第14話 猜疑心と親切心

「あそこのボス強くない? 負けイベントだと思ってゲームオーバーになっちゃったんだけど」


「あぁ、普通に戦うと勝てないんだよ」


「ん? どういう意味?」


「先に仲間を2人回収しないといけないんだよね。そいつらのシンクロ技が無いと敗北確定だから」


「へぇ、なら早く突っ込みすぎたのか」


 授業終わりの放課後。教室の隅に数名の男子で群がる。勉強とは無縁の話題で盛り上がりながら。


 今日はバイトのシフトが無い日。時間に余裕があるので丸山くん達とだべっていた。


「雅人」


「ん?」


 ふと廊下から誰かに名前を呼ばれる。聞き覚えのある低い声で。


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


「あぁ、ごめん」


「ほら、ぼさっとしてないで行こうぜ。女子校」


「あ……うん」


 振り向いた先にボサボサ頭の男子生徒を発見。颯太が大きく手招きしていた。


「じゃあ、また」


「またね」


 鞄を持つと椅子から立ち上がる。クラスメート達に別れを告げながら。


「お待たせ。てか本当に行くの?」


「当たり前だろ。約束したじゃないか」


「けどなぁ…」


「おいおい、まさかここまで来て断る気じゃないだろうな」


「……分かったよ。行くよ」


 そのまま2人して下駄箱を目指して歩いた。どうでもいい場所に寄り道する為に。


「はぁ…」


 華恋とのキス現場を見られたあの日。彼は精神が崩壊してしまった。顔面蒼白で口から泡を吐いたまま気絶。


 失恋以上に好きな相手を親友に奪い取られてしまった事実がショックなのだろう。なので慰めの意味を込めてお願いを1つ叶えてあげる事にしたのだ。


 ただ問題はその内容。彼女を作る為に槍山女学園に乗り込むから付き添ってほしいと言ってきたのだ。


「……やだなぁ」


 あそこには顔見知りがいる。バイト先で知り合った後輩2人が。しかも訪問する理由がこんなくだらない用事だなんて。万が一見つかってしまったら情けないし恥ずかしかった。


「いやぁ、楽しみだなぁ。ウヒヒ」


「恋人が欲しいならうちの学校で探した方が早くない?」


「いや、その理論は間違えてるぞ、雅人。共学だと彼氏持ちの確率がグンと上がるからな」


「まぁ、確かに…」


「全国50ヶ所以上の学校を巡った俺の統計では、やはり女子校の方が独り身率が高いという答えになった」


「すげぇ。どんだけ高校行脚したのさ」


 どうやら例の趣味を未だに続けているらしい。呆れるのを通り越して尊敬してしまいそうなレベルで。


 華恋には事前に颯太と遊ぶ予定を報告済みだった。なのでホームルーム後は別行動をとってもらっていた。




「お~し、着いたぞ」


 自転車を押す友人と共に町を北上する。やがて建物が立派な学校へと到着した。


「やっぱり校門で待ち伏せはマズいって…」


「心配するな。警備員の配置や行動パターンは既に把握している」


「え? あれからも何度かここに来てるの?」


「おう。頑張って生徒数や校内の立地、更には全学年の時間割まで調べ上げたんだぜ」


「……手段は尋ねないけど、そのうち捕まるかもという事だけ忠告しといてあげるよ」


「よっしゃあっ! 張り切って可愛い子を探すぞぉっ!!」


 彼の思考はもはや手の届かない領域に。ビクビク怯えながら学校の敷地沿いの道を歩いた。


「雅人はどういう子が好みなんだ?」


「大人しくて優しい子」


「ほう。なら華恋さんはストライクゾーンの更にど真ん中なんだな」


「いや、むしろダイナミックなデッドボール…」


「あぁ……俺もあんな人が彼女だったら毎日が天国なんだろうなぁ」


「無事に成仏しておくれ」


 真相は違うのだが言うに言い出せない。口付けを交わしている決定的瞬間を見られてしまっているから。


「へい、そこの彼女達?」


「は、はぁ?」


「学校終わって暇なんでしょ? だったら…」


「結構です!」


「あっ!?」


