メインヒロインはどこに

 何だかミリーの親父さんに会ってどっと疲れたので、ログアウトしてからは特に余計なことはせずすぐに寝た。


 翌日。目が覚めてからまずはシャワーを浴びた。それから朝食を摂るためにリビングに行くと、母さんが飯を作ってくれている。

 食卓に並ぶ朝食を見ながら、親父がメニューを紹介してくれた。


「ミル、今日の朝食はスクランブルそのまま人間が食べなければ小鳥としてこの世に生を受けていたものだ」


 その言い方やめろよ。食いづらいっていうか食欲失せるだろ。


「ふふふ、お父さんったら。でもねミル、己の愚かさを噛みしめながら朝食を摂ることはとっても大事よ」


 母さんがとても優しい笑顔でそんなことを言ってくる。本当何なんだこの夫婦。

 俺の母親、リーン=アレスターは変人な親父と結婚するだけあって中々に面倒くさいキャラだ。主に親父のわかりづらいボケに便乗する役割を果たす。

 おかげで俺と兄貴は反面教師でそこそこまともに育った。兄貴はちょっとバカになっちゃったけど。


 なかなかに哲学的な飯を食わされた後は、部屋に戻って「神様になろう!」こと神なろのwikiを見てみることにした。

 まずは、生命の素に関してだ。

 昨日最後に生命の素を使った時、個数1なのに生物の進化過程をすっ飛ばしていきなり人間が出来てしまった。あれは一体どういうことなのか。

 アイテムの項目を見る。生命の素、生命の素……発見。


「生命の素を使えば、惑星に生命を創り出すことが出来ます」


 うむ。アイテムの説明の下には表があって、一度につき、生命の素をどれだけ消費すればどんな生命が誕生するかが書いてある。


「消費数1:人間 備考:人間は自然界の中でももっとも愚かな生物なので、消費数はもっとも少なくリーズナブルだが、惑星を汚染し破壊しやすい」


 何で妙に哲学的なんだよ。リーズナブルじゃねえよ。

 人間の評価めちゃめちゃ低いなおい。


「消費数2:内閣総理大臣 備考:多少ましになった人間。マスコミから集中砲火を受けてもなかなか倒れない」


 この辺りの項目を編集したやつは多分人間が嫌いなんだろうな……。

 マスコミじゃなくて自然環境に強い生物を生み出さないとあんまり意味ないんじゃないのか?


「消費数3:アメーバ 備考:原生生物。初期段階ではこれしか創れないので、まずはここから徐々に進化させていこう」


 最終進化系が人間じゃないってことか。今日はずっと道徳の授業とか哲学の講義でも受けてる気分だな。

 逆に進化していくと最終的にはどんなのになるんだ?俺はネタバレは嫌いだけどこれはクソゲーだからどうでもいい。見てみよう。


「消費数10000:フェニックス 備考:不死鳥。人間とは比べ物にならないくらいすごい。個数制限あり」


 急に編集してるやつの語彙が消滅してるな……。


「消費数100000:大阪のおばちゃん 備考:どの様な環境下でも生き抜くたくましさを持ち合わせ、タイムセールやバーゲンセールが行われている場所には必ず現れる。常にヒョウ柄を身に纏う」


 大阪のおばちゃん強すぎだろ。消費数の桁違うじゃん。

 フェニックスの10倍て。

 とりあえずメーカーは大阪のおばちゃんに謝っとけ。


 なるほどな。とりあえず生命の素については大体わかったからこんなもんでいいだろ。仕事をしよう。

 レポート作成ソフトを起動し、現時点までの感想を打ち込んでみる。

 当然のことだけど、ただクソゲーというだけでは話にならない。それに俺はけなすのがあまり好きじゃないから、こういうゲームはどこがクソなのか指摘しつつも笑えるポイントを探して教えてあげるというレポートの仕方をしている。


「チュートリアルに入る前にビッグベェン!!と発音良く言わねばならず、これは特に中学生など多感な時期の若者にはきついだろう。また、チュートリアルも到底チュートリアルと呼べるようなものではない。しかし、プレイヤーの拠点となる神々の京都タワーは趣深く、リアルアバターもとてつもなくシュールだ。基本は古代ギリシャ人のアバターとなっているので、目立つことは間違いないだろう」


 うん。何するゲームなのか全然わかんねえな。もうちょっとこの作品をプレイする必要がありそうだ……。

 さて、今日の予定は何かあったかな。

 スマホでカレンダーを開き、スケジュールを確認する。今日はクソゲー調査団の会議の日だった。


 俺たちクソゲー調査団は、わかりやすく言えば雑誌や新聞を発行している出版社の下請け組織だ。学校の部活でやっていたものに出版社の人が目をつけ、その人を編集長として雑誌に記事を載せるようになり、その編集長が調子に乗って独立。出版社から仕事をもらって雑誌に記事を載せるのを継続しつつも独自に新聞を発行したりしているというわけだ。


 だから俺は、学校の部活から引き続いて仕事をしているメンバーを取りまとめる役という意味でのリーダー。編集長、もとい社長からの連絡も基本は俺を通じて行っている。


 活動は、各自が連絡しあって必要があるとき以外はかぶらないようにタイトルを選択してプレイ。その作品を楽しむのに十分なレポートが出来上がった時点で切り上げ、記事担当に見せる。という具合に行われている。


