#80 Sign
「魔女に似ていた?」
大野碧は首を傾げた。
「ちょっとやで? ちょっとな、似てたんや。な、皆もそう思ったやろ?」
石波の言葉にサクラ達はぎこちなく頷いた。
「似てるってどういうところが?」
「風貌や。髪の長さとか、スラッと背の高いところとか、メイクの感じとか。とにかく雰囲気から何まで似てたんや」
「男のアンタに何でメイクの事まで分かるんよ」
「はあ? 別に、男とか女とか関係ないやろ。人様に見せるためにメイクしてんねんから男でも違いはすぐ分かるわ」
大野碧は「それもそうね」と言って肩をすくめた。
「で? 死んでるはずの魔女が、じゃあ、自分を殺して、そのあと暖炉に火を点けたってアフロ君は言いたいん?」
「いや、そういう訳やない。その正体不明の女が火ぃ点けてる間、足元で魔女は確かに倒れとった。清さんが死んどんの確認した後やったからな、間違いないで」
「ってことは、やっぱり、魔女によく似た誰かが彼女を殺して火を点けたって訳ね」
「ホンマ気味悪いけどな。こんな山奥の洋館に知らん人間がおるなんて考えただけで震えんで」
「知らない人間ならまだいいんよ」
石波が眉をひそめる。
「知らない人間の仕業なら私はまだ怖くないんよ。だってその人のことよく知らないんだから。でも本当に怖いのは、魔女に変装した誰かの犯行だったらって考えるともっと怖いんよ」
「えーと、つまり、どういうことや?」
「魔女の姿に変装できるってことは、彼女の髪型とか雰囲気とかを知ってるってことだから、私たちの中に犯人がいるってことになる。しかも、私達〝魔法使い〟より〝サクラ〟の方が圧倒的に可能性が高いと思うんよ」
「何でや? 俺らサクラは全員大広間におったんや。自分で火付けて自分で死にそうになる奴がおるかいな」
「でも私達は今日初めて魔女に会った。あなた達は半年もの間、彼女と稽古を積んできたんよね? 彼女の姿に扮する準備と時間は十分あったと思うけど?」
「まあ、なるほど……、でもなオバはん」
「お、オバ……? あなたと殆ど年変わらないんよ……っ?」
額に血管を浮き立たせる大野碧を無視して石波は続けた。
「別にわざわざ魔女に変装する理由はないんちゃうか。むしろ目立ってしゃあないやろ」
大野碧は自分の額を二度平手ではたき、石波の〝オバはん〟発言を脳内から掻き消してから、ぐっと眉の間に力を入れた。
「ここからは私の考えだけど、犯人としては目立ってよかったんよ」
「目立ってよかった?」
「そう。あのさっき大広間でやってた、あの……、レボリューション?」
「レビテーションや」
「そう、そのレビテーションをやってる時に、魔女の化身とかいう奴の声がしたんよね? 確かそいつが言ってた、『魔女はこの世ならざる者を従わせて』『人を殺せば魔力が手に入る』って。つまり、犯人はそれを実践しようとしたんじゃない?」
「いや、待て待て。悪いけど、アレはただの演出や。ホンマに人を殺して魔力が得られる訳やない。それに……、魔力なんて存在せえへんのや。信じる方がどうかしとる」
「はあ……、呆れた。それを信じさせるのがあなた達の仕事だったんでしょ?」
「カラクリは全部明かしたからな。もうどうでもええわ」
「でも、それはあなた達サクラにとってはの話なんよ。私達からすれば、あの時点ではまだどっちつかずの状態だった。いえ、中には信じてる人もいたはずなんよ」
「ほんなら、『魔力の存在を信じた参加者が魔女を殺して、且つ、火を点けて俺らも殺そうとした』って訳か? それ言うてもうたら、アンタら魔法使いの中に犯人がおるってことになるやないか」
石波の言葉に大野碧は鼻白む。
それから、ああでもないこうでもないと説明を繰り返すも、彼女の推理は堂々巡りし、やがて重い沈黙が降りた。
