいる所に行かねば・・・。ヤバいな。このままじゃ、警戒用小型ドローンの体当り攻撃が、続々と敢行されるぜ。

「IoT追跡システムって何ですっ!?」

 香奈の疑問に答える前に、真田は全員に指示する。

「走れっ! 裏通りから出る。ここには監視カメラで捉えた犯人を追跡するためのシステムがある。人通りのある場所に移動するぜ」

 追い立てるように3人を走らせ、真田が殿を務めつつ早口で説明する。

「犯人が監視カメラの範囲外へ逃走する前に、警戒用小型ドローンの到着しない場合が多々あるんだ。そうなると、犯人逮捕まで時間がかかる。監視カメラがある場所で、犯人が所持しているIoT機器構成を特定しておくんだ。全く同じ構成のIoT機器を持っている人なんて、まずいねーからな。それに監視カメラのない場所でもIoT機器へは給電されるし、LPWAだから、山奥にでも行かない限り捕捉できるぜ」

「なるほど・・・良く考えてあるシステムじゃん。目的達成のため、在り物だけで必要十分な構成に仕上げてる」

 孝一の率直な称賛に、真田は気を良くし、内情を暴露する。

「ああ、オレが企画したんだぜ。スゲーだろっ!」

「アンタが企画したシステムに、アンタが足すくわれてんじゃんよっ!」

「おおーっと、結構優秀だったんですね。警察庁の官僚としてはっ!」

「解決策を提示してくださいっ!」

 3人からの非難を柳に風とばかり受け流し、真田は開き直って断言する。

「オレの優秀さは、警察庁だけでなく量子計算情報処理省でも発揮してやるぜ。もう戻れないなら、ここでも実績を残してやるからな。それとさ、運動も優秀なんだぜ」

 そう言うと、真田は走る速度をあげ、あっという間に3人を抜き去っていった。

「あ~・・・ちょっと待ってぇ~。アタシの為の盾がぁあああ」

「盾ってオレの事か?」

「違いましたぁ~・・・アタシの騎士ですぅ~」

「香奈ネー。騎士は選ぶべきだよっ! 肉壁にしかならないじゃん」

「オレは肉壁じゃねぇえええええ」

 圧倒的なスピードでもって3人を引き離し、真田は大通りと交差する出口に辿り着いた。さっきとは違い油断はない。裏路地から大通りへと繋がる地点の安全確保に努めているのだ。

 すると警戒が功を奏し、3人の背後の上空から迫る監視用ドローン2機を発見する。

 さっきの店で購入した、防磁つき端末保護カプセルを素早くカバンから取り出した。

「セイヤァアアア」

 真田は叫びながらカプセルをドローンに向けて投げた。

 カプセルが命中したドローンは、大破し墜落した。防磁処理には金属を使用しているため、破壊力は抜群だった。

「ヒットォオオオ」

 よし、もう1機だ。

 真田の2球目も直撃コースだったが、ドローンに回避されてしまった。

 少し掠っただけか・・・。

 次が最後のカプセル・・・。

 絶対に外さないぜっ!

「落ちろぉおおおお」

 カプセルは、真田の思い描いた軌道より、遥か下を真っ直ぐに進んだ。焦燥からか、カプセルに指が掛かり過ぎたのだった。

 そしてカプセルの進路には、孝一の顔がある。

 孝一は首を左に倒し、間一髪でカプセルを避けた。右に倒していたら、直撃だっただろう。

「おいっ、アンタ!」

 怒りの表情を浮かべた孝一の後ろで、大きな音がした。それは、ドローンが孝一に命中する直前で、破壊された音だった。孝一と綾は後ろを振り返った所為で、足が止まった。因みに香奈は、2人と異なり必死に走っているが、断トツのビリだった。

「みんなっ、早く裏路地を抜けろ!」

 真田は、足を止めた2人を怒鳴りつけた。

 周囲の警戒を緩めず真田は、3人が大通りにくるのを待った。

 孝一が横を通る際、真田は声をかけた。

「避けられるって信じてたぜ」

 真田は狙い通りだったと、孝一に向けてニヤリと笑った。

 殊勝な表情で軽く頭を下げ、孝一は礼を述べる。

「・・・ありがと。マジ助かったよ」

 少し心が痛んだが、真田が真相を語る義理はない。

 2球目のカプセルがドローンに掠って、軌道が変わった。カプセルが指に引っ掛かり過ぎた所為で狙った場所より下の軌道を描いた。その2つの偶然が重なったのと、孝一が避けてくれたお蔭で、2機目のドローンを破壊できたのだ。

