#81 Confuse
「……ちゃうかったか? そうやろ? 確か白居さんがそんなこと言いはったんや」
私は黙って石波を睨みつけた。石波は気のない風に笑うと、相方の徹田に目をやった。
「徹田、そうやったよな? 弟さんが参加するんやって言っとったよな?」
「まあ、そうやったな」
「正臣さん、アンタやったら白居さんがどこにおるか分かるんちゃうんか?」
「……」
「沈黙は肯定とみなすで。ええんか?」
「……」
「黙っとんなよ」
「……」
「アンタな―――――」
石波は声のトーンを落とすと、目の前の集団の肩を押しのけてずんずんと私の前に歩み寄ってきた。そして乱暴に私の胸倉を掴むと、背後の壁に押しつける。胸がつかえて、激しくせき込む。それでも石波は何度も私を壁にぶつけ、ずっと何かを吠えていた。恐らく白居美佳のことをしつこく訊いているのだろうが、最早私にとってそれは重要ではなかった。彼が何と言おうと、周囲がそれをどう感じているかが問題なので、私にとって重要ではなかった。大事なのは、この後なのだ。
「黙っとらんと何とか言えや! ホンマは白居さんがどこにおんのか知ってんねんやろ!」
「ちょ、ちょっと、石波君もうやめた方が……」
「うっさいわ、オッサン! ほんなら黙って殺されてええんか!」
止めに入った伊谷信也が突き飛ばされる。それを慌てて大野碧が支える。
「アフロ君、無茶や。私らだって彼に訊いたんよ。でも何も知らないって言うから……」
「アホか! ホンマにコイツらが何か企んどったらそんなもん正直に答えるわけないやろ!」
石波は私を床に放り投げ、足の甲を強く踏みつけた。私は痛みに堪えながら、充血した目で振り返り見上げた。石波は今にも私を蹴り殺そうかという気迫を漂わせながら私を見下ろしていた。さすが高校時代から演劇部に入っていただけの力はある。芸人になった今もあの頃の実力は衰えていない。それどころかあの頃より洗練されているようにも感じる。
「アンタの姉さんがこの旅行を企画して俺らを食いもんにしようとしたんやろ。アンタは内通者や。参加者のフリしてホンマは俺らを皆殺しにしようとしてんのやろ!」
台詞選びは石波に任せていた。台本を書いたのは私だが、大まかなプロットを組んでやっただけで、後は時と場合によってアドリブで演じるように指導していた。かつて彼らのために漫才の台本を書いていた時代を思い出す。あの時は自分が面白いと思えればそれで良かった。しかし、今は違う。周りの人間が不審に感じるような台詞運びをしてはならないのだ。
食いもんにする?皆殺しにする?そういう言葉を使うのはまだ早いだろ。後でちゃんと指導をして修正してやらないとな。このままじゃ―――――ってもう本番なんだっけ?
場も暖まってきたようだし、そろそろかな。
ガンナーズ再結成。
最初で最後のショーだよ……、
「『持てる者はさらに与えられ、持たざる者はさらに奪われる』」
私は踏まれた足を引き抜き、立ち上がる。
「聖書マタイ伝に記された言葉だ。持てる者は何を持っているのか。持たざる者は何を持っていないのか。ここでは様々な意味が解釈できる。富、愛、心眼……、でも私はこの言葉を耳にした時、確信したんだよ。今、私が持っている物こそ、他の人間が絶対に持たざる物だと確信したんだ」
懐から杖を取り出すと、杖先に橙色の淡い光が灯る。
「『魔力』、私だけが持っているこの力をお見せしよう―――――」
私が杖を振りかざすと、石波が苦しそうに首元を押さえる。
「うっ……! な、なんや!」
石波は顔を引きつらせながら、よたよたと覚束ない足取りで大広間に繋がる扉に上半身を激しくぶつけた。その拍子に扉が開き、照明の消えた大広間の薄闇の中に消え入るように倒れ込んだ。
「石波!!」
徹田が彼の元に駆け寄る。
「動くな!」
また杖を振ると今度は徹田が気を付けのポーズで硬直した。肩から指先まで不自然にピンと張った姿勢はまるで魔法にかかったようだった。