 颯太がナンパを開始。だが相手からは速攻で断りの返事を突きつけられた。


「くそ~、ダメだったわ」


「どうして団体に声をかけるのさ。普通、こういう時ってターゲットを絞るんじゃないの?」


「数を狙えば1人ぐらい食い付いてくれるかなぁと思って」


「そんな不純な思考だから上手くいかないんだよ…」


 戻ってきた彼が落胆した様子を見せる。アドバイスを送るとめげずにリトライ。


「へい、そこの彼女。1人?」


「は、はぁ?」


「良かったら俺と一緒に…」


「やめてください!」


「あっ!?」


 眼鏡をかけた大人しそうな子に接近。しかしまたしても相手は靡く姿勢を見せてはくれなかった。


「くそ~、今度もダメだったわ」


「ああいう真面目なタイプは人一倍警戒心が強いよ」


「むぅ……地味そうだからいけるかと思ったんだけどなぁ」


「残念だったね」


「またチャレンジしてみるわ。三度目の正直を試してくる」


「……頑張って」


 彼が再び落胆した様子で引き返してくる。そして大して嘆く事なく女子生徒の群れに突撃していった。


「へい、そこの彼女。俺と一緒にお茶しない?」


「え? 私が見えるんですか!?」


「もちろん。色白い肌が素敵だね」


「嬉しい! ようやく私の事を見つけてくれる人に出会えた!」


「待って待って。そこ誰もいないんだけど!?」


 見守っていると不可思議な行動を取り出す。人が存在しない空間に話しかけるという奇行を。


「あれ? 消えちまった」


「一体、何をやってたの?」


「ん? 透き通るような色白の子がいたから話しかけたんだけどさ」


「ちょっ! それって…」


「泣きながら手を差しのべてきたんで握り返したんだけど、その瞬間にサラーッて砂のようにいなくなっちまったんだ」


「……気のせいか物凄い現場に立ち会った気がする」


 全身に奇妙な感覚が発生。背筋が凍り付きそうだった。


「はぁ…」


 そのうち本当に警察に通報されそうで怖い。声をかけた女の子達に。


「あれ? 先輩じゃないっすか」


「ん?」


「おいっす」


「げっ、紫緒さん…」


 落胆していると校門から出てきた1人の生徒が近付いてくる。振り向いた先にいたのはバイト先の後輩だった。


「ひょっとしてうちを待っててくれたんすか?」


「ち、違うよ。もし用があるなら事前に連絡するから」


「ちっ! ならナンパに来たとか?」


「それも違う……と胸を張って言えないのが辛い」


「はい?」


 妙な遭遇に焦りが止まらない。予想していた最悪のハプニングは予想通り起きてしまった。


「え~と、紫緒さん1人?」


「そっすよ。これからバイトなんで」


「あぁ、そうか。今日は瑞穂さんと一緒にシフト入ってたもんね」


「ん? もしかして優奈の方に用事でしたか?」


「い、いや……そういう訳じゃないから」


 彼女まで来たら絶望が加速してしまう。鉢合わせした人物が1人だけだったのがせめてもの救いだろう。


「なら先輩はどうしてわざわざこんな遠い場所まで足を運んだんすか。しかも徒歩で」


「そ、それは…」


「まさかうちの学校の生徒にチョッカイ出してるんじゃないでしょうね。パンチラ写真を撮ったり」


「違う違う。それだけは断じて有り得ない」


「おい、雅人。向こうの校舎で着替えてた子達のパンツが下から丸見えだったぜ」


「やめてくれぇぇぇぇっ!!」


 言い訳を繰り広げていると友人が戻ってきた。セクハラ感満載の危ない台詞を口にしながら。


「お? この子、誰?」


「えっと、その…」


「あぁーーっ! お前、ズリィぞ。見てるだけとか言っておきながら女の子に声かけてるなんて!」


「は?」


「あぁーーっ! やっぱりそうだったんだ。先輩がここを訪れたのはナンパが目的だったんだな!」


「そ、そうじゃないってば。2人して変な解釈をしないでおくれよ」


 そのまま考え得る最低の流れを迎える事に。身内と外野、どちらにも不審がられるという展開を。周りを行き交う生徒達の視線を気にしながらも詳しい事情をそれぞれに説明した。


