ミル=アレスターの日常

 俺の名前はミル=アレスター。高校を卒業したての18歳だ。

 今はクソゲー新聞の、主に記事を書く仕事で生計を立てている。

 クソゲーなんて言っちゃうと本来なら怒られそうなもんだけど、あくまで世間からそうレッテルを張られて売れなくなったゲームを扱っているので、今のところはむしろ話題にしてくれるからと、感謝しかされていない。


 さて、今回の「神様になろう!」も中々のクソゲーらしい。チュートリアルにもいけずに終わっちゃったしな。さて、wikiでも見てみますか……。

 パソコンを立ち上げ、デスクトップが表示される。最新のパソコンだからあっという間だ。

 ブラウザを立ち上げて検索窓に「神様になろう! wiki」と打ち込む。

 すぐに見つかった。


 どれどれ……。「チュートリアルに行くまで」という項目がわざわざ用意されている。他にもここでつまずいたやつが多い証拠だ。

 項目をクリックして詳細ページに飛ぶ。そこに書いてあったのは、「恥ずかしがらずにビッグベェン!!!!と全力で叫びましょう」ということ。

 完全に精神論だな。と言ってもあれじゃあそう書くしかないんだけど。とにかくあれをさけて次に進む方法はないってことだな……。


 とそこまで調べたところで、不意に部屋の扉がノックされた。返事をすると、変なおっさんが部屋に入ってきた。


「ミル。母さんは出て行ってしまった……しばらく家には帰ってこないからな。父さんと頑張ろう」

「わかった」


 それだけ言うとおっさんは去って行った。

 今のはゲイル=アレスター。俺の父親だ。

 ちなみに今のは親父のわかりづらいボケで、つまり「晩飯は自分で調達しろ」ということだ。前に家の前で同じボケをやったときにご近所さんに聞かれてしまい、離婚したと間違えられて大騒ぎになったことがある。

 あれで職場では同僚や後輩から慕われているというから不思議だ。

 さて、もう一度ダイブする前に飯でも買ってくるかな……。


 マンションを出て、コンビニに向かう。

 時刻はもう夕方。空が茜色に染まる光景は、地球の夕暮れどきも同じだと聞いたことがある。地球の外にある宇宙と、この天界の外にある宇宙は違うものだとされているけど、誰もその証明はできていない。だから似合わないなんて言われるかもしれないけどさ、俺は人類が見上げている空は、みんな同じものだって思うようにしてるんだ。その方が何となく楽しいだろ?


「シャッセエエエェェェ!!!!」「ウォイ!!ウォイ!!」


 天界のコンビニシェア第三位のチェーン店、カーサンに到着。

 お馴染みの全自動店員ロボの挨拶だけど、今日はちと様子がおかしいな。

 どす黒いデスボイスを出しながら首を振ってやがる。

 そういえばさっきRINEニュースで「全自動店員ロボにメタラーモードが実装」って記事があったのを思い出した。とりあえず全世界のメタラーに謝れ。

 メタラーってのはメタルが好きな人のことだ。これ以上解説するとメタラーやメタラーに詳しい人が怖いので割愛。


 カーサンは、弁当や惣菜、果てはパンまで全ての商品が母の味で揃えられているのが特徴だ。全て。それは食品以外も例外じゃない。

 日用品コーナーに置いてある手袋なんかも見てみると、手編みっぽい雰囲気の商品には「お母さんが編んだ手袋」とある。かといって耐油手袋などもしっかり取り揃えられていて、こちらは「初めて就職した流れ作業の工場へと出社するときに、母さんが用意してくれた耐油手袋」となっている。つまり何でもアリだ。


 いくら見ていても飽きないんだけど、早く帰ってゲームをしないといけないのでさっさとパンやカップメン、ジュースやらを持ってレジに向かう。すると後ろから声をかけられた。


