第6章 重なり合う道‐8

「あの……」

 背後からの声にハルが振り返ると、そこにはララに支えられたミディが立っていた。今にも倒れてしまいそうな位、その肌は血の気が失せていた。

「あ、あの、助けてくれて、た、助かったわ」

 声は震え、たどたどしく頭を下げる姿に、ハルは無感情な視線を向けた。そこには憤りも侮蔑も驕りも何もない。その真意が計り知れなくて、ミディはグッと息を呑む。

「お前の為ではない。飛び火で粛清の対象になるのを避けただけだ。自分の主張を突き通すのは結構だが、相応の責任が付き添うのも事実。自身が負える範疇を見間違うな。お前を助けんとして、仲間までも粛清の対象にされたくなかったらな」

 冷たく放たれた言葉にミディの表情から色が消えた。言葉一つ一つが凶器になって突き刺さり、事無きを得た事が奇跡の様に思えてくる。小さく震える体を支えながら、ララが大きく頭を下げた。

「ハルさん、ありがとうございます。あ、あのお金を遣わせてしまって、すみません。あ、あの……ハルさん?」

 自分に目線を据えたままの微動だにしないハルに、ララは思わず周囲を見渡す。しかし次の瞬間には、小さく声が落とされた。

「お前達の為にしたことではない」

「ハル〜カラーに居たんだな」

 元の野太い声と同時に、大きな手がハルの頭に添えられた。ハルはハルで更に無感情な表情を浮かべてその手を払った。

「いやマジでどうなる事かと思ったぜ。この世界の民に手を出したら、強制的に協会に突き出されちまう。俺ら民に対しては、潜在的に抵抗も出来ないからな」

 元は冷や汗を拭きながら、ホッと胸を撫で下ろした。元だけではない、この場に居合わせたエンダ達全員が同じ気持ちだ。酒が並々と注がれたジョッキを持つ手が、いつもよりも騒ぎ立てる声が顕著に物語っている。それ程の力が協会にはある。それが誇張でないことを世界が周知する程、絶対的な権力は細部に渡った。

「ミディ、元の言う通りだぜ。マジで気を付けろよ。協会に連行されたエンダが戻って来たって話は聞かないんだからさ。翌日、カラーの死亡リストに上がったっていう話まで聞くぜ」

「……粛清って嫌な言葉だわ。ミディ、本当に良かった。大事にならなくて」

 ナツメやララの言葉に、ミディは瞳を伏せると胸に手を置く。

『本当に危なかった。……この女の言う通りだわ。自分だけじゃない、皆まで対象にされるところだった』

 仲間まで巻き込んでしまったら、そう思うと心臓の高鳴りは中々収まってくれない。連行される仲間を助けようとして、パーティ全員が粛清されたなんて話もよく聞く話だ。

 

「皆が無事で良かったよ。ハルさん、ありがとう」

 心底安堵の表情を浮かべ、礼を述べるオプトを凝視して、ハルはその姿を見上げた。

「オプト、ここは騒々しい。外に出よう」

 他人とは極力関わらないように生きているハルらしくない……突然の申し出に覗き込む元を無視して、喧騒に近いカラーの扉に向かって踵を返す。

 外の陽の明るさに目が一瞬眩む。薄暗いカラーの中では、時間の感覚が薄れてしまう。真夜中のように賑わうカラーだが、既に太陽は高く登っていた。

 仁王立ちの姿で、オプトを見据えるとハルは淡々と言葉を向ける。

「今回の一連の出来事を解明しろ」

「え?」

「ちょ、解明しろって……ハル、何言ってんの?」

 さも当然と言わんばかりに、他のパーティのリーダーに指図する態度には開いた口が塞がらない。呆れた声で口を挟む元を無視して、ハルは視線をオプトから外さない。突き刺すような、全てを見透かされているような感覚に、オプトは抗えない、そう感じた。