「なんだよ、バイト先の同僚だったのかよ」


「うん。知り合いだから挨拶してただけなんだってば」


「俺はてっきり雅人がこの子を押し倒そうとして怒られてるのだとばかり」


「……それは颯太のやりたい願望じゃないか」


「うちはてっきり先輩が、無理やりうちの事を押し倒そうとしているのだとばかり」


「君達は結託してるの!? 本当に今日が初対面!?」


 大声での主張を連発。いつの間にか板挟みの状態になっていた。


「え~と、恵美めぐみちゃんだったっけ?」


「いきなり下の名前呼びすか。図々しい人ですね」


「君のお友達を誰か俺に紹介してくれないか」


「はぁ?」


 紫緒さんと自己紹介を済ませた颯太がいつもの暴走を始める。本人の意向を無視して。


「頼むっ! 無理は承知でお願いしてるんだ。俺はどうしても今すぐ彼女が欲しいんだよ」


「んな事、唐突に言われても困りますがな」


「恵美ちゃんから見て80点は超えているだろうという子を連れてきてくれ。あ、君を50点ぐらいだとした仮定した場合ね」


「……先輩、この人ブン殴っていいすか?」


「気持ちは分かるけど落ち着こう。暴力は何も生まない」


 そんな身勝手な態度に後輩がブチ切れ。どうにか宥めてこの場は怒りを収めてもらった。


「いきなり知らない男子に恋人を作りたいと言われても」


「ダメか!?」


「うちはそこまで薄情な人間じゃないので。親しい身内を生贄に捧げられるほど非情にはなりきれないっす」


「くうぅ……やっぱり断られたかぁ」


「当たり前じゃないか…」


 友人の全力の懇願は棄却されて決着。至極当然の流れだった。


「……けどまぁ、うちの頼み事を聞いてくれるなら検討してあげない事もないすけど」


「な、何だって!?」


「この辺りに不審者が出るの知ってますか?」


「不審者?」


 しかし思わぬ形で蜘蛛の糸が垂らされる。予想もしていない角度から。


「うちは見た事ないんすけど噂になってるんですよ。生徒にしつこく付きまとう男がいるって」


「へぇ」


「後を尾けてきたり連絡先を尋ねてきたり。挙げ句の果てには盗撮とかしてきて」


「なんて酷い奴だ!」


「学校内でもいろいろ問題になってきてんすよね。友達もスカートの中を撮られそうになったから」


「あ、だからさっき僕を疑ってきたのか」


 数分前の後輩の言動に納得。それと同時にある疑惑が浮上した。


「という訳でその不審者を捕まえるの協力してほしいんす」


「よし、分かった。俺達に任せろ!」


「いや、あの……颯太」


「なんだよ、雅人。お前も当然参加するよな? 同じ男として」


「力になってあげるのは構わないんだけど…」


「よ~し。頑張って女子校の平和を守るぞぉ!」


「……あんまり躍起にならない方がいいと思うんだ」


 もしかしたら自分は背信者になってしまうかもしれない。友人を警察に突き出す裏切り者に。


 ただ本人が乗り気なのに断る訳にもいかず。自分と紫緒さんのシフトが入っていない3日後に不審者退治を決行する事になった。




「ま~さと」


「ん?」


「一緒に帰ろ」


「……げぇ」


 約束当日の放課後、席に座って待機していると話しかけられる。待ち合わせ相手ではなく同じクラスに在籍している妹に。


「え、えと……無理っす」


「なんで? バイトお休みだよね?」


「今から予定があって…」


「なんの用事? 私なんかよりもずっとずっと大切な事?」


「そ、それは…」


 彼女が顔元に大接近。キスでもするのではないかと思えるぐらいの勢いで近付いてきた。


「雅人、ほら来たぞ」


「あ、颯太」


「ん? 華恋さんもいたんですか! こんにちは」


「うっ…」


 どう言い逃れしようか考えていると友人が教室に到着する。本来の待ち合わせ相手が。


