我想う、故に君在り
よつのは
第1話
幼い頃、私は目を閉じればどこにでも行けた。
大きな翼、頑丈な顎、鋭い牙から漏れる焔。
最強のドラゴンの背に跨って、ありとあらゆる冒険に出かけるのだ。
人と精霊が交わり穏やかに佇む水上都市。
蜃気楼の先にある熱砂の大迷宮。
吹雪と雷鳴の魔王に立ち向かう勇敢な城塞都市。
五千年前の叡智を伝える空中都市。
地下遺跡では伝説の宝玉を巡ってエルダーリッチと争った。
悪い王様に支配され、明日への希望も持てない王国では騎士団長様と一緒に革命を起こした。
魔女の森の奥深くに聳える試練の塔、前人未到の千階踏破を成し遂げた。
幾度旅をしても、私の中の白地図は埋まることはなく、
それどころか出立の度に余白が広がる。
ああ、なんて楽しく、素敵なものが溢れているのだろうか。
しかし、そんな無垢な少女時代は時間と共に終わりを告げ、
私は一介の女学生となり、あの冒険の日々もいつしか思い出すこともしなくなった。
そんな中、今になって昔の冒険のことを思い出したのには理由がある。
それというのも、今日は久々の連休で、朝から何も用事がなかったため、
図書室が開く前に商店通りを冷やかしてみたからなのだ。
私が出不精だからだろうか、通りの端に見覚えのない小さな店がある。
うーん、最近できたところなのかな、と思いつつ、漂う妖しい雰囲気に負けて覗き込んでしまう。
見たところ、古道具屋…… いや、魔道具屋だろうか?
棚から壁から、古めかしい、如何にもなオーラが漏れ出ている品々が自己主張をしてくる。
うわ、なんだこれ、火蜥蜴の化石? あっちはなんだ、トレントの涙?
うわー、うわー……。
正直、楽しい。
本物か偽物かはわからない、でも確かな物語を感じる。それだけで楽しい。
そういえば、自分で想像を働かせることはなくなって、本を読んだりするだけになってしまったなあ。
自分の成長、もしくは退化に一抹の寂しさを覚えつつ、あれはなんだ、これは高いな、と物色を続ける。
きっと余人には見せられないだろう顔をしながら見回っていると、不意に名前を呼ばれた気がした。
なんだなんだ、呪いの道具でもあるのかとワクワクしながらそちらに向かう。
そして、私の眼の前に現れたのは、銀の懐中時計。
他のアイテムとは違い、強烈に惹きつけられるモノは何もなかった。
ただ、なぜだかこの銀時計を手に取ると、言いようのない安堵に包まれるのだ。
値段もお手頃でより安心感が増す。
結局、財政的な事情から銀時計以外のものは見送ることにした。
まあいい、来月からはしっかり貯金をして、ここで散財しよう。
その後はいつもどおり、数冊を返却、数冊を物色し寮に戻る。
唯一の女子らしい趣味を自分だけに披露。
うん、今日はリーズルのタルトがいいかな。
休日の昼下がり、自室でお菓子とお茶を楽しむ。
満腹感と幸福感で自分を満たし、書の世界に落ちる。
これ以上の贅沢などあるものだろうか。
そして、睡魔に襲われたら、私は為す術もなくその毒牙にかかってしまうのだ。
昔のことを思い出したので、今週は冒険小説が多目。
銀ちゃん(仮称)を撫でながら、興奮気味に頁を捲る、捲る、捲る。
……。
翠色の巨体が、久しぶり、大きくなったねと私に語る。
そりゃあ10年も経ったからね、そっちは元気だった? と返しつつ、これは明晰夢なのだろうと思う。
それにしても、どうしてだろうと思いつつ、夢なのに現実感に溢れることに気づく。
……ほむ。
ドラちゃんが言うには、あの銀時計も魔道具だったのだと。
持ち主の思いに反応し、過去の存在を呼び覚ますものなのだと。
しかし、おかしい。
ドラちゃんと冒険した日々は紛れもなく私の宝物だが、
かといってドラちゃんは単なる私の妄想の産物であるはず。
それとも、過去の存在とはそういうものも含むのだろうか。
疑念はあれど、ドラちゃんからの冒険の誘いには抗えず、
私は10年振りに冒険の旅に出る。
さあ、今日は郊外にあるゴブリンの集落を壊滅させよう。
それとも、年頃の乙女らしく、隣国の王子との結婚に悩む姫君を救いに行こうか。
こうして私は、ドラちゃんとの冒険を再開した。
毎晩毎晩、悪の手先を打ち砕き、喘ぐ民衆を救い、残された上代の謎を解き、白地図を広げるのだ。
ああ、なぜ私はこんなにも楽しいことを忘れてしまっていたのだろう。
この後、魔王の復活でなかなか銀ちゃんに魔力を流す余裕がなくなったり、
3ヶ月ぶりに再開したドラちゃんから、銀ちゃんの本当の使い道を聞き、一緒に現実世界の冒険に周ったりと、
続くお話はいくらでもあるのだが、それはまた別の機会にしよう。
あれから4年、私も19歳になり、妄想力にも天井が見えてきた。
銀ちゃんも次の使い手を求めていることだろう。
さあ、今日はもう、横のちみっこに毛布をかけて。
私もおやすみ。
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三題噺「銀時計」「白地図」「タルト」
我想う、故に君在り よつのは @Clov_ss
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