「やあー、ミル君。いつもありがとう」


 店長だ。全自動店員ロボが活躍する現在でも全く無人というわけにはいかず、トラブルの対処や整備の為に事務所には一人くらいは人がいる。そしてそれは店長であることが多い。

 俺はこの店を小さい頃からよく使っているので、店長とは顔見知りだ。


「ミル、今日はお母さんお仕事か何か?」


 店長の後ろから更に女の子が声をかけてくる。店長の娘のミリーだ。

 ミリーとは中学からの同級生で、結構仲が良い。


「ああ。だからこれが晩飯だよ。ていうか来てたのか」

「たまたまね。もう帰るところだから送ってよ」

「は?何でだよめんどくせえな。家近いだろ」

「え~こんな時間に女の子を一人で帰らせる気?」


 腰に手をあて、可愛く頬を膨らませるミリー。

 親父さんの前だから言えないけど、こいつには彼氏が50人くらいいる。彼氏に送ってもらえよ。誰かしら近くにいるだろ。


「ミリーもこう言ってることだしさ、申し訳ないけどミル君、頼むよ」


 何だかにやにやしながらそういう店長。何を期待してんのか知らないけど、あんんたの娘さん既に彼氏50人くらいいますからね?


「わかったよ。しょうがねえな」

「あっ、そういえばミル君」

「何すか?店長」

「僕も最近、ミリーにおすすめされてね、ゲームを始めたんだ。ミル君もよくやるんだろ?もしゲームの中で会ったらよろしくね」

「うっす」


 俺がいつもやってるのはクソゲーだから会うことはないと思うけどな。

 てかキャラ名とか聞くの忘れたし、向こうも聞いてこなかったから会ってもわかんないだろ。


 レジで会計を済ませる。ホッターズには目玉商品の母チキが置いてあったけど、今日はやめておこう。


「ッシタアアアアァァァァ!!!!」「ウォイ!!ウォイ!!」


 全自動店員ロボ(メタラーモード)の挨拶に送られて店を後にする。

 ミリーを家の前まで送って、帰ろうとしたその時、マンションの部屋の扉の前にいたミリーに呼び止められた。


「ミル」


 俺は振り返る。彼女の顔は夕日のせいか、少し赤みが差しているように見えた。


「あのね、私っ……ううん、何でもないっ。またねっ」


 ミリーはそう言って胸の辺りで手を小さく振りながら部屋に入っていく。

 …………。

 いや、そういうのいいんで……。


 自宅に戻ってくると、リビングでは親父が血糊を床にぶちまけて寝転ぶというシャレにならないボケをかましていたけど、慣れているのでスルーして部屋へ。


 腹ごしらえをしてシャワーを浴びる。部屋着に着替えてベッドに寝転んだ。

 ヘッドギアを装着。さあ行くぜ!


 ◇ ◇ ◇


「ビッグバンしますか? YES/NO」

「YES」

「ビッグベェン!と叫んでください」


 来た来た。前回はここで終了したんだよな。しかし今回の俺は前回とは違う。


「ビッグベェン!!!!」


 全力で言ってやった。どうだ!これならいけるだろ!


「ふふっ、恥ずかしいですね。録音しますか? YES/NO」


 うるせえよ!何だこいつ。ノーだノー!


