#76 whydunit

「まず状況を整理しよう。『誰が』魔女を『どうやって』殺し、『なぜ』殺したのか。この三つの点について考える」


 俺は人差し指を突き立てる。


「まず、『誰が』だ。消去法でいくぞ」

「まずオレらには無理やな、サクラが一人でも欠ければレビテーションが成功せん」


 石波が両手を大きく広げて答える。

 俺は頷き、他の奴らにも視線を配る。


「俺たちに出来ひんいう事は一般参加者にも無理や。一人ずつ漏れなく頭を叩いとるはずやから、あん人らにも出来ることやないすね」


 俺はあの女――――椿結衣の顔を思い浮かべていた。

 奴は一般参加者にも関わらず『魔法』を駆使していた。杖の先端に取り付けられたLEDランプの電源を入れられるのは俺たちサクラだけだ。それも担当となっているサクラにのみそのスイッチが握られている。担当は確か……、だ。奴はどうやってかそのスイッチを手に入れた。『誰か』に挙げるなら俺は迷いなく椿結衣を挙げる。しかし、担当がとなれば、しばらく様子を見てから話した方がいいだろう。


「そういえば―――――」


 徹田が意味ありげな笑みを浮かべる。


「一般参加者の人数は10人、対する俺らは12人。俺らの方が一般参加者より人数が多い。皆さんも分かってやと思うけど、厳密にはレビテーションに参加してへん人間がおるよな?」


 全員に緊張が走る。その目は自然と件の二人に向けられていた。


「俺と……、だな」


 俺は怠そうに手を上げ、そして視線をある女の足元にやった。

 齢五歳の天才子役少年―――――〝志村〟は変わらず怯えた目で大人たちを見上げていた。徹田は鼻で笑って説明を続けた。


「ただの子供やったら俺もこんなこと言わんすけどね。子役なんて大人欺いてナンボの人種でしょう? 正直言うて腹ン中で何考えてるか分かったもんじゃないんすわ」


 志村は話題の矛先が自分にあると気づいて目に涙を滲ませ、鼻をすする。


「ええか、志村ちゃん? 泣けば大人が解決してくれるんちゃうんやで? 人殺しても大人がナントカしてくれるんちゃうんやで?」

「おい、その辺にしとけ」


 俺は咄嗟に徹田の胸倉を掴み、突き飛ばした。

 徹田はよろめき、傍にいた石波の肩に捕まり体勢を立て直す。


「ガキ問い詰めて何になるんだよ。―――、志村はずっとお前の足にしがみ付いていた。そうだな?」


 劇団出身、母親役の〝陽野〟は短く「ええ」と返事をした。


「志村は確かに優秀な子役俳優だが、容疑者の役を演じるにはまだ早ぇ。陽野の足にしがみついてた志村に魔女を殺すことはできないはずだろ」

「だったら……、もう一人の容疑者は清さんってことになるんすよ?」

「俺だな。でも生憎、俺は暗闇で目が利かねえ。魔女を殺すのは不可能だ」

「そんなのココにいる全員が同じ条件すよ?」

「でも今はそう言うしかねえだろ。『誰が』と言われれば、俺は犯人じゃねえと言うしかない」

「……なるほど。分かりました。続けましょうや」


 俺は咳払いすると、開いた扉の先に目をやった。


「後は……、そうだな。AEDや衛星電話を探しに行った一般参加者の中にいるかどうかだ」


 石波が威勢よく手を上げる。


「ハイハイ! 一番怪しいんはやっぱり伊谷やな! アイツは俺らと違って暗闇で目が利く! アイツなら魔女殺すくらい造作もないで!」


 拍子に徹田が漫才よろしく石波の頭をはたいた。


「あでっ……、何すんねん!」

「ちゃんと考え言うてんねん……、お前が伊谷のそういう行動を見てたん言うんやったら伊谷はシロやろ? だから俺が一般参加者には無理やてさっき言うたんや、聞いてなかったんか?」

「アホ、オレにもそれぐらい分かってるわ。でも視えるちゅうことはわざわざ場所を移動せんでも人殺す術はあるっちゅうことや。俺も近くにおってハッキリと見えてた訳やないからな、例えば、吹き矢かなんかで急所狙うくらいのことはできるやろ」

「何の達人やねん。あの暗がりでそんな芸当できるかいな……」


 徹田は長い溜息をついて虚ろな表情をした。


「いずれにしてもその伊谷って男は『誰が』を突き止める上で重要な人物になるな」


 俺は組んでいた腕を解いて、「他に候補はいるか」と言った。

 反応はない。


「じゃあ、二つ目だ。『どうやって』魔女を殺したか」


 俺は人差し指と中指を立てる。


「さっき徹田から『吹き矢で殺した』という意見も出たが……、他の奴らはどう思う?」


「清川君……、ちょっといいだろうか」


 声を上げたのは、渋いハスキーボイスがお馴染み、老獪なマジックを得意とするマジシャン〝長崎〟だった。


「魔女は血を吐いて死に至ったようだが、実は私はそこに引っ掛かっていてね。我々マジシャンは人を欺く時、『行動は大胆に、言動は大袈裟に』を常としている。何重にもトリックを仕込むより、印象的な行動や言葉一つの方が簡単に人を騙すことができるものなんだ」