「よし、じゃあ早速行こうぜ。女子校」


「……女子校」


 けれど続けざまに彼が口にした台詞に華恋が強く反応した。手首を思い切り掴んでくる程に。


「どういう事?」


「え~と…」


「私も行って良い? 良いよね? ね?」


「危険だからやめた方がいいと思いますよ…」


「やった、ありがとう! だから雅人って大好き!」


「ちょ……人の話聞いてる?」


 彼女が無理やり同行を名乗り出る。怖すぎるハイテンションで。追っ払おうとしたが颯太もその意見に大賛成。予定を大きく変えて槍山女学園を目指す流れになった。




「不審者?」


「そうそう。最近あっちの学校に出没するらしくてさ」


「へぇ」


「それで後輩の子に頼まれて調べてみようって流れになって」


 自転車を押す颯太を先頭に3人で歩く。さすがに目的を隠しておくのは不可能なので華恋にも事情を説明する事に。


「な~んだ。私はてっきり男2人でナンパでもするのかとばかり」


「そ、そんな訳ナイジャナイカ」


「……どうして目を逸らしながら喋るのよ」


「えへへ…」


「でもそれなら智沙や鬼頭くんにも一緒に来てもらった方が良かったんじゃない? 人数が多い方が心強いし」


「まぁ……色々と理由があってそれは出来なくて」


「理由?」


 まだ犯人が目の前にいる友人だと決まった訳ではない。だが可能性がゼロとも言い切れない。


 なので先に確かめなくてはならなかった。女子生徒に手を出す不埒者が別に存在しているのかを。


「先輩、こっちこっち」


「お待たせ」


 学校へ到着すると紫緒さんと合流する。事前に頼んでおいた通り彼女は1人で来てくれた。


「いやぁ、まさか本当に協力してくれるとは」


「約束したからね。颯太が勝手にだけど」


「ところでこの女性は誰っすか?」


「え?」


 テンション上げまくりの後輩が真っ直ぐ人差し指を伸ばす。無言で立ち尽くしていた女子生徒の方へと。


「あ、えと……うちの妹」


「あぁ、なるほど。こんちはっす」


「……どうも」


「けど大丈夫っすか? 今から不審者とやりあうかもって状況なのに」


「あはは……怖くなったら逃げま~す」


 辺りを警戒している颯太には聞こえないよう小声で情報を伝達。素直に家族であるとバラした。


「どうしよう。俺達は何をすればいい?」


「ていうかまず不審者ってどこら辺に現れるの?」


「学校近辺の路地っす。ただ狙われた生徒は全て1人で行動してる時だったとか」


「なら団体行動してたら出会えないわけか…」


 普通に考えたら当然の状況。弱い人間をターゲットに選ぶのは狩りをする上での常套手段だ。


 せっかく4人もいるので2組に別れる事に。男女1人ずつでチームを作った。


「……本当にいるのかな」


 華恋と並んで住宅街を散策する。うちの近所と違って立派な門付きの一軒家が多い場所を。


「さっきの子がバイト先の新人?」


「ん? そうだよ」


「ふ~ん、随分と仲良さそうだったじゃない」


「うっ…」


「わざわざ遠い場所まで足を運んでポイント稼ぎですか。お兄様も色々忙しいですなぁ」


「こ、困ってる人の助けになってあげるって気持ちが良いよね。自分で言うのも何だけど、とても誇らしい事だと思うよ!」


 隣を歩いている相方がジト目で睨んできた。牽制と威圧の意味を込めた台詞を吐き出しながら。


「華恋は変質者に出くわした事ある? 前の学校とかで」


「ん~、無いかなぁ」


「そっか」


「けど痴漢なら何度かあるよ。電車の中でお尻触られたり」


「えっ、いつ!?」


「ここの学校に転校してきた時とか。ほら、私が一足先に家出て登校してたりしたじゃない」


「あぁ、あの頃か」


 どうやらまだ険悪な仲の時にいろいろ辛い目に遭っていたらしい。まだ友達もいなかった頃に。


