第16話 調査依頼
場所は王都から馬車で1日ほどの距離。途中の宿場町にほど近い、穀倉地帯に向かう途中の森。
最近住みついた大きめの魔物の調査。弱い魔物が姿を潜めてしまい何かが起きているとのこと。
討伐は義務ではなく手に負えないようであれば逃げて報告すること。
(いや、これもっと上の依頼じゃないか?カディスの奴)
ともかく商会の馬車に乗せてもらいながら(護衛を引き受ける代わりに無料で乗せてもらった)目的の森に辿り着いた。
目に見える植物相が少し変わり色彩が華やかになったように見えた。
索敵をかけると大きな生き物の気配は感じ取れなかった。俺の索敵範囲はまだ2キロほど。
カディスはどうやらもっと広いらしい。
気配を消すのが上手いし、やはり熟練の諜報部の人間なのだなと思う。俺の近くに顔を出す時はかなり軽薄な感じではあるけれど。
「どう思う?」
カディスが小さい声で聞いてきた。
「小動物も見ないから、相当大物がいると見ていいんじゃないかと思うんだけど…」
カディスは頷く。なんとなく俺は近くの木を見上げた。俺の身長よりかなり上の方に生々しい爪痕があった。驚いてカディスを呼ぶ。
熊の爪痕に似ている。木登りをしたとかでなければ立ち上がった時点で、俺よりも大きい。
「これはやばいな。相当大物かもしれない。少なくとも二人パーティーでは危険だな。戻ろう。」
頷いてかけだそうとした。
背後に殺気を感じて飛び退こうとした。無意識に風の盾を出した。しかしそのまま吹っ飛ばされて近くの木に激突する。
(…いってええええ)
魔法の盾ごと吹っ飛ばすなんて、どんな奴だ。背中を打って咳き込む。
殺気と風が唸る衝撃が俺の顔の近くを通り過ぎる。
目を開けてそれを見た。
真っ黒い影。
巨大なシルエット。
向こうの世界で言う熊が立ち上がって威嚇するような、そんな姿。
空気が振動した。
咆哮だ。威圧が含まれて身が竦む。俺では抵抗ができなかった。
目に魔力を通したまま、奴を見た。精神が乱れて上手く情報がつかめない。
俺からは逆光になっていて、奴の毛皮の黒さと相まって表情が見えない。
ゆらりとスローモーションのように影が揺らいだ。起き上がれない俺に向けて地を蹴った身体が瞬時に目の前に現れる。
盾を三枚同時に展開した。身を護ること、それしか浮かばなかった。
格上の魔物。
俺が魔法を使えなかったらとうに命はなかった。
多分魔力を身に纏っているんだろう。その大きな凶悪な手で風の盾を粉砕していく。
盾を連続で展開する。パニックからは少し立ち直った。攻撃魔法をストックする。水の魔法を。
防ぎながら少しずつ身体を起こしていく。多分俺の持っている剣はこの魔物を斬れない。
どうしたらいい?風の刃で首を狙うか?石の礫で目を潰す?
「
距離をとりたくてともかく水の塊をぶつける。手で切り裂かれた。水風船が破裂するようにぺしゃんこだ。辺りに水が飛び散って消えた。
だが一瞬の足止めになった。大木の間に身を滑り込ませた。相手から苛立ちの気配がした。
また咆哮が来て、こちらに向かってきた。風の刃を左右から撃った。毛皮にあっさりと跳ね返された。
今までは狩りだった。でも今は命の奪い合い。
負けたら、死ぬ。
生き物を殺して罪悪感とか、言ってる場合じゃない。ともかく、持てる力をすべて使って生き残らないと。
探れ。探れ。急所を。魔法が効くところ。剣の通るところ。
眼に映る魔物を探査サーチしていく。
情報が頭の中に流れる。いらない情報は流して必要な情報が出るまで見続けた。
物理の通る急所は目、喉、股間。
魔法の通る急所は喉元のみ。他は魔力と物理防御のある毛皮に全て弾き返される。
もちろんこの魔物よりレベルが高い相手なら、他の場所でも攻撃は通る。
だが俺のレベルは奴の3分の1。とても普通の方法では勝てない。
探ってる間、奴の凶器である両手にただただ殴られた。盾が次々消えていく。
魔力量の多い俺でもこのままいったら魔力切れになる。
なんとか攻撃の糸口を掴まないと…と、気が逸れた時、衝撃が来た。
横っとびに吹っ飛ぶ。なんとか身体に巡らせていた風の盾で最悪の事態にはならなかった。
だが痛みに息ができない。
最後の攻撃をぶつけようとしている殺気が威圧となって押し寄せる。
大きく右腕を振りかぶった、俺はやられると思った。
その瞬間、魔物の喉元から鮮血が迸った。
魔物が一瞬何事かと動きが止まる。
カディスだ。気配を完全に隠し、死角から暗器で喉を切り裂いた。一撃離脱したのか、暗器を飛ばしたかはわからない。カディスの気配はそばにはない。
一瞬できたその隙に喉元に向かって風の刃を飛ばした。飛ばした瞬間横に転がって正面から逃げる。
魔物の喉元を風の刃が通過する。血しぶきをあげて半分ほど、首を切り裂いた。
大きな身体がそのまま、倒れ込んで動かなくなった。
「はあ、はあ…は…」
俺はそのまま寝転がっていた。力が入らなかった。
静かだった森に音が戻って来た時、俺はやっと起き上がった。
「よ。回復したかー?こりゃ、無茶だったわ。Aランク相当のグレイベアの特異体だな。この黒い毛皮、魔力で変化している。生半可な攻撃じゃびくともしないな。」
いつの間にか巨体を丸太にくくったカディスが毛皮を指で弾きながら言った。
腐りやすい内臓は抜いて血抜きをしてあった。
「逃げる判断が遅かったな。仕方ねえけど。俺もちょっと見誤ったわ。Bランク相当かと思ってたら、特異体とは。とりあえず、これ持って戻るぞ。水魔法でこいつ洗ってくれ。そうしたらハイディングで速攻街道に抜ける。抱えて全力疾走で王都に戻る。はい、立って―。回復魔法使えるんだろ?怪我直して即出発。」
鬼!!
魔物がいなくなったのがわかったようで、途中小動物やFランク相当の魔物を見掛けた。
やはりこいつが原因だったようだ。
やけに森が静かだったのも鳥すら近寄らなかったからだと思った。
獣は危険に聡い。
俺達人間は危険に鈍いのだろうか。
俺は背後に立たれるまで気づかなかった。
それではだめだ。
今回は生き残れたが次はないかもしれない。
もっと索敵の感度をあげて気配探知も、鋭くしなければならない。
足りないものはたくさんある。
とにもかくにも門のところでひと騒動、ギルドについてもひと騒動だった。
このランクを二人で狩った、というのはそれこそAランクでも難しいとのことだった。
今回は幸運だったとしか言いようがなかった。
カディスの技能に助けられたというほかはない。
魔物の皮は相当なレアものだったらしく競売にかけるということですぐに値は付かなかった。
依頼達成の報奨金は金貨1枚だった。Eランクの調査依頼では破格だがAランクの魔物の調査としては低すぎる。素材で色を付けるということで話が付いた。交渉はすべてカディスがしてくれた。俺は気配を消してマントをかぶって後ろで見ていただけだった。
その日レベルが一気に20も上がった。高レベルの魔物を倒すとボーナスが付くようだった。
魔力切れに近かった俺は部屋に戻った時、倒れ込むようにして寝てしまったのだった。
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