私は硬直した徹田の傍を通り過ぎると、倒れ込んだ石波に向かってまた杖を振った。
「君は見せしめにしよう」
彼は黙って立ち上がり、無表情で窓辺に向かって駆け出す。そしてガラス窓に向かって無心で何度も体をぶつけ始めた。やがて甲高い音を響かせてガラスが割れると、彼の体躯は酷寒とした闇夜に消えた。
下から男の喘ぐ声が聞こえた。
「アフロ君!!」
大野碧が血相を変えて大広間に駆け込み、窓枠を掴んで下を覗き見る。そして息を呑み、後ずさる。惨劇を目の当たりにして言葉を失ったようだ。
「ミドリさん!」
伊谷信也が後を追い、窓の下を覗き込もうとする。
「ダメ!」
大野碧が制す。眉間に皺を寄せて、苦しそうに答えた。
「死んでるんよ」
「え?」
「見ないであげて」
「でもここ二階ですよ? 彼ほどの体重でもそう簡単には死なないでしょう」
「いや、死んでる。見たら分かる。あんな物があったなんて……、気づかなかった」
「何があったんです?」
煤だらけの暖炉に再び火の手が激しく燃え上がる。
二人は振り返り、その視線はゆっくり私に集まった。
「何をひそひそ話してるんですか? そもそも誰が広間に入ることを許したんですか? 彼のようにそこから外に飛び込みますか? それとも……、この暖炉の中に飛び込みますか?」
二人は顔を強張らせながら、静かに首を横に振った。
「勝手な真似はしないでくださいよ。貴方達の命は私の手の中にあるんですから」
私は扉の前で直立不動になった徹田を杖で差すと、
「そこの貴方」
「は、はい」
「この二人と廊下にいる皆さんを部屋の椅子に縛り付けなさい」
「そ、それは……」
「WAVE!!」
徹田の体がぎこちなく動き出す。手足を振るえさせ、屍人のように集団に歩み寄っっていく。廊下に悲鳴と喚き声が響き渡る。恐怖に怯え徹田の力にあえなく屈する者、力任せに抵抗する者、自らの最期を覚悟して従う者。逃げようとする者もいたが私の魔法で両階段の防火扉を閉めてやると、閉じ込められたことを察して黙って従った。結局、私の強大な『魔法』の力の前に有象無象は揃って椅子に縛られた。
参加者たちは上半身を背もたれに、両足を椅子の脚に麻縄で縛られ、窮屈そうに手足をもぞもぞと動かしていた。先刻まで魔女が座っていた席に腰を下ろすと、私は一人一人の顔を眺めた。すすり泣く女、表情を曇らせる男、困惑して今にも卒倒しそうな面々は見ていて痛々しい。
「お、俺はもういいんかいな……?」
徹田が最後に捕らえた中年男性を椅子に縛り上げ、おずおずと尋ねた。
「ああ、もう結構だよ」
「ほ、ほんなら、俺は……」
「用済みだ」
私は雑然と杖を振ると、彼の体が動き出す。
足を引き摺り、つま先を床にこすりながら、のろりのろりとそこに向かって歩き出した。
「いや、あの……、やめてえな。それは嫌や」
広間に小さな悲鳴が上がる。
「違うんや。体が勝手に動くんや……」
彼の浅黒い肌が徐々に明るみを帯びる。
瞳にゆらめく火の手が映る。
「嫌や、嫌や、嫌や!」
激しく燃え盛る暖炉の前で立ち止まると、首だけを捻って振り返り、懇願するような怯えた瞳を私に見せた。それが、合図。準備が出来たようだな。いつでもいい、お前のタイミングで飛び込め。
徹田は頭から火の中に突っ込んだ。
手足をジタバタとさせ、火花を散らしながら必死に内壁を殴りつける。しばらくして火に包まれた徹田が苦しく悶えた様子で飛び出してきた。エビ反りの状態で苦しそうに呻いている。激痛に悶える喚き声の中に混じらせ、何かを言っていた。私に何かを伝えようとしていた。しかし、既に彼の喉は焼け焦げ、言葉を話せないようだった。
『先輩、話が違うやないか』
私にはそう言っているように聞こえた。
恐らく、いや、間違いなくそう言っていた。
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