「お前達が一緒に狩りを始めて、ほぼ一カ月だ。その間、何故あの男は換金しなかったのか? ま、換金すると言っても、民にとって手続きは容易ではないがな。しかし不自然だ。一ヶ月もの間の今日という日を何故選んだのか」

 その言葉に、オプトは顎に手を添えて思考を巡らす。一瞬流れた沈黙の間を縫って、元は対峙する二人に魅入っていた。

『……お似合いだな~』

 醸し出される雰囲気をどう表現すればいいのだろう。ハルにミディやララの様な派手さはない。しかしこの二人には、視線を外せなくなる何かがある。元はふと自分の全身に目を落としてみた。ゴツゴツした野黒い大きな体は、この場に不釣り合いだ……ふとそんな思考が頭を過る。

『馬鹿でぇ。エンダに容姿は関係ねぇじゃん』

 浮かんだ言葉が可笑しくて、元はボリボリと頭を掻いた。

 

「あの男が、計画的に俺達の前に姿を現したと?」

「偶然と言いきれば偶然なのだろう。しかし私はそんなに都合よく考えられない性分だ。そうは言っても、私は部外者。あまり表立って動きたくない」

 あんなに表立って事を沈めたくせに何を……そう全員が心の中で突っ込むが、誰一人口に出さなかった。今にもオプトの腕を掴んで歩き出しそうな勢いに、ミディが声を荒立たせる。

「ちょっと、オプトを巻き込まないで! 何かあるなら私に言いなさいよ。これは私の問題でしょ?」

「お前達はパーティではないのか?」

 この言葉に全員がピクリと反応した。向けられた言葉に触発されたのは一目瞭然だ。

『こいつら、仲間意識高いもんな~。全く、人を都合よく操りやがって……』

 元は強引な行動に深い溜息を吐いてはみるものの、その思考の行く先がハッキリするまでは、傍観する事に決めた。どうせ口を挟んでもまともに応えてはくれない。ましてや、元が口を挟んだところで、計画を辞めにする筈もなかった。

「ハルさん、あの男が何故我々の宝玉を狙ったのか、探ればいいんですね?」

「あぁ。それでいい」

 オプトは一度息を吐き、スッとハルを見据えた。

「分かりました。仲間が粛清されるのを守って頂いたんです。どこまで解明出来るか分かりませんが、やってみます……ハルさん、最後まで見届けてくれますよね」

 探る様なオプトの言葉だった。この一カ月もの間、ハルを一人にした……そんな気遣いも含まれているようだ。

「あぁ、仕方がないな。しかし一つ条件がある。私の行動に口を出すな。私はお前達の仲間になった訳ではない」

「え……と」

 元の頭は状況についていけていない。それはナツメ達も同じ事だった。

「ん~、ま、よく分かんないけど、オプトがそう言うなら、いいよ。で、これからどうすんの?」

 ナツメの言葉にミディも「原因が私なら、仕方ないじゃない」そうブツブツと呟く隣で、ララは「オプトが決めたならいいよ~」笑いながら頷く。

「えっと、これだけの町の規模だぜ? たった一人を見つけるって、結構至難じゃないか?」

 元は訳が分からないまま、そう問うとぐるりと周囲を見渡す。一軒一軒家を辿る訳にはいかない。それこそ不審者扱いされてしまう。


「あれ? そう言えば、タロは? どこ行った?」

 先程までの騒動中、ハルの肩にチョコンと乗っていた筈だ。それなのに、今は姿が見えない。

「タロはあの男を追って行った。じきに戻ってくるだろう」

「は?」

『追って行った? いつの間にそんな芸当が出来る様になったんだ!?』

 元は目の前がグラリと歪んだ気がして足元がよろめく。どうやらハルとタロの絆は、相当なものになっているらしい。自分の指示には見向きもしない姿が脳裏を過り、テンションが一気に下がる。


 外に漏れる程のカラーの賑わいを余所に、タロを待ち続ける時間は無言で過ぎていった。

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