第2章ー後半 西東京

 大型EVは、量子コンピューター博物館の従業員専用の機械式立体駐車場に入った。そして4人を乗せたまま、上でも横でもなく下へと移動していった。

 通常、人が乗車したままでは、立体駐車場のエレベーターは動作しない。それどころか、扉すら閉じない仕様なのにだ。

 それに地上には、大きな立体駐車場が建っている。それにもかかわらず地下がある。

 理由は唯一つ、中央統合情報処理研究所が地下にあるからだ。

 大型EVはエレベータールーム内の情報とリンクしている。その情報表示はフロントガラスが担う。そして今、フロントガラスには地下深度が表示されているのだ。メートル単位の表示が、大きい数値へと目まぐるしく変わっていっている。

 車専用のエレベーターが高速で降下しているのだ。

 大型EVとエレベータールームを合わせると相当な重量がある。それなのに揺れは殆どない。

 エレベータールームが静かに停止すると、フロントガラスの表示は90メートルになっていた。

「実行”オートパイロットシステム停止、中央統合情報処理研究所モード起動”」

〈承知しました。モードを中央統合情報処理研究所に変更します〉

 星野がEVに命令すると、エレベータールームの扉が開いた。

 EVが中央統合情報処理研究所モードにならないと、扉は開かないのだ。

 このエレベータールームの扉は、偽装の意味もあり、一般の機械式立体駐車場と同様の標準仕様が使用されている。

 ゆえに強度は高くない。

 地下要塞とも呼ばれる中央統合情報処理研究所には、別途、地下道への入口に隔壁がある。EVが中央統合情報処理研究所モードになっていないと、入口の隔壁は開かないのだ。

「実行”発進、目的地、中央統合情報処理研究所登録駐車場”」

〈承知しました。中央統合情報処理研究所登録駐車場に向かいます〉

「AIへの命じ方が警察庁と同じだ」

 真田圭は、今まで感じていた違和感を、思わず口から漏らした。

「いやいや、それは逆だぞ。この命令方法は、電子計算機庁オリジナルだ。いいかい、警察庁は俺らの真似をしたんだ」

 不機嫌そうな口調で、目の前に座ってる星野が告げた。真田は間抜けな声を発する。

「へっ?」

 意外だった。

 オリジナルが警察庁でなかった事・・・ではなく。こんな事ぐらいで、不機嫌になる理由が真田には検討もつかない。

 質問しようかとオレは迷った。その時、門倉さんが穏和な表情と柔らかい口調で話始める。

「昔のAIは、意図を汲んで行動するには未成熟だったからね。個々人の言い方や、発音の違いぐらいは識別できたけど、話の流れは理解できなかったのさ。その場その場の命令を忠実に実行するだけでは、搭乗者の意図と異なる結果になる」

「それって、どのくらい昔ですか~?」

「あー、あれは・・・。そうそう、カドくんが財務省にケンカ売った前後だから、25年くらい前にか・・・」

 剣呑な声で門倉は、隣に座っている星野に文句をつける。

「ああっ、イヤな覚え方だな。もう少しマシな言い方ってのがあるって、ボクは思うんだけどさぁーあ」

 星野は微妙に顔の向きを調整して、門倉の視線から逃れた。

 2人の関係性が良く判らないな。

 揶揄しても大丈夫なぐらい仲が良いのか?

 ホントは大人な対応をしていて、仲が悪いのか?

「25年前ぐらいなら、AIのディープラーニングで精度があがりますよね?」

 香奈は空気を読まずに質問した。

 それが功を奏したのか、張り詰めていた場の空気が一気に緩む。大きく深呼吸し気を取り直した門倉が、真田と香奈に落ち着きを払って説明する。

「誰が乗車するか分からない共用車では、ディープラーニングにも限界があってね。それに当時は、搭乗者誤認識事故や闇落ちAI事件の問題もあった。それを防ぐには学習型AIだけでは不可能。人を傷つける恐れがないか、車載コンピューターに推論型AIに演算させる案があったね。だけど今度は、車載コンピューターの演算能力の性能が問題になったのさ」

「今のコンピューターの演算能力なら可能なのでは?」

 リズミカルに人差し指を左右に振り、香奈が真田の疑問に答える。

「今は準天頂衛星と日本中に張り巡らされたセンサー。それとEVのオートパイロットシステムによって、完全安全全然間に合ってますよ~」

 EVが、高さ10メートル、幅14メートルもある地下道に合流した。この地下道が本線であり、片側1車線となっている為、大型トラックも楽に走行できる。

 道路の中央は幅2メートルの分離帯がある。しかし超大型の荷物を搬入する際は、中央分離帯は道路と同じ高さまで沈み込む仕組みになっている。

「広い・・・」

 香奈が素直な感想を呟いた。

 楽しみにしていた地下要塞が、オレのイメージと全く異なっていた為、不満が口を衝いて出る。

「地下要塞って触れ込みだったのに、本線に合流しても、ただの道にしか見えないんすけど・・・。中央統合情報処理研究所を要塞足らしめてるのは、何ですかねぇ?」

 真田は話の方向が、AIへの命じ方から随分と逸れてきていたのを自覚していた。しかし今一番興味のあることを、尋ねずにはいられなかった。

「そりゃあ、まず此処だな。本線の地下道には、100メートル毎に隔壁が収納状態で設置されてるぞ。許可されていない人や物の侵入を検知すると、一斉に隔壁が閉じる。2キロ以上ある地下道を隔壁に邪魔されず、研究所へと辿り着くのは不可能だな」

