第4話 異世界2日目

 異世界(と思われるゲームの設定に似た世界)二日目。

 王女様をなんとか帰したあと、俺は疲れてしまってベッドに入って早々に寝てしまった。

 窓から差し込む朝の光に目が覚めた。向こうから身につけていた腕時計を見ると時間表示が止まっていた。壊れたのかもしれない。


「ふああ~起きるかなあ…」

 起き上がって欠伸を一つ。背伸びをしてベッドを降りた。

 中世風の衣装と街並みだが、水周りは近代だったため、顔を洗うのは容易かった。

 顔を洗ってすっきりすると、俺は両頬を軽く叩いて気合を入れた。

 着替えたところで食事が運ばれてきた。やや硬めの黒いパンとスープ、果物(リンゴらしき?)だった。


 食事が終わって片付けが終わって侍女が出ていったしばらく後、ノックの音がした。

「はい?どうぞ?」

 扉を開けると、ダイナマイトボディ(死語)が俺を迎えた。

 180くらいの長身にイギリスの騎士のような純白の服、堅い、体形を感じさせないようなその上着の厚めの生地を押し上げている胸はかなりのボリュームがあった。そしてすらりと長い脚、緩いウェーブのかかった水色の長い髪、青い瞳。物凄い美女だった。

 にっこりと笑って右腕を胸に添え、騎士の礼をした。

「初めまして。”彷徨い人”殿。アーリア殿下の名代で伺いました。部屋に招いていただいてよろしいか?」

 凛とした男前の(あーなんつうか宝○的な雰囲気?)挨拶に俺は虚をつかれてぎくしゃくと頷いてソファーへと招いた。

「私は殿下付きの近衛騎士、フリネリア・アース・レングラント。よろしく頼む。アーリア殿下は昨日の行動で罰を受け、本日は謹慎してここには来られないとのことだ。いやあ、ウサミ殿はなかなか隅に置けぬ御仁と見た。アーリア殿下の事、これからも頼む。」

 ぶはっと思わずメイドさんに淹れてもらった紅茶を吹きだす。あー、やっぱりアウトだったか。

「あー、やっぱりねえ。それで、俺はどうしたらいいんでしょう?」

 とカップを置いて肩を竦めた。

「それなんだが、仮の身分として、アーリア殿下の側近についてもらいたい。」

 俺は言葉が理解できずにこてんと首を傾げた。

「なんですと?」


 思わず聞き返す俺に、フリネリアはふっと大輪の花が咲いたような笑顔で言った。

「アーリア殿下の側近になって欲しい。」

「…俺、この世界の事なんにもわからないいだけど、それでいいのか?」

 真面目な話、俺には何もできない。今のままでは。

 王女はきっと勇者に憧れて、目の前の俺に夢を見ているだけだ。

 それは俺を見ているわけではなく、いずれ現れるだろう勇者を見ているにすぎない。

 フレネリアは俺のそんな心の動きを見透かすように俺を見て頷いた。

「もちろん。昨日、貴殿が願った希望も叶えよう。アーリア殿下たっての望みだ。それに”彷徨い人”は国に保護されるべき人物だからね。ウサミ殿、それに伴い今夜から側近たちの使う宿舎に移動になる。」

