第10章 存在ノ理由-11
一歩、また一歩と二人は宝箱ににじり寄る。
「爺さん、何か感じるか?」
「いえ……、私(わたくし)は何も……」
宝箱はもう目と鼻の先だ。このまま到達出来てしまいそうな勢いに、元はどう判断を下すべきなのか図りかねていた。
「なぁ、この世界ではこれが当たり前なのか? ゲームではさぁ、やたらめったら強い中堅ボスやら何やらってなるもんじゃん?」
しかし元の杞憂は取り越し苦労となり、二人は宝箱の前で足を止めた。
「これが金銀財宝だって?」
元の呆れる声は、ボロ木の寄せ集めで作られた宝箱に向けられている。大きさも片手に余るサイズで、とても金銀財宝が詰められているとは思えない。あっけなく迎えた結末に、元は大きく息を吐き宝箱に手を添えた。
「はは、やぁっぱガセじゃん。たく、みぃんなあいつらに騙されちまったんだ。仕方がねぇなぁ」
カチ
何の抵抗もなく開いた箱の中に入っていたのは、古ぼけた巻物が一つだけだ。今にも破れ落ちそうな年季物で、これまた価値が無さそうな代物だった。
「は、はは。巻物があっただけでも良しってか」
「……それだけしかありませんか?」
元は差し伸べられた掌に巻物を渡すと、箱を持ち上げ上下左右に覗き込む。しかし変哲のない小さな箱には、隠し場所などある筈もない。空(から)を証明するように、宝箱を逆さにして振って見せた。
「あぁ、これ以外何も入っちゃいねぇよ。何だよ、やっぱジプシー達に担がれてんじゃん。こんな物まで用意して、あの連中(ジプシー)もなに考えてんだ。
げ~あの女、荒れるな。面倒くせー。連中を追い掛けるとでも言わなきゃいいけど。あ、それはそれでいいのか」
「……そう、ですか」
フェルディナンドはそう呟き、巻物の紐を解く。落とされた声に違和感を感じ、顔を上げた元は思わず驚きの声を上げた。
「ん? 爺さん、顔色、超悪いぞ。大丈夫か?」
見上げた顔色は血の気が引いて、やけに青白い。立ち上がり覗き込む元に対して、フェルディナンドは心許なく微笑みを向けた。
巻物を綴る紐が、パラリと地面に落ちる。
「元殿は、扉を開けた事を後悔されたことはありませんか?」
「え? どうしたの、突然」
困惑から苦笑いを浮かべてみるものの、余りにも真剣な顔つきを無下にも出来ず、しどろもどろに言葉を綴る。
「えっと~まぁ……獣を狩って民を守ることには誇りを持っているし。これは俺たちにしか出来ない所業だし、別に後悔は……ねぇな」
エンダとして生きていれば様々な葛藤と直面する。確かに感情はもっと複雑だが、言葉にするのは難しい。しかし扉を開けた自身の決断を後悔したくない……そんな気持ちから出た言葉だった。
「あの世界で築かれた全てのものを投げ出し、こんな異世界であっけなく死んでしまうかもしれないのですよ? 獣の進化に追いつけず、いつの日か命を落とすかもしれない……大切な人を目の前で死なせてしまうかもしれません。それでも後悔はないと言い切れますか?」
大切な人を目の前で……フェルディナンドの問いに思わず声が詰まる。
「え……? えっとどうしたの? この宝箱に何の関係が……」
「私(わたくし)は……」
フェルディナンドは、元の言葉を遮り、巻物に視線を落としたまま言葉を綴いた。
「出来る事ならば、エミリーお嬢様を元(もと)の世界にお戻ししたいのです。獣を狩るなど、そんな修羅の道に身を落とされるような方ではございません。
もしこれが叶わぬのならば、如何なる獣を前にしても、お守り出来るような絶対的な力が欲しい……そう考えるようになりました」
「爺、さん……?」
ハッテン・ボルグ王国で聞いたフェルディナンドの話が脳裏を過ぎる。
【私も連れていって!】
余命いくばもないエミリーの為に、フェルディナンドはこの世界の扉を開けた。全てはエミリーが望んだ事だ。しかしエミリーが獰猛な獣と対峙し、常に命の危険に晒される現実に、フェルディナンドは後悔の念に苛まれていた。
巻物に視線を落とす傍ら、なおも元に問い掛ける。
「そういえば元殿……、獣は何故この世界に突然出現するのでしょうか?」
「……え?」
話の展開に着いて行けない。困惑から言葉を挟めずにいる姿を寂しげに一瞥すると、フェルディナンドは再度巻物に視線を戻す。
「私(わたくし)は常々不思議に思っておりました。何故獣は突然世界に出現し、民を襲うようになるのかと。
……ある狩りの時の話です。獣はエンダ同様、倒されれば消えて消滅してしまいます。その狩りで倒した獣が一瞬だけ……人の形を成したのです。えぇ、目の錯覚だったのかもしれません。しかし一瞬とはいえ、あまりにも鮮明で、今でも脳裏に焼き付いております」
