第7話1.家畜ども餌を欲するなら自ら探せ

先生駄目です。こ、こんな所で……だ、誰かに観られたら。

ここなら大丈夫だよ。今日はこの場所は誰も来ない場所だから

だからって……何も解剖室で……。

村山君、もうだいぶご無沙汰じゃないか。僕は我慢できないんだよ。

だ、駄目そこ、……いきなりそんな所に……。


ブチ……。

「おい、何すんだよ!!」

「卓、あんたねぇ、いくら今暇だからって何見てんのよ」

「いいじゃねぇかよ。俺が何観ようと、俺の勝手だろ」

「まったくこんなエロイの見てあんた溜まってんの?」にやりと歩佳が笑いながら言う。

「馬鹿野郎、溜まってたらどうしたって言うんだよ。男の生理現象だから仕方ねぇだろ。それとも歩佳、お前相手してくれんのかよ」

「はぁぁ、何言ってんのよ。そんなの自分一人でやんなさいよ。どうせ一人でやるも二人でするも一緒なんでしょうから」


バン。「こりゃ、お前ら二人して何サボってんだこんな所で、そんな暇があるならもっとやるべきことが山ほどあるだろう。早く仕事に戻れ、この家畜どもめが」

今日の笹山医師は機嫌が物凄く悪い様だ。


そんな日は僕は格好の餌食になる。あの笹山ゆみと言う医師の魔物に食われるのだ。

案の定さっそく俺の左腕は奴に咀嚼されてしまった。

「馬鹿野郎、何度言ったら解るんだよ。お前の担当している患者のデータのチェックがなんで看護師のチェックになってんだよ。お前が診察してその結果をちゃんと入力してお前がチェックを入れる。この流れがなんで出来ない」


「す、済みません。つい入力するのを看護師に任せてしまいました」

「次やったらそのお前の左腕食いちぎってやるからな。覚悟しておけ」


はぁ――、またやっちまった。

しかしあの人は何であんなにパワーがあるんだ。怒るにしてもあれは人の怒り方じゃない。猛獣の怒り方だ。

汐らしく涙でも浮かべれば慈悲……それはないな。

まぁ、どっちにせよ俺が悪い事には変わりはない。でもしかし、今日はほんとに機嫌が悪いな。生理日? 猛獣にも生理はあるのか?



今日の奥村先生の威圧感はいつもにまして強い。

冷酷無比、そして物静かな話し方と崩さない表情。


始めの頃からすればだいぶ慣れた? と言う表現は失礼に値するだろうか。

さっきも搬送されてきた患者さんを診察していた時。

「歩佳先生、何をなさっているんですか?」

「あのう、患者さんの外傷チェックを」

「そんな事はもうすでに終わっているわよ。ラインはもう取れているの」

「す、済みません。これからです」


「遅いわ……それとエコー、胸部から右腹部にかけて広範囲にかけてみて」

「は、はい今……」

「患者さん急変しちゃったわよ。VFよ。除細動」


指示されることに一人で受け応えようとしている私に。

「歩佳先生、あなた何人いるの? 一人しかいなんだったら看護師さんに適切に支持出せるでしょ。私が直接看護師に指示を出さないで、あなたに言っているのはあなたの事を想っての事なのよ。それに患者さん、あなたが焦れば焦るほど容態悪くなる。これって私のせい?」


うう――、今日はあの威圧感にいくつもの刺が刺さる。

半泣き状態で看護師さんに指示を出しながら、指示された行動をとる。

「歩佳先生あなた一つ一つが遅いのよ。看護師さんたちの方があなたよりよっぽど仕事できるんじゃない。処置は私一人いれば出来るからあなたは外れなさい」


「……はい」小さく返事をする。


さすがに落ち込んだ……。

備品庫に走って泣いた。悔しくて泣いた。


落ち着いてから自分のディスクの上に伏せた。

「おい、歩佳どうしたんだ」

頭の上から卓の声がする。ゆっくりと顔を上げると

「うわっ……」と声を上げた。


「なんだその顔。泣いていたのかお前」

「うるさい……少し黙ってて」卓の声を払う様に言いのける。

「奥村先生に怒られたのか? 実は俺もさっき笹山先生から今までに無い位怒られちまったよ。今度やったら俺の左腕食いちぎるそうだ」


「なにそれ……」顔を伏せたまま言った。

「なんか知らんが今日の笹山先生えれぇ機嫌悪いんだ」


顔をバット上げ。

「そう、こっちも。奥村先生いつもよりも凄く感じるの威圧感。それに言葉一つ一つに刺があって……なんていうかなぁ。イライラしているような感じかなぁ」

「そういえばこっちもそんな感じだったな」


その時二人同時に自分のディスクの席に戻って来た。

いつもなら、笹山先生が奥村先生に『優華ちゃん』なんて話しかけているのに今日は二人とも目も合わせようとしていない。


やばいなこれって……。

確かにやばいかもしれない。

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