「わかった。その、俺の希望の一つ、戦闘訓練なんだけれども、フレネリアさんにお願いしてもいいかい?」

「お安い御用だ。もともと”彷徨い人”の訓練は近衛師団と騎士団と魔術師団で請け負うことになっていたからな。座学も必要なんだろう?教師の手配をしておく。」

 美人の笑顔は物凄く眩しい。でもこの人、女をあんまり感じない人なんだよな。胸が男のロマンな感じなのに。

「ありがとうございます。」

 頭を下げた。再び上げると、目の前の美女の笑みの裏に物凄い黒いものがあるような気がして背筋を冷たい汗が流れた。

「早速、しご…いや、訓練をしようではないか。ついてきなさい。」

 そして俺はその日、地獄を見た。


 死ぬ。絶対に死ぬ。


「足が疎かになっているぞ!もっと膝を高く上げて走れ!」

「姿勢が悪い!」

「顎を出すな!」

「手をもっと振れ!」

「言ってることがわからんのか!もう10周!!」

「返事が遅い!!」


「イエスマム!!!」


 俺は近衛師団の訓練所に連れていかれて何十周も走らされ、筋トレに剣の型その他諸々を伝授され、更に毎日やるようにと訓練スケジュールを賜った。


 あー。インドアのオタクにはあり得ないほどのハードスケジュールだった。


 案の定ばったりと倒れ、俺は訓練所の片隅でひっくり返っていた。しかし、5分もしないうちにフリネリアがやってきた。


「もう十分、休めただろう。次は座学と魔法の訓練が待っているぞ。」


 にっこりと笑ったフリネリアに書斎のような部屋に連れて行かれ、文字を覚えさせられた。

 教師はフレネリアではなく、王女付きの文官だった(やはりスパルタだった)。

 涙目になりながら痛む体に鞭打ち、必死に食らいついて頑張った。

 それが終わると間髪いれずに魔法の訓練の時間になった。

 今度は魔法師団の訓練所に連れていかれて魔法を教わることになった。

 講師は美女で魔族だった。肌は褐色で、瞳は金色、髪は濃い紫で緩いウェーブのかかったボリュームある髪が腰の下まで伸びている。彼女が動くとふわりと甘い花の香りがする。


「私はマルティナ。普段はバーダット魔法学院の理事長をしているわ。フリネリアに頼まれて学院が始まるまであなたの面倒を見ることになったの。頑張りましょうね。」

 漂うような色気のある、お姉さんの体にぴったりしたドレスの開いた胸の谷間に目が行ってしまったのは仕方のないことだと思う。だから手を握られてびっくりしてしまったのも無理がないと誰か言ってくれ。

「まず、自分の魔力を感じることから始めましょう。私の魔力を貴方の手に注ぎます。それを感じてください。それが魔力とわかったら自分の中にある魔力を感じられるようになるはずです。」

 握られたところから何かが自分の肌の上を通って行く感触がした。それは初めて感じる感覚で、それが俺の身体を覆っていく気がした。


 どくんと心臓が大きく鼓動を打った。


 くらりと眩暈を感じる。まっすぐ起きていられなくなり、額を手で押さえながら、マルティナを見た。

 金の瞳が俺を射抜くように見た。その唇の端が上がる。

「感じたでしょう?それが魔力です。私が感じたところによると、あなたはかなりの魔力を持っているようです。常にそれを感じるようにして制御しましょう。では、次の段階ね。」

 握っていた手が離れていく。ああ、惜しいと思ってしまうのは男のサガか。


「”灯り”よ」

 掌を上に向けたその上に輝く球体が出現した。


「う、うわっま、魔法!?」

 初めて見た魔法に俺は少し興奮してしまった。

「生活魔法の灯りよ。まずこの魔法から人は学ぶわ。生活魔法は魔力の少ないものでも扱えるから便利よ。呪文も自分に合ったもので構わない。イメージが大事ね。光を思い浮かべるといいわ。」

 あー、よくラノベに登場するあれ…便利だろうな。一般市民でも使えるなら俺でも使えるんだろう。

 んー?光球の中に何か見える気がするけど、なんだろう?


「じゃあ、これを出してみてくれないかしら?」

 ふっと光が消える。俺は同じように掌を上にしてそこを睨む。何でもいいんだよな…光の球だから…俺の身体の内から何かが抜け出る感覚がした。


「“光球”」

 ふわりと、俺の手の上に光が現れた。一度でできたことに自分でも驚いた。ゆらゆらと太陽のように光球の表面が揺れている。俺の魔力が不安定なせいかと思った。じっと見ていると内部に魔法陣(よくアニメで見るあれ)に似たようなものが見えた。


(なんだこれ?)


 “構成ー光源・光属性魔素”

 “レベル1”

 “消費魔力1持続1分間に1”

 頭の中に次々文字が浮かぶ。驚いて周りを見る。“テーブルー材質:木材・保護塗料”“マルティナー魔族・女……”“空気:構成……”“魔素濃度……”


 いっぺんに情報が溢れて俺は意識を失った。

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