第9話
職員室の前は、職員室の中から流れてくる声以外はまったくといっても良いほど聞こえず、人が居たとしても、隅で本を読んでいたりと全くといっても良いほど音を発していない。
そんな彼らを尻目に、白の映えるドアをノックする。
無機質な音が流れると、返事を待たずに扉をあけ、ズカズカと中に入っていく。
「……涼し」
職員限定で使える冷房を使っているのか、 廊下などとは大違いで一瞬で体に薄く纏った汗が消えた。
「えーっと……元根くん、だね? 何か用かい?」
「ッあ、あ。そうです。盾山先生にお呼ばれしたので」
「ふふっ」
涼しさに身をゆだね、声を掛けられて驚いてしまったのか可笑しかったのか、女性の先生が小さく笑い声を漏らす。
「ごめんなさいね。それで、盾山先生だったよね?」
「はい。お願いします」
「わかった。なら少し待っていてくれ」
そういうと、先生は丸く、安産型であることを服に上からでもはっきりと分かるくらいに強調されている臀部のついている腰を浮かせ、ここよりもっとおくの職員しか入ることの許されていない職員専用の部屋に歩いていった。
奥に行き見えなくなると、今度は先生ではなく壁に視線を向ける。
壁には宣伝のためなのか、地域の祭りや、ボランティアの勧誘、そして部活の活動日などの空かれた紙などが貼られてある。
俺はその中で特別枚数の多い、地域の祭りの紙を一枚手に取った。
内容はほど忘年会のようなもので、熱を乗り越えられたこと感謝し、これからも病魔にかからぬことを祈る祭りのようだ。
少し眺めていると、重い足音が近づいてくるのを感じた。
「お待たせ。それじゃあこっちに来い」
声が耳に入り振り返れば、先程の先生ではなく、俺を呼び出した盾山先生が暗い顔をして立っていた。
「わかりました」
祭りの詳細などが書かれている紙を、ポケットに入れることなどなく、喪とあった場所に戻し歩く先生についていく。
向う先は夏休み前も何度か茜のことでお世話になった談話室だ。
「……」
前回なども使ったのは盾山先生とだったのだが、今回は前回のようにたわいのない話などは一切とせずに、扉を開け、中に入る。
「そっちに座ってくれ」
中は外のようにコンクリーなどで作られておらず、木造建築で、比較的古い事が覗える鳩時計がかけられていたりなど、普通の生徒ならば目にかかれない場所だ。
だが先ほどの様に膠着などはせず、先生の言われたように対面するように置かれた椅子の片方に腰掛ける。
「よし。まずはこれを」
そう言って脇から出したのは、酷いほどの見覚えがあるブレスレッドだ。
下は平らで、上部が波のようにうねった青色のブレスレッドだ。
「……茜の、ですか?」
俺が夏休み中にプレゼントしたブレスレッドに似ていたのだ。
先生がこの部屋に俺を呼ぶとうことは、殆どが茜のことだ。それで似ているブレスレッドまで出されたのだ。
そうでないでくれと否定するように聞いてみたが、先生の首はゆっくりと縦に振られた。
「これは中庭の噴水近くに
少し傾けて輪の中の文字を見せてくる。
そこには間違いなく店員さんに彫ってもらった俺たちの名前があった。
きっと
ぎゅっと手に力を入れ握りしめてしまう。
ぶるぶると小刻みに腕が震え、腕からは若干だが筋肉が浮き出てくる。
それを見た先生が呆れたようにため息をつき、メガネを外す。
「元根、お前が今熱くなってどうする。お前は今どれだけ関城のことを気にかけてやれるかが大切なんだぞ。生憎だが私たち教員にはそれが出来ないからな」
先生はブレスレッドをテーブルにおき、席を立つ。
先生はメガネを外せば、高校時代にやっていた不良の口調に戻り、生徒との親近を図れるらしいが、その口調は教師に向いていないと、普段はメガネをかけて自分は教師だということで自制心を増やし、口調を抑えているらしい。