「あれは怖かったなぁ。声は出ないし体は動かないし」


「やっぱりそういうもんなのか…」


「だからなるべくなら1人では満員電車に乗りたくない。二度と同じ目に遭いたくないもんね」


「うん。気をつけよう」


「ま、今は頼りにならないボディガードがいるから平気なんだけど」


「どうも…」


 言葉に言い表せない不快感が湧き出してくる。それが家族に対しての配慮なのか、それとも1人の異性に対する嫉妬なのかが分からなかった。


「お?」


 会話を弾ませていると不思議な光景が視界に飛び込んでくる。塀をよじ登って校内を覗き込んでいる男の姿が。


「ちょっと、あれさっきの子が言ってた不審者じゃないの?」


「え、え…」


「捕まえないと。ほら、早く」


「ま、待って待って!」


 突然の展開に思考が追いつかない。二重の意味で予想外だったのでパニックに陥っていた。


「そこのアンタ、そんな場所で何してんのよっ!」


「げっ、マズい!」


「こらーーっ!!」


 葛藤している間に華恋が声をかける。一片の躊躇いもない大声で。


「あっ、逃げた!」


「これで犯人確定ね。なんとしても捕まえるわよ」


「う、うい…」


 その行動で男が逃走を開始。自分達がいる方とは反対側の道路へと駆け出した。


「どうしよう。颯太達に連絡する?」


「んなの後々。そんな悠長な事してる間に見失っちゃうでしょうが」


「あぁ、確かに」


 助けを呼ぼうとしていた思考をすぐに改める。2人して狭い道路を爆走した。


「颯太、そいつ捕まえてーーっ!!」


「ん?」


「どけ、クソガキッ!」


「きゃっ!?」


「あっ!」


 そして進む先に運良く友人達の姿を発見する。だが男の手により強く突き飛ばされてしまった。


「紫緒さん、大丈夫?」


「いつつ……何なんすか、あの男」


「多分、あの人がさっき言ってた不審者だよ」


「え、えぇ!?」


 パッと見、30代か40代の男性。帽子を被っていたので断言は出来ないが。


「ちょっと何してんのよ。ボサッしてたら逃げられちゃう」


「あ、うん」


「つかどっち行ったのよ。姿が見えないじゃない」


「そこの道路を左に曲がったハズだ。引き返したのかもしれない」


 華恋と颯太が言葉を交わす。危機的状況だからか口調が荒くなっている事をお互い気にしていなかった。


「そうか、また学校の方に戻る気ね」


「だったら追跡する方と引き返す方に別れよう。僕はこのまま追いかけるよ」


「雅人がそっちに行くなら私もそうする」


「え? 華恋さんがこっちに行くなら俺も同じ方を選ぶぞ」


「ならうちも皆と同じ方に行くっす」


「どうして全員同じ方角を選択しちゃうわけさ!」


 統率力が無さすぎる。よく考えたら自分以外は勉強が苦手なメンバーだらけ。


「くっ…」


 とりあえず華恋と逆のルートを選ぶ事に。走ってきたばかりの道を全力で引き返した。


「先輩、待って待って!」


「紫緒さん、ダッシュ」


 後ろから後輩が付いてくる。重そうな鞄を携えながら。


「紫緒さんは格闘技や武道の経験はあるの?」


「いや、まったく」


「えぇ……なら何で変質者退治なんか名乗り出ちゃったのさ」


「もし格好良く活躍したら目立てるかなぁと。新聞やテレビに取材されたり」


「あ、友達の為じゃなかったのね」


 私利私欲にまみれた動機に唖然。本能に従順な人物だった。


「げっ!」


 曲がり角を2回曲がると足の動きが止まる。先程の不審者と正面から対峙する状況になってしまったので。


「すいませ~ん、この辺で怪しい人を見かけなかったっすか?」


「その人だよ!!」


「げっ、マジか!」


「ていうかあの人、何か持ってない?」


「え?」


