第2話2.長い夜に………
看護師が開胸セットを即座に準備する。
「輸液を増やして。それと輸血の準備を」奥村医師が冷静に指示を出す。
「執刀は私がやる?」
「ええ、お願いできるかしら。私はこっちの処置で手が回らないわ」
「解った。それでは」
患者の左腹部に茶褐色の消毒液が塗られ「メス」笹山医師の声と主に看護師が笹山医師の右手にメスを渡す。
「モノポーラ」
腹部を開きペンの先が見えて来た。
「CT撮っていないよね」
「ええ、撮っていないわ。エコーで位置は確認しているけど。多分肝静脈に触れているはず。出血もそこが一番の出血ポイントよ」
「さすがだね。エコーだけでそこまで読み込むなんて」
「当たり前でしょ。気を付けてよ、一気に動かせば大量出血は免れないわよ」
「そうね……」
術野を広げ、ペン先の肝静脈を目にする。
「さすがだね。生きる医療検査機の様だわ奥村先生は。ペアン」
ペアンを受け取り、血管を挟み込みカチカチとラチェットをかける。
「サンゼロポリプロ」結紮をし血流を止める。
「クーパー、サテンスキー」結紮した糸を切り、脈圧の低い側をサテンスキーでしっかりと挟み込みラチェットを確実にかける。
「確かに肝臓も一部損傷しているね」
「そう、大丈夫そう?」
「深追いはここではしない。今はこの異物を取り除き止血することが先決、そっちはどう?」
「こっちはあと少しで縫合が終わる」そう言い、クーパーで糸を切り目線を笹山医師が広げる術野に目を向ける。
「さすがね、この短時間で完璧に止血している。血圧も戻った」
「それではゆっくり抜きますか。
二本のピンセットでペンを挟み込み慎重に体内から抜き放していく。
カラン、シャーレに抜き去ったペンが置かれた。
「オペ室の準備と麻酔科の先生は?」
「すでに待機済みです」
「解った。このままガーゼパッキングでCT検査後オペ室へ移動」
開いた幹部にガーゼを入れ、患者をCT室に移動させた。その後はオペ室で待機している外科医師に任せるとする。
先に心拍VF《心室細動》だった患者。彼女の夫の様だ、その患者のCTデータが送られていた。
そのデータ画像を見ながら。
「何か心臓に持病でもあったのかな? でも今は安定しているようだ。やっぱり、腹部に微量の出血や腫れが観られるな。自動車事故だからな、まずは緊急性はなさそうだ。奥村先生の意見は?」
「そうね、あなたの言う通り。緊急性は今の所回避できるけど、検査後近いうちにオペは必要そうね」
「ああ、私もその意見と同じだ」
自動車事故、いわゆる交通事故の場合、患者の受けるダメージは広範囲に広がる。ある一局面だけが損傷すのではなく、物凄い衝撃が体全体を襲うからだ。
後に出る後遺症も少しづつその姿を現すだろう。
「まずはICU管理で経過観察だな」
奥村優華、彼女の性格は冷静でありいつも落ち着きはらっている。その動作観察力は群を抜き的確に、しかもいつも的を外さない。
一件見た目は冷酷そうな女医と言った感じだが、私は彼女自身がその姿を外に植え付けているよに感じている。
私、笹山ゆみは………外科医だ。
私は生粋の外科医だ。どんな時も諦める事を知らない馬鹿な外科医だ。
いつどんな時でも私は私の持てる能力を最大限に向かい患者に注ぎ込む。
何百回と繰り返し行ってきたオペの回数は私の武器だ。
この体にそしてこの手に染み込まれた手技、それこそが私自身なのだから……。
「家族がお待ちかねの様だ。私はIC《インフォームドコンセント》に行ってくる」
「お願いするわ………それと、正式に同意書、貰うの忘れないでね」
「ったく解ってるよ」
まだ夜は長い………。
あと何人の患者が搬送されて来るのかは………わからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます