第3話1.指導と育成そして飼育
「なぁ、お前の姉さん笹山先生って本当に女なのか?」
新人フェローの
笹山歩佳、この高度救命センターの救命医である笹山ゆみとは父親違いの姉妹。歩佳が初期臨床研修を終えたのち、その先に進むべく先を見いだせないでいた妹を無理やりこの救命センターに在籍させた。
むろん親からは反対されたが、そんな親に今、反抗心を持つ歩佳は何も言わずこの姉がいる救命センターのフェローとして在籍した。
「そんなの本人に訊いてみたら? まぁ確かに体は女の機能そのものしかない様だけど、性格や趣味まで必ずそれに準じている事もないんじゃない?」
「やっぱ笹山先生はレズビアンだったんだ」
「あら、それでも数年前までにはちゃんと彼氏がいたわよ」
「何! と言う事はバイ! ……両刀使いと言う事なのか?」
「あんた馬鹿? それとも姉さん。……笹山先生の事好きなの?」
「俺があの笹山先生が好きだって? やめてくれよ。さっきもめちゃくちゃ怒られたんだぜ、それも男の指導医から怒鳴られるより何十倍も怖かった。あれはまさしく男以上だな。それにその後ケロッとして奥村先生に抱き着いていたし、俺は笹山先生は男が嫌いなんだと思ったんだよ」
ふぅーと歩佳はため息をつく様に。
「あのね上原先生、いいえ、卓。あなたね今度は何やらかしたのよ?」
「いや、何、ただ………挿管の指導実習をしていただけだよ」
「で、何回失敗したの?」
「何回って10回位かな」
「で、その10回とも失敗してたんだ」
「そ、そんな事ないぞ、3回は時間はかかったけどちゃんと器官にチューブを入れる事出来たぞ。でも笹山先生は、はいまた失敗。患者新じゃぅねこれじゃ。てあきれていたけど……」
「卓って挿管本当に苦手なのね。そんなんじゃ笹山先生じゃなくても怒るわよ。卓は自信過剰なのよ、自分は出来る。確かに卓は私より判断も動きもいい。でも苦手なものはからっきし駄目、それにその苦手な事から自分から逃げているし」
「そんなこと言うなら歩佳は優遇されてんじゃねぇーのか? 指導医が奥村先生なんだからよぉ。奥村先生は笹山先生の様に怒鳴る事は無いだろ。それにいつも物静かだし、お前が指導受けているのを見てると俺、奥村先生の方が適任だといつも思っちゃうんだよな」
「あなた……何も知らないで言っているでしょ。奥村先生って笹山先生より怖いって言う事」
「そんな馬鹿な。あの物静かな奥村先生が、男よりも強ぇ笹山先生より怖いって、ありえん事だ。しかもあのスタイルにあの豊満なバスト! 付け加えて物静かな性格。男だったら……」
「男だったら? どうだって言うのよ。でも時期に解るわよ。姉さんも頭が上がらない奥村優華先生の怖さをね」
その奥村優華先生の本当の怖さを、身をもって体験する時間が刻々と迫っている事を僕はまだ知らなかった。
午後3時、エマージェンシーコールが鳴り響いた。
「こちら北部レスキュー。工事現場にて足場の崩壊落事故発生、重症者5名。その内2名は城環越救命センターで受け入れ、残り3名の受け入れを要請します。
スピーカーから聞える状況に笹山医師が「受け入れろ」と応えた。
「わかりました受け入れます。負傷者の状態を……」
「29歳男性、意識無し心拍67、血圧130・74。胸部を強く打撲している模様」
「48歳男性、意識あり、心拍72、血圧140・82。右側大腿部、同腕上部骨折の可能性あり」
「22歳女性、意識レベルの低下、心拍110、血圧146・92……に、妊娠しています。所持品の母子手帳から現在妊娠37週目です。破水しています、出血もあります」
奥村医師が受話器を取り。
「その女性の負傷者を最優先で搬送してください」
「わかりました。後10分で到着します」
「10分か……間に合うといいんだが」小さな声で呟いだ
「さぁみんなもうすぐ来るぞ準備だ」笹山医師が激を飛ばす。クルー全員が緊張感と共に出来る限りの速さでセッティングに取り掛かる。
その中いつもと変わらぬ冷静さを保ちながら。
「産婦人科にコンサルを、助産医のサポートが必要になるかもしれません」
「わかりました」
笹山歩佳が奥村医師の指示の元、産婦人科へ状況報告とコンサル要請の電話をする。
「手の空いているものは搬入口へ。もうじき来るぞ」
サイレンの音がこだまするように聞こえて来た。
1台目の救急車が到着した。救急車の後部ハッチを開けた時、僕の目に飛び込んできたのは……。
大量に流れ出した。どす黒い血だった。
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