 そんなわけで普段はバラバラに活動しているメンバーたちなんだけど、たまに情報交換や生存確認とか、色んな意味を含めた会議をやっていた。

 一応親に連絡してから出て行こうとリビングに顔を出す。親父がいる。


「親父、俺会議行って来るから」

「わかった。五年以内には帰ってくるんだぞ」

「ああ。それじゃ」


 親父は、読んでいる新聞から顔を上げてそう言っていた。

 母さんはというと、何をやっているのかいつの間にか家にいないということがよくある。俺が小さい頃からそうだ。

 小さい頃は俺も兄貴もあまり気にしていなかったけど、さすがに大きくなるにつれて母さんが何をしているのか気にかかったから、それとなく親父に聞いてみたことがある。すると親父は「アサシンの仕事をしている」とか言い出したのでもう聞かないことにした。


 マンションを出て通りに出ると、そこからバスに乗り込んだ。

 俺たちのオフィスは出版社のビルの一部を使わせてもらっている。ビルは商業区にあり、俺の住むマンションからはバスならそこまで遠くはない。

 さて、今日はどれくらい人が来るかな……。定例会議だから基本は全員参加なんだけど。

 ビルに到着して会議室に入ると、見慣れた面々が挨拶をしてくれた。

 部屋の中ほどまで進むと、囁くような声が俺を呼んだ。


「ミル君……おはよう」

「おはよう」


 小さく手を振る彼女の姿を見ながら、俺はその隣に座った。

 肩にかかる糸の様に細い水色の髪が、照明に照らされて輝く。

 小振りな唇に湛えた上品な笑みは、控えめであっても彼女の魅力を存分に解き放つ魔力を秘めている。

 俺のメインヒロイン、マリンだ。

 一クセも二クセもある変人ぞろいの俺の周りにあって、唯一と言っていいまともな女の子。美人でスタイルも良し。完璧。彼女にファイナルアンサーだ。


「お兄さん、大変なことになっちゃったね」

「ああ。兄貴らしくねえな。何か理由があるんだろうけど」

「お兄さんからは何も聞いてないの?」

「すぐガルドに行ったから。一段落したらこっちにも顔出すらしい。そのときにでも聞いてみるよ」

「そうだね」


 家庭の事情ということもあり、それ以上マリンは聞いてこなかった。

 彼女なりに気を利かせたのか、話題は仕事の話に切り替わる。


「ミル君は今、どのゲームを調査してるの?」

「『神様になろう!』だよ。システム的な問題はないから、愛されるべきクソゲーって感じだな」

「あのゲームなら、私も持ってるよ」


 まじか。マリンが「ビ、ビッグベェン……///」って恥ずかしそうに言うところ見たかったな。


「まじ?今さ、ようやく最初の惑星創って大気と生命も創ったとこなんだけど、あのゲームって結局何したらいいの?」

「ふふ、何でも一人ですいすいやっちゃうミル君が、そんなことを私に聞いてくるなんて珍しいね」


 マリンはそうやってくすくす笑った。ファイナルアンサー。

 それから顎に指を当てて記憶を探るように話始める。


「そうだね……、人によって違うと思うけど、大体はレベルをカンストして一段落ってことにするか、あとは評価PTを稼いでランキングに載るか。それから後は……対人戦の大会での優勝じゃないかな」

「対人戦……そんなのがあるのか」

「うん、ルールは色々あるんだけどね……基本的には惑星をぶつけ合うんだよ」


 惑星をぶつけ合う?今惑星をぶつけ合うって言ったか?


「中々派手なことするんだな……その惑星に住んでた生命とかはどうなるんだ?」

「木っ端微塵……かな」


 マリンは少し俯いて切なそうな表情でそう答えてくれた。

 砂場で作った泥団子ぶつけ合うんじゃないんだからさ……。

 もうちょっと生命とか環境とか大事にしようぜ。

 ちなみに俺は泥団子は赤土で強化する派だった。


「でもね、その星に生きた生命たちはね、きっと無駄にはならないんだ……」


 そこでマリンは顔を上げ、俺の方を振り向く。


「だって……惑星の攻撃力は、生命の質や数で決まるんだから!」


 あれ……やっぱこいつもちょっとおかしいな……。

 いや、神なろの話をしてるからだろう。きっとそうだ。


「そ、そっか。色々教えてくれてありがとな」

「あ、今日私暇だし、良かったら一緒にやらない?神なろ」

「いいのか?」

「うん。調査してたゲームも一段落したし。HNはいつものリムでいいの?」

「ああ。じゃあインするときはRINEで連絡するから。京都タワーで待ってる」

「わかった」


 もちろんこの京都タワーというのはリアル京都タワーじゃない。神様になろう!内部にある拠点、「神々の京都タワー」のことだ。ちなみに俺は地球に行ったことがないから、京都がどんなところなのかは本とかネットでしか知らない。


 その後はいつもの通り各自の状況報告や今後調査していくゲームの確認などがあり、特に変わったこともなく会議は終わった。


 バスに乗って帰宅。コンビニに寄ろうかと思ったが、店長に会うのが嫌だったのでやめておく。万が一にでも俺がリムだとばれるようなリスクは背負いたくない。

 家から最寄りのコンビニはカーサンなんだけど、少し離れたところには天マがあるから、しばらくはそっちに行こうと思う。ちなみに、兄貴はバカなので家にいた頃は「俺は天マ一筋だ」とか言ってわざわざその少し離れた天マに行っていた。でも、店長からの報告でたまにカーサンを使っていたことはすでにばれている。


 夕飯や風呂など諸々を済ませてマリンにRINEを送る。向こうも既に準備はできているらしい。神なろデートか……。全然楽しくねえな。

 今度はリアルデートにも誘ってみよう……と思いながら、俺の意識は仮想空間の中へと飛び込んでいった。

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