「あ、あの……」
伊谷がおずおずと前にやってきて、我々の前に手帳の端切れを掲げた。
「少しこれまでの話をまとめてみました。字が小さいですが、順にこれを読んで私の話を聞いていただけますか?」
《魔女殺しの犯人像》
・髪の長い女性
・レビテーションに参加していない人物
→『白居美佳』『身元不明の侵入者』が容疑者として浮かび上がる
《放火魔の犯人像》
・髪の長い女性
・魔女に似た人物
・大広間にいなかった人物(AED、衛星電話捜索班等)
→『白居美佳』『椿結衣』『佐々文乃』『身元不明の侵入者』が容疑者として浮かび上がる
「疑義を挟みたい箇所もあるでしょうが、中立的な立場で考えると、このようにそれぞれ容疑者が浮かび上がるのではないでしょうか?」
伊谷信也が全員の顔を窺うと、大野碧が面白くない顔をしていることに気が付き、慌てて口を開いた。
「わ、私の証言で、犯人像が女性に限定されているのは非常に申し訳なく思います。ただ放火魔についてはサクラの皆さんも女性であることを確認されていると思いますので、まず、間違いはないと見ていいと思うのですが……、ミドリさん、どうでしょう?」
伊谷が眉を「へ」の字に曲げて腰を折る。
「なんでアタシに聞くんよ。何も言ってないでしょうが」
「いえ、何かお気に召さない様子だったので」
「そういう訳じゃ……なくはないけど」
「や、やっぱり、すいません。私の立場でこんなことを申し上げるなんて」
「ああ、もう! 違う違う! 違うんよ」
大野碧は溜息をついて、伊谷が掲げる紙切れを鋭い目つきで睨む。
「こうして見ると、白居美佳が……一番怪しいんよ」
誰かの生唾を呑みこむ音が聞こえた。
「企画者の立場なら、演出も、人配も、建物の仕掛けも全て思い通り。人知れず魔女を殺すことも、細工した暖炉に火を点けることも、思い通りって訳なんよ。そして裏で指揮を執るはずの彼女がいまこの洋館にいない。これってもう彼女を疑わない理由がないんよね」
大野碧は口を固く結び、悩ましそうに黒目を右から左に流し、やがて私の姿を捉えたところで、口を開き、そして躊躇った。
私は彼女の視線に気が付かないフリをして壁の一点を見つめた。そうして私に矛先が向かないようにしていたが、また一つ、男の微睡む双眸が私を舐めるように見ていることに気づいた。伊谷信也だ。その眼はただ大野碧の鋭い視線に刺される私の身を案じているようだった。
そしてもう一人、ビー玉のような透き通る瞳が私に焦点を絞っている。あれは藤森千紗だ。救いを求めるような瞳が私をじっと捉えていた。
三人の言いたいことは一つ、白居美佳の所在を本当に知らないのか。
姉である彼女が今どこにいて、何を企んでいるのか、そのことを私に問い詰めたいのだろう。ただ私が一度「知らない」と答えたので、再びその質問を繰り返すことができなくなっていた。遠回しに姉を刑台に差し出せと言うようなものだ。人のいい彼女たちには無理だろう―――――。
「あ! そういや、白居さんの弟が参加しとったよな?」
アフロヘアーの石波が廊下に響くほど大きな声を上げて、ゆっくり私の顔を見た。
「なあ、アンタやったな。アンタやったら分かるんちゃうんか?」
御三方には悪いが、こういう図太い神経がないと真実にはいつまでたっても辿り着かないんだ。たとえ私が姉の居場所を知っていようと知らまいと、彼女の計画の一端を担っていようといまいと、この旅行の本当の裏側を知っていようといまいと、それらに関わらず小さな疑問の種は拾い上げておいた方がいい。
「白居……正臣さんやったな?」
石波が私と目を合わせる。
いよいよか。
それが合図だったな……、
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