第6話2.メスを握る二人の魔女
湯上りのビールに全身マッサージ付きのエステ。
心も肌もリフレッシュ。お楽しみはこれから、これから。と姉さんは浮足立っていた。
「ふぅ、やっぱり大きなお風呂は解放感があっていいわね」
桜色にほほを染めた奥村先生が言う。その顔つきがいつもと違いなんだろうちょっとかわいさを感じるような……。あくまでも今、この瞬間の事だと思うが。
「さてまずはキンキンに冷えたビールを一杯」
ラウンジのバーに私達3人は向かった。
カウンターの店員に。
「生ジョッキ3つ」と姉さんが注文をする。
それぞれ自分たちの前に並々と注がれたビールを目の前に乾杯、と口しようとした瞬間、席を一つ離した隣にいた60歳くらいの男性が突然「ウッ」と胸を押さえ声にならない声を発しその場に倒れた。
辺りが騒然とする。
医者としての本能だろうか。二人はすぐにその倒れた男性のもとに駆け寄る。
「わかりますか?」大声で男性に呼びかける。反応はない。
すぐさま脈をとる
「微脈です」
胸に耳を充て心音を聴く「弱い……」
「AEDは在りますか? ありましたらすぐに持ってきてください」
近くにいる従業員が。
「あなた達は?」
「私達は医者です。外科医です。早く」
「わかりました」そう言い残し駆け足でAEDが設置されている所に向かった。
「ちょっと待ってください笹山先生」
「どうした歩佳?」
「静脈が、静脈が浮き出ています。脈圧も多分強くなっていると思います」
「静脈が浮き出ている………?」
奥村先生が「心タンポナーデ」一言その言葉を発した。
すかさず胸部、心臓の部分を触診する。弱い脈圧に触圧に反発力を感じる。この感覚は……」
「でかした歩佳、これで心マをしていれば溜まった心嚢液が破裂を起こしていたかもしれない」
まずは心嚢にたまった心嚢液を排出しなければ心臓は圧迫されたまま、血流はない。
つまりこの患者の死を意味する。
そして奥村医師が言う。
「急に発症したのなら、大動脈解離の可能性もある。一気に抜くのは危険かもしれない」
「何か注射針の様なものがあればいいんだが……」
笹山先生が少し大きな声で言った。
「あのう、注射針の様に穴は開いていませんけど、ステンレス製の串ならありますが……」
一人の従業員がぼっそりいう。
「ステンレス製の串。それでいい。硬めで細めのストローを何本か持ってきてくれ。あと消毒液もだ」
「何をする気?」奥村先生があえて笹山先生が行おうとしている事を解りつつ口に出す。
「何をって、あんただってもう解ってんだろ」
「一発勝負よ。大丈夫なの?」
「私を誰だと思ってんの」
長さ15センチ、太さおよそ3ミリのステンレス製の串にストローを通し、胸に消毒液を流す。
先端は串と言うだけあって尖っているが、注射針の様には鋭利ではなさそうだ。
左側の第6胸骨の位置を確かめ、狙いを定める。
今笹山先生が行おうとしているのは『心嚢ドレナージ』心臓とその心臓を取り巻く幕の間にたまった液体を抜く方法。通常は造影を見ながらもしくは開胸し、その心嚢にドレーンを差し込み液体を抜き心臓への圧迫を解除させる。しかし、今は何もない。
まして開胸もしていない。皮膚と外質の上から目測で心嚢にドレーンを差し込もうとしている。
今の私の技量では到底無理な荒業。しかし今は緊急を要している。この状態のまま救急車で病院まで、何も処置なしで搬送してもこの人の命は助からない。
このままではこの人の命は助からない。……それだけは、はっきりとしている事だ。
笹山先生の目が鋭くなる。
「行くぞ……」串の先端が胸に刺さり入り込んでいく。
慎重にしかも素早く。差し込んだ先端に被せていたストローを差し込み、ステンレス製の串だけをゆっくりと差し込んだ胸部から抜く。
ストローの先端から赤い血液の交じった液体があふれ出て来た。
「心拍触れてきました」
「よし」
その後奥村先生が。
「緊急オペ必要ね」
駆け付けた救急隊員と共に笹山先生が救急車に乗り込み一緒にいた親族と共に病院へと向かった。
我が姉ながら今回のこの緊急の処置を目にして、そのすごさに身震いさえ感じた。
ただちょっと心配なのが……姉さん、浴衣のまま救急車に一緒に乗っちゃった事かな。あの人の事だから多分下着丸出し状態なんだろうなって……。
病院に就くと笹山先生はすでに術衣に着替えていた。
「笹山先生がオペ行うんですか?」
「ああ、他は手が足りんらしいからな」
「それじゃ私も参戦しないとね。歩佳先生もサポート出入ってね」
「はい」
そうそう体験できない症例。心タンポナーデ、大動脈修復術。
今日は本当にすごい課外授業を受けている。
この二人が執刀するのであればこの患者は助かるだろう。
ただ恐ろしいのは。
……この二人の魔女が私の前でメスを振るう事だ。
このオペ、私の体力と精神力は持つだろうか……。
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