「安心していろ。もしも何か関城を助けてやれる策があるのなら、私が退職させられない範囲で手伝ってやるからよ」
「それ、殆ど手をくわえないってことじゃ」
「ごちゃごちゃうるせぇ。そんだけのことが分かるんだったらもう平気だな。それじゃあ私はもう戻るからな」
それは両方の意味で戻るということなのだろう。
先生はメガネを顔に持って行くと、耳にかけ、メガネをかける。するとさきほどまでの猫背のようにお砕けた姿勢は戻り、増えた口数も減った。
身だしなみを整えるように先生はスーツを引っ張りしわを無くすと、扉に手をかけてこちらに向いた。
「途中で投げ出す真似、すんじゃねぇぞ」
それだけ残し、先生は外に出て行った。
残ったのは、怒ったせいで減った体力を象徴するように力のはいらないからだと、左右に動く時計の重しの音だけだ。
その静寂に音を食わせるように俺は小さく口を開き、笑う。
「そんなの、当たり前だ」
テーブルに置いてあるブレスレッドを回収すると、俺も席を立ち、談話室から出る。
*
談話室を出ると、直ぐ前に出たはずの盾山先生の影は全くなく、いつの間にか戻っていた女性の先生がイスに座っていた。
「あ、先生。もう談話室には誰もいないんで。あとさよならっす」
「はい。さようなら、元根くん」
先生も俺に気付いたのか、柔らかい笑みを向けてくる。
軽く会釈をすると、俺は職員室からも出る。
ドアを開けてみれば、職員室に入る前と同じように、夏が終わる頃とは思えないほど蒸し暑く、言えば夏真っ只中と思うほど熱い。
「はぁ。これから帰らなきゃなんだな……茜、迎えに行くか」
軽く滲み出てきた汗を拭うと、ブレスレッドをポケットに入れ、教室を目指す。
途中の窓から差し込むのは、眩しいものではなく、夕焼けのように日が傾いた赤色に変わり差し込んでいる。
「俺、どのくらい談話室に居たんだ?」
階段や、教室の集まる廊下などにいた人は殆ど消え、部活で集まる人間以外は残っていないことが覗える。
「アハッ! キャハハハ!」
「ん?」
茜のいるはずの教室から女子三人組が甲高い笑い声を上げながら走り出してきた。俺の横を走り抜けるなり、こちらをじっと眺め、そして走っていった。
「何か面白い事でもあった……まさかッ!」
集団にとって面白い事。それは想像が出来るだろう。
他人に面白いことをして、仲間と楽しむ。
それは茜は一番といっても当てはまる事が出来るだろう。
簡単に言えば。
「――ッ茜!」
急いで教室に入ってみれば、茜の体には水がかかって服が所々透けていたりなどしている。
そう。水をかけられたのだろう。
「ッ!? ああ。ちょいと水をかぶってきただけだよ」
俺の声を聞いた途端、驚いたように肩を震わし、ゆっくりとこちらを向いた。
その顔は恐れ、そして後悔などの念に染まったように、普段の鋭い目とはまるで違い、覇気のない目になっている。
「そ、そうだ。熱かったからだよ。お前も汗かいてるだろ!?」
じっと茜を見て黙っていたことに不安が来たのか、誤魔化すように焦りと共に言ってくる。
「別になんでもいいよ。これ、着ておいて」
羽織っていた服を脱ぐと、茜の頭に掛けてやる。
服を頭から退かすときに出した腕を見れば、朝とは違うことに気付いた。
「あれ? 腕の」
「ッ……なんでもない」
急いで腕を隠し席をたち、ブレザーを着る。
浮かんでいた下着はブレザーで完璧に隠され、ひとまず安心できた。
「他人にお前の下着、見せるわけにも行かないからな。それじゃあ帰るか」
「……ああ」
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