 後輩がアホすぎるボケを披露。ツッこんでいる間に男が背負っていたリュックから棒状の物を取り出した。


「うりゃああぁぁぁっ!!」


「う、うわっ!?」


「ひえっ!?」


 それはどこからどう見ても大工仕事に使う物。釘を打ち付ける時に活躍する金属製の工具だった。


「いきなり何すんだ、アンタ!」


「お、お……俺の邪魔するなぁ!」


「はぁ?」


 突撃しながらの攻撃を間一髪で交わす。大して近付いて来なかったのが幸いして。


「そんな物使うなし。当たったら危ないだろうが!」


「黙れ黙れ!」


「女に手ぇ出す最低クズ野郎。くたばっちまえ!」


「なっ!?」


 そんな男に向かって紫緒さんが暴言を連発。勇猛果敢に向かい合っていた。


「黙れ、クソブス!」


「ひぃっ!?」


 だがその行動は火に油を注ぐ事に。怒りを露わにした男が再び金槌を持つ手を振りかぶった。


「あだっ!?」


「お、お前らだって金欲しさに体売ったりしてるクセに!」


「や、やめ…」


「頭叩き割ってわる!」


「先輩、助けてぇーーっ!!」


 肩を押された紫緒さんが地面に尻餅をつく。怯えた声で救いを求めながら。


「ちょっと待っ…」


「うぉらあぁあぁぁっ!!」


「……え?」


 咄嗟に庇おうと動いた瞬間にどこからか雄叫びが聞こえてきた。猛獣のようなけたたましい唸り声が。


「死ねーーっ!!」


「ごふっ!?」


 直後に目の前をスカートを穿いた人物が通過する。ジャンプを加えた豪快な飛び蹴りを男の顔面に炸裂させた。


「しゃっ、オラァッ!」


「か、華恋!」


「女に手を出す不届き者はね、この世からいなくなっちまえばいいのよ!」


「何やってんのぉ…」


 どうやら追いついて来た妹が助けてくれたらしい。技の成功に酔いしれた彼女は小さくガッツポーズを決めていた。


「お~い、みんな無事か」


「あ…」


「警備員の人連れてきたぞぉ!」


 やや遅れて颯太も到着する。後ろに青い制服を着た男性を連れた友人が。


「アナタ、大丈夫だった?」


「え?」


「どこか怪我とかしてない?」


「えっと、平気っす…」


 茫然としている紫緒さんに華恋が声をかけた。優しい口調で。


「……ったく、セクハラ野郎とか全員くたばっちまえばいいのに」


「暴力振るったね」


「あ…」


「いや、良いよ。むしろこれは感謝しなくちゃいけない出来事だ」


 さすがに今回は責め立てる訳にはいかない。彼女がいなければ誰かが怪我を負っていたかもしれないのだから。


「……かっ」


「ん?」


「格好いいぃぃーーっ!!」


 慌ただしい場に今度は後輩の声がこだまする。畏敬の念を込めたハイテンションの台詞が。


「凶器を持ってる野郎に一歩も怯む事なく立ち向かっていくなんて」


「ちょ、ちょっと!」


「しかもこの見た目にスタイル。アナタこそ、うちが求めていた究極の女性です!」


「はぁ?」


「お願いです。うちを弟子にしてください!」


 彼女はそのまま華恋の両腕を握り締めた。意味不明な単語を口にするのと同時に。


「よっしゃ、捕まえたぞ!」


「お?」


「どうだ、俺の力を見たか」


「あの、颯太…」


「これで可愛い女の子を紹介してもらえるぜ、ヒャッハーーッ!」


「……何もしてないのにどうしてそこまで誇らしげになれるんだ」


 そうこうしているうちに友人が不審者に寝技をかける。表情を思い切り緩ませながら。


「はぁ…」


 まさか無理やり付いてきたオマケにいいとこ取りされるなんて。友人共々、不甲斐なさすぎる結果だった。


 その後、男は警備員さんの手によって校内へと連行。自分達は面倒な警察が来る前にその場から逃走した。

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