 星野の説明を、門倉が引き継ぐ。

「天井から降りてくる隔壁は、戦車の複合装甲と同じものを使用しているしね。まず、この隔壁を突破できないさ」

 驚愕の所為で真田は言葉に詰まり、全員が分かり切っている事を言語化するにとどまる。

「・・・地下要塞だ」


 中央統合情報処理研究所内へ入るには、コンピューターどころか紙とペンすら持込禁止になっている。手荷物は1メートル四方の金属製の電磁波遮断ボックスに入れ、警備システムに預けるのだ。どの出口から帰るかを、帰りの1時間前までに申請しておけば、その出口にボックスが自動搬送される。

 外への人の移動には、基本的に西東京専用のリニアモーターカーを使用する。

 単線が4路線、路線の起点と終点には地上への出入り口が計8ヶ所存在ある。そして出入口は、西東京から最低2キロメートル以上離れている場所なのだ。

 終点に着いた真田たちは、ビルの地下90メートルから8階へと、専用エレベーターで昇った。

 エレベーターホールへと降りた香奈は、門倉に専用エレベーターの理由を尋ねる。

「門倉さん。どうして出入口が8階なんですかぁ~?」

 3人揃ってエレベーターホールから扉を開けて入ると、そこは事務室だった。門倉は歩きながら真田に話を振る。

「真田君は、分かるんじゃないかな?」

 真田は素早く周囲を観察した。

 エレベーターホールには、専用の高速エレベーターが3台。

 どうやら事務室はフリーアドレス制で、200人ぐらいが、ここで仕事できるように机と椅子が準備されている。今は30人程しかいないようだが・・・。

 それに事務室の外には、ビル用のエレベーターが当然あるだろう。

 振り返って背後を見る。

 エレベーターとエレベーターホールは、稼働可能な壁で隠されている。事務室の本来のドアを開けても、エレベーターとエレベーターホールのスペースには、会議室があるように擬装されている。

 そして西東京の場所は、国家機密になっている。

「8階のフロアはここだけで、ビルの最上階・・・で良いですよね?」

 フロアの中程にある6人用の円卓に門倉は陣取り、椅子に腰を下ろしてから答える。

「その通りさ」

 それなら答えは簡単だぜ。

「偽装工作だ。西東京に出入りする者は、必ずビルの最上階を経由する。ただ、無関係の人間の出入りを最小限にしたい。しかし通常の雑居ビルに偽装するなら、一般人もビルへの出入りを許可すべき。量子計算情報処理省の外局がダミー会社を作り、ビルを建設する。不動産業は片手間で営むか、外部委託してもいいが、ビル設備のメンテナンスは外局のダミー会社が実施する。ビルの最上階のフロア全てを西東京で使用する。西東京の従業員は一旦最上階の事務室にある専用エレベーターで地下のリニアモーターカー乗り場へと行き来する」

「うん、流石は警察庁出身だね。偽装工作の説明は、完璧と言って良いぐらいさ」

 門倉は両手首にブレスレット型ウェアラブルPCをつけながら、真田の回答を称賛した。

「この事務室のもう一つの目的を果たすため、ボクは残るので真田君と里見さんは帰宅して構わないよ」

「もう一つの目的って、なんですか?」

「真田先輩。偽装工作は推測できるのに、どうして事務室の使い方を知らないんですかぁ?」

「はっ?」

「事務所でするのは、事務処理ですよ~」

「その通りさ。セキュリティ対策のため、西東京内では量子コンピューター関連作業以外は一切禁止しているんだ。だから、事務作業をするのはダミー事務所でするのさ」


 ビルのエントランスホールをでると、空はまだ明るく、茹だるような熱気が体に纏わりつく。

 18時と、早い時刻に仕事を終えても、夕飯をつくる気にはなれない・・・と自分に言い訳しながら、真田は香奈に声をかける。

「さて、と。親交を温める為、食事でもしてかないか?」

「う~ん・・・。アタシ、これから若い子とデートするんですぅ」

「あーっ。そっか・・・」

 あ、なんか結構がっかりしてるオレがいるぜ。

 でもなぁあああ・・・。

 いや待てよ。

 可愛いくて、頭が良くて、ちょーっと毒舌なぐらいだ。

 差し引きで、少しがっかりくらいだな。

「じゃっ、お先にぃー」

 真田は残念な素振りを見せず、香奈にアッサリと別れの挨拶をした。しかし歩き始めた途端、真田は香奈にベルトをガッシリと掴まれた。

 身長差から肩や腕が掴みづらいのは理解できる。だけど、ベルトは無いよなぁー。しかも正確に表現すると、ベルトを掴むために指がスラックスの中に入っている。

「おおーっと。ちょっとは、気にならないんですか~」

 香奈ちゃんは、予想外だという表情をみせている。

 どんだけ自分に自信があんだ?

「ちょっとは気になるが・・・今の行動と台詞で、面倒事に巻き込まれそうな気がしてきたぜ」

「面倒事じゃないですよ~。そんなには・・・」

「やっぱりかっ! 面倒事なんだな」

 魅力的な微笑みで話を逸らし、今度は香奈が誘ってくる。

「食事でもどうですか?」

「50秒ぐらい前に言われてたら、OKしてたな」

「じゃあ、行きましょう。割り勘で良いですよ~」

「おいっ、話を聞け」

 上目づかいで、可愛くお願いしてくるが、ベルトはしっかりと掴んだままだ。

「・・・ふぅ、仕方ないな。それに割り勘は当然だっ!」

「ふふ、ふ。付き合い良いですね~」

 香奈ちゃんの嬉しそうな声に、思わず笑みをこぼしそうになる。

「でも、暇だからですねっ!」

 指を顔の横にたて、香奈は言い切ったのだ。

「おいっ」

 いくら本当の事でも、他人に指摘されるとイラッとくるぜ

 香奈ちゃんの口調には、無邪気の無がなく、邪気だけなようだ。

「今日は、たまたま暇なんだっ!」

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