「真田先輩。ここの裏路地について、随分と詳しいですね~」

「そういえば、IoT追跡システムって聞いたことない。もしかして、発表されてないんじゃ?」

 答え難い話題なので無視することにし、真田は先頭に立って足早に歩き始める。

「とにかく、ここから離れる。いいか周囲に注意しながら歩くんだ。人でなく機械に気を付けろっ。無人タクシーは危険だから電車に乗る」

 電車なら本当に安全か?

 標的はオレ達だけのはず、なら他人が傍にいれば攻撃することはない。しかし、ずっと赤の他人がいる場所に留まる訳にはいかないぜ。

 どうする?

 官舎は安全か?

 部屋の中に、常に他人がいる状況は作れない。談話室に4人でいても状況は変わらず・・・。とりあえず今日を凌げば、明日になれば何とかなるか?

 いや、ならねーな・・・。

 真田は周囲を警戒しながら、考えに耽っている。その所為か、香奈達との会話に注意を払わず、訊かれたことを考えもせず正直に答えていた。

「ICT関連で孝一が知らないなら、たぶん発表されてないよね。真田さん、どうですか?」

「発表するかどうかは知らない。何せ、システムが完成する前に出向になったんだぜ」

「真田先輩って、裏路地に詳しいですよねぇ。もしかして警察庁ではドサ回り担当で、あちこちの裏路地を調査してたとかですかぁ?」

「警察庁にドサ回り担当なんてない。この裏路地は、IoT追跡システムのテスト候補地として考えていたからな」

 警戒用ドローンの運用は、各都道府県の警察が実施している。ここ東京なら警視庁の担当だ。監視カメラの運用も同じだ。ならば、警視庁の警備部が関係しているのか?

「真田さん、テストを開始してたっていうことなの?」

「いいや、テストどころか開発前だったぜ」

「企画終了後は、どんな作業を予定してましたか? たとえば、技術検証とかしてませんか?」

 孝一らしくない丁寧な言葉づかいだった。助けてもらった直後であり、真田の官僚としての実力を理解したからだろうか。

「本予算の申請に必要だから、プロトタイプを依頼するとかって言ってたぜ。開発は本予算が通ってからだな」

 公安部が関係している可能性もあるな。あそこは警戒用ドローンと監視カメラの使用特権を持っている。

 どちらにしても相手が公的機関なら、量子計算情報処理省の官舎への下手に手出しは大問題へと発展する。常なら問題とされる官公庁の縦割り行政の弊害が、この時ばかりは防壁になる。

「この件に警視庁が絡んでるぜ。孝一君と綾ちゃんは、オレ達の官舎に避難するんだ」

「却下」

 孝一の言葉づかいが一回だけで元に戻り、冷たい視線を躊躇なく真田に向けた。

「孝ちゃん、官舎なら物理的にもサイバー的にも、セキュリティは相当厳しいんだけど」

「こんな時に大人への反抗心を発揮しても、利益にならないぜ、孝一君」

「敵は人工知能なんだよ。官舎になんて行ったら避難じゃなく、飛んで火にいる夏の虫じゃん」

「IoT追跡システムを量子計算情報処理省のAIがハッキングしたってことか?」

 孝一は真田の質問に、頷いて肯定した。

「全員でラボに行こう。ハッキングセンターでの説明は、電車に乗ってからするよ」

 真田は孝一の視線を、正面から受け止め続け微動だにしない。

 孝一君の眼の奥に、確固たる自信を持っているのが窺えるぜ。この件に関しては、オレより情報を持っているし、孝一君は冷静な判断力を有しているようだな。

「イイだろう。ただし、キッチリ説明してもらうぜ」

 それにしても、今朝からハッキングセンターを後にするまで、全てが順調だった。何処で何を間違ったんだか? 全くもってついてないぜ。

 しかし真田が間違ったのは今朝でなく、昨日の時点であった。真田がその真実に気づいたのは、事件が全て終息した後だった。

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