「失礼しました。気を取り直してもう一度お願いします」


 本当にな。まあいいや。


「ビッグベェン!!!!」


 叫んだ瞬間、突然視界の奥から爆発するように強烈な閃光が迸る。

 俺は思わず目を瞑って手で覆ってしまった。

 やがて閃光が鳴りを潜めるのを待ってから目をゆっくり開けると、そこには一面の宇宙が広がっている。


「おめでとうございます!宇宙の創造に成功しました!神リムよ、神様になろう!の世界へようこそ!」


 っしゃああああ!!!!まだチュートリアルも始まってないのにめっちゃ嬉しいしここで引退したい!でも仕事だからな……。


「あなたが管理する宇宙の名前をつけてください」


 あ、やっぱ宇宙にも名前つけんのか。

 こだわりとかないし、安直に『コスモ』でいいかな。


「う~ん、私的にはイマイチですね……。『アステロイド銀河第二星系』でもよろしいですか?」


 誰もお前の意見なんか聞いてねえよ。ていうかやめろ何て名前にしようとしてんだ!知り合いにばれたときにめっちゃ恥ずかしいだろ。


「『アステロイド銀河第二星系』に決定しました。チュートリアルを開始します」


 こいつ名前変えやがった……。まじか。でもようやくチュートリアルまでこれたのは幸いだな。


「まずこうやってメニューウインドウを開き、そこからここをクリックします」


 お手本を示すための、人の手首から先の部分だけが俺の目の前に出てきた。

 それがクイクイっと動くと、メニューウインドウらしきものが表示される。

 えっ……何?その「こうやって」の部分が知りたいんだけど。


「このアイコンをクリックするとこのメニューが出てきますよね?で、そこから素材をここに引っ張ってきてこうすると惑星が誕生します。できました。チュートリアルを終了します」


 おいおいちょっと待てよ何もわかんねえよ。説明適当すぎだろ。

 今のどんな動きしてたっけか……。

 何だか手がひょこひょこ動いて、どこかのタブの何かをクリックして素材とかが並んでるメニューが開いたな。

 で、そこから何かをドラッグして何かをすると惑星が誕生、と。

 うん、何もわかんねえな。

 しかもこれ、惑星創ったあとどうすんだよ。何が目的のゲームなんだ?

 最悪だな……。


 てか今気づいたけどさ、惑星創る前にまず太陽作れよ。よくわからないけど、太陽ないと生命とか誕生しないんじゃないの?

 ツッコミしすぎで疲れてきた……。

 何はともあれ、まずはメニューウインドウの開き方からだ。

 さっき手がひょこひょこ動いてたよな。何となく正方形を書くように動いてた気がする。

 右手の人差し指で時計周りに正方形を書いてみる。おっ、出てきた。

 メニューウインドウが開いたので、色々と確認してみよう。

 ステータスを確認しようと思ったらデフォルトがステータスタブなので、メニューウインドウを開いた瞬間に探すまでもなく表示されていた。


「神名:リム 宇宙名:アステロイド銀河第二星系 神Lv1 神PT:10 神SPT:0 惑星数:1 神M:10000 評価PT:0 ランキング:ランキング外」


 まあオーソドックスにいけば惑星とかを創ってると神PTってのが稼げて、それをある程度稼ぐと神Lvが上がっていくみたいな感じだろうな。神PTが10になってるのは、今惑星を一つ創ったからか。

 色々気にはなるが、とりあえず惑星を創っていけばいいようだ。

 で、太陽はどうやって創るんだ?このゲームでは創る必要ないのかな……。

 メニューを一つ一つ確認してみよう。

 まずは「持ち物」タブ。

 「惑星の素:0」「生命の素:0」「大気の素:0」。味の素か。

 「スキル」タブ。

 「天罰」「最終戦争」「隕石衝突」「終末の日」とか並んでる。物騒だな。もちろん今の俺には何も使えない。

 「管理」タブ。

 ここには俺の宇宙の縮図らしきものが表示されている。今は惑星一つしかないからそれしか表示されていない。と、縮図の右下に「その他のメニュー」とある。これをクリック。「その他のメニュー」の横に小さいウインドウが開き、その中に太陽の作成というのがあった。よっしゃ。もちろんクリック。


「太陽は一つの宇宙につき一つまでしか作成できません。よろしいですか? YES/NO」


 イエスをクリック。


「あなたは太陽を欲しているかもしれませんが、太陽はあなたを欲していません。それでもよろしいですか? YES/NO」


 どういうことだよ。まあいいやイエス。


「仕方なく太陽を作ってあげました」


 俺の宇宙に、太陽が漫画みたいにボンっと出てきた。

 何かいちいちプレイヤーに喧嘩を売ってくるゲームだな……。

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