 長崎は遺体を遠巻きに眺めて苦々しい顔をした。


「先ほどの……、血を吐く場面は見ていてとてもショッキングだった。生気をなくし、人形のように力なく倒れる様子はまるでかのようでもあった。君たちの目には彼女が死んだように見えただろう? そして今も死んでいると思っているだろう? かく言う私もその一人だが、職業柄そういう見方もしてしまうんだよ」


 全員がそっと静かに遺体を見つめた。呼吸で胸が動いていないか、息を飲んで見つめる。


「彼女の死亡確認をしたのは誰だ?」


 長崎の言葉には既に回答が分かっているニュアンスが含まれていた。

 マズイな……。俺は舌打ちをして、また手を上げた。


「……俺だ」


 長崎は鬼の首を取ったとでも言うようにさらに言葉を続けた。


「清川君。今すぐ、ここで、もう一度だ。私達の目の前で彼女の息を確認してくれ」


 俺は顔を歪ませながら、長崎の言葉に従う。

 

「……」


 くそ、腹が立つ。俺がやって疑われてんだからお前らがやればいい。特に……、長崎、てめえに立証責任があんだよ。おめえがやるのが筋だろ? 死体に耳添えるのがそんなに嫌か? そういう所にお前の甘さが出てんだよ。だから最年長のお前じゃなく、この俺がサクラチームを任されたんだよ。

 長崎とはそういう確執もある。俺が心中を口にすれば、更に立場を危ぶめる。余計な混乱を生まないためにもここは黙って従うしかない。


 それに、何を隠そう、長崎は椿結衣の担当だった。このあと例の件で奴を問い詰めるつもりなら、つまらん事で刺激するのはよした方がいいだろう。


「……」


 俺は血まみれになった魔女の胸にべちょりと耳をくっつけて心音を確認する。……何も聞こえない。徐々に冷たくなる体に耳殻の体温が奪われていく。こんなんで生きてる方が可笑しい。魔女はもう死んじまったんだよ。


「死んでるぞ。見ろ、死後硬直も始まってる」


 俺は魔女の開かなくなった指を掴んで見せる。

 長崎がおぞましい者も見るような目で俺と魔女を見下ろしていた。


「確かに死んでいるようだが……、しかし、あの量の血を吐くなんてにわかに信じられん。まるでサスペンスドラマのような死にざまだったんだ……」

「ドラマみたいじゃ変か?」

「ああ、ドラマでは服毒して血を吐くシーンが散見されるが、あれは現実にあり得ない死に方だと聞く。外傷なしに致死量の血を体内から出すには胃の内側からテニスボールほどの穴を開けるしかないのだ。仮にそのための劇薬を飲んだとしても通常喉を通る時点で毒が浸透する……、胃に届くまでにだ。つまり、確実に毒を胃に届けるには他の方法によらなければならない」


 長崎は顔を歪ませた。


「例えば、注射という方法なら……君にもできただろう? 清川君」

「長崎さん、アンタ何言ってんだ?」

「まず魔女が血糊を使い、吐血して死んだように見せる。魔女がそのようなフリで倒れた後、君が介抱のていで近寄り、彼女の体内に注射を刺した」

「フリで倒れた? なんでそんなことをする必要がある?」

「君が魔女に一芝居打たせたんじゃないか?」

「は?」

「シナリオとしては不自然じゃないだろう? 私達サクラに知らせていなかっただけで『魔女はいちど死に、のちに蘇生する』なんて神秘的な魔法を演出しようとしていても不思議じゃない。魔女が無事に蘇生すれば二つあるシナリオは一つに集約される。魔女にそのように伝えて、吐血するシナリオを彼女に仕込ませた可能性はある」

「……なんで俺がそこまでしなくちゃならねえ」

「私は可能性があると言っただけだ。君が知りたがっていたのは、こういう些細な可能性の話だろう」


 飄々としていた長崎の顔がぐにゃりと歪む。コイツ、本気で俺を貶めようとして……?


「よせよせ……、なんで清川が疑われんだよ」


 颯爽と立ち上がる影、それは劇団の同僚〝唐沢〟だった。


「今まで俺たちチームをまとめてくれた功労者に対してその言い様はないだろ。皆も何とか言ってくれよ」


 重い沈黙が降りる。まさか本当に他の奴らも俺がやったと思っているのか? 誰が何を考えているのかとうとう俺にも分からなくなってきた。リーダー失格だ。


「何度も言うけど、清川が疑われる理由はない。コイツは誰よりも一番に企画の成功を願ってきたんだ……。魔女を殺す動機がないだろ?」


 最後のピース、『なぜ』がどうあっても俺の元には辿り着けない。他の二つが当てはまってもその『なぜ』だけは俺の行動原理に当てはまらないからだ。


 でもな……、一人だけ、その『なぜ』でさえ俺の犯行を裏付けることが出来る人物がいる。


 俺の暗い過去を知ってる―――――俺自身ならな。

 

 

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