「は?」
何を言われたのか、瞬時に判断出来なかった。それほど発せられた言葉は、未だ嘗て味わった事がない衝撃となって元を襲う。淡々と言葉を落とすフェルディナンドの声だけが広間に響く。
手元の巻物は終盤に差し掛かっていた。
「獣が、民を襲う獣が、エンダの成れの果てとでも言いたいのかよ?」
「……もと、エンダだった者でございますよ。私(わたくし)の疑心は、あるエンダとの出会いで確信に変わりました。
カラーで会ったその方は、以前仲間を異質な状態で失ったと聞かせて下さいました。
共に旅をしていたお仲間が、「この世界の民から「絶対奥義」の在処を聞いた」とそう申されたそうです」
元はピクリと眉を上げた。以前ハルと話した内容を思い出す。
「絶対奥義って、伝説の中の話……いわばお伽話だろ?」
【絶対奥義?】
書庫で本に没頭するハルに、元は鼻息を荒くして、カラーで聞いた話を興奮気味に捲くし立てていた。
【そ〜おめぇ知ってっか? この世界には、エンダの究極の技って言われている奥義があるらしいぜ。その技を習得すれば如何なる獣も打破出来るって話だ!】
【……何だ、究極の技とは?】
加えて「どんな獣もね……」そうハルが呆れる様に言葉を返す。
【それは……知らねぇけどさ、だからこそ究極なんじゃん? この世界を変える程の力らしいし】
白けるような表情を浮かべた後、それでもハルは読みかけていた本にしおりを挟む。
丁度休憩を挟もうと思っていたのだ……そんな思考など知る由もない元は、グッと身を乗り出した。
【お? 興味持った??】
顔を赤らめ鼻息を荒くする姿に、ハルは冷ややかな視線を向ける。この冷めた表情を見ると、一瞬にして元の浮わついた感情が萎んだ。
【都市伝説の様なものだ。何の根拠もない。そもそもこの世界を一瞬にして変える力など、今まで起きた試しがない。エンダが習得出来るのは四大奥義までだ】
そう淡々と言い放たれた言葉に、元は不服そうに頬を膨らませる。
【で、でもさぁ噂になるって事は、何かしらそう言われる根拠があるんじゃねぇの? ほら火のない所にって言うじゃん? エンダの中には、絶対奥義を追い求めて探索している奴らも居るって言うぜ? 浪漫だよなぁ】
夢を追い求める探求心は分からないでもない……元は視線を遠くに移すと胸を熱くした。しかしハルは更に口元を歪め、失笑を浮かべた。
【くだらん。自己能力の集大成と言われる四大奥義でさえ、習得には困難を究めるというのに。有りもしない架空の奥義に人生を費やすとは、な。獣を狩るしか能のない本質を忘れ、その生き方は無謀としか言いようがない。戦いから身を引けば、近い将来野垂れ死にするぞ。
まぁ、お前がその道を選びたいのなら引き留めはしない。生きたいように生きればいい】
そう言い放つハルに、元は反論の道を無くし【う、探したいなんて言ってねぇし。ちぇ……男のロマンが分からねぇ奴】そうブツブツと口を尖らせた。
元の額に汗が吹き出す。フェルディナンドの言葉が波の様に押し寄せてきて、一体何が起きているのか整理が付かない。
『いやいやいや! 爺さんがそんなお伽噺をマジで信じるなんて有り得ねぇ。てか、なんだってんだ?』
元の困惑に、目を細め小さく頷く。
「そうですね。確かに実際に習得したという話は聞きません。そのエンダのお二人も半信半疑のまま聞いた場所に向かい、そこで巻物を……そうこのような巻物を見つけたと申されておりました」
フェルディナンドはそう言葉にすると、ゆっくりと巻物を撫でてみせた。元の体にゾクリと冷たい物が走り抜ける。思わず巻物を奪い取ろうと手を伸ばした先に、光の盾が行く手を阻んだ。
「ちょ、い、いつの間に? 爺さん、何のつもりだ!」
「しかしお仲間は、その巻物を読み終えた後、獣に姿を変えた……そう申されておりました」
「何言って!? ……こ、こぉののおおおぉぉぉ!!!」
バリン!!!
話が終わるや否や、元は光の盾を粉々に砕いていた。獣の痛恨の一撃を凌ぐ盾だ。拳が鮮血に染まる。
話を信じた訳ではない。まるで夢物語で、誰が聞いても一笑される話だろう。しかしフェルディナンドの抱えた闇の深さを知るからこそ、体が勝手に動いていた。
しかし奪取した巻物は、次の瞬間には消滅し跡形もなく消え失せてしまった。息を荒くする元が次に見たものは、表情を無くし青白い顔をしたフェルディナンドの姿だった。
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