第6章 重なり合う道‐7

「お~い、居ねぇのかよ? 」

 何度ドアをノックしても、部屋からは全く反応が無い。この数週間の間、すれ違っているのか避けられているのかハルに会えない。楽しい狩りの成果も話せず仕舞いだ。

『そりゃー、一か月間後に宿に居なかったら、別々に旅をするって約束事はあるけどさ……。ちぇ、面白い話が沢山あるのになぁ』

 そうブツブツと寂しそうな呟きを落として、今日も部屋を後にする。こんなに長い間、会えなくても平気なんだな……そう寂しく感じるのは、ずっと二人で旅をしてきたからだと、何度も言い訳を落としながら。



 そして約束の朝、元はオプト達と合流しカラーを訪れていた。

「今日も盛況だな。席、空いてるか?」

「う~ん、お、あそこ空いてるぜ」

 カラーは相変わらず、昼間からエンダでごった返している。ナツメが外れに一つテーブルを確保して皆を手招きした。

「先に換金してくるわ」

 大騒ぎするエンダ達の間をすり抜けるのも一苦労だ。ミディはそう声を掛けてカウンターに体を翻した。

 

 元が常設されている獣のリストを広げると、全員が食い入るように見入った。いつもこの瞬間には緊張感が走る。自分の力を見間違い、ここが生死の分かれ道になるかも知れないからだ。

『今日までは生きてこられた。でも、次の狩りでは解らねぇ』

ふと元は周囲のエンダに目を向ける。賑やかしい中に何処となく陰気な空気が漂うのは決して気のせいではない。

「う~ん、A’って本気で強そうだよね~」

「あぁ、でもこの獣だったら、ミディとナツメが突破口を開いて、俺と元がトドメを刺す。ララは全体をフォローって、いつもの作戦で行ける筈だよ」

「ん―――――――。この獣は外したいな。あまりスピードのスキルが高いと、場所によっては不利だ。足場が悪いと俺の攻撃は半減するからさ」

「ていうかさぁ、ナツメは拳も使えって。足場が悪いのなんて十分に補えるよ。ホントに拳士なのか?」

 元が呆れ顔で放つ苦言に、ナツメは真剣な面持ちで右掌で制した。

「駄目、それは俺のポリシーに反するから」

「なんじゃそりゃ~」

 オプトがくっくっと、さも可笑しいと言わんばかりに笑う。

「年に二回位は見られるよ」

 ナツメが拳で戦うのは、よっぽどの獣と出くわした時だけらしい。今度の狩りで見れるかな……そう元がぼんやりと考えていると、ナツメが口を尖らせた。

「オプト~言うなって」

 余程の拘りなのだろう。顔を赤らめて落ちたぼやきは、全員の笑いを誘う。ずっと一緒にいたかのような安心感。そんな関係もあと数日かと思うと、元は不思議な気持ちに陥ってしまうのだ。

『もっと一緒に狩りが出来たら、楽しいだろうなぁ』

 

「ちょっと! それ私達の宝玉じゃないの!?」

 その時、ミディの怒号がカラー全体に響き渡った。この騒がしい中にあって、それを上回る声にカラーが音をなくす。

「ミデイ?」

 声の方向にララが焦って席を立った。ナツメが小さな溜息を吐く。カッとなり易い性格を、元の一件で諌めたばかりだ。

「あいつ、また……」


 ごった返すエンダ達を掻き分け進むと、ミディが見知らぬ男の首元を吊るし上げていた。カウンターからほど近い場所での騒ぎに、カラーの従業員達が身を固まらせて見守っている。

「……え?」

 オプトは眼前の光景に言葉を無くした。女性の力、なおかつマジッカーの力なのだ。にも関わらず、男は身動き一つも出来ずもがき苦しんでいる。

「ミディ!」

「こいつよ、私の宝玉を盗んだのは! 馬鹿じゃないの? ノコノコと現れて!」

「ミディ、離すんだ……」

「オプト!?」

 その表情からは血の気が失せ冷や汗すら滲み出ていた。始まりの地から共に戦ってきた。どんな獣を前にしても見せたことがないオプトの表情に、ミディの腕から力が抜けた。

「エンダじゃない」

「え?」

 信じ難い言葉だった。男の姿を見下ろしながら、ミディの身体から一気に血の気が引いた。眼下の男は、そのまま尻餅を付くと激しく咳込む。

「まさか……」

 元は、いや元だけではない。カラーの雑踏が一瞬で消え、居合わせたエンダ達が一歩後退さる。

「私……」

 ミディがブルブルと震える後ろで、カウンターが俄かに慌ただしくなった。エンダ達は一様に目線だけを左右に動かす。大きく動けば何が起きるかわからない。そんな空気がカラーに蔓延し始めた。

「違う! 私はそんなつもりじゃ……」

 カウンターに向かってミディは声を震わせた。しかしその声に耳を傾ける民は居ない。一人の従業員が縄を手にカウンターから飛び出した。

「だから、違うっ!」

「動かないで!!」

 ミディの悲痛な叫びと従業員の金切り声は、場の空気を一層凍らせていく。今この瞬間にも何かが弾けてしまいそうだ。カラーの店主は、溢れる汗を拭う事も出来ずに挙動不審で突っ立っている。

 

「待っ!」

 オプトが手を差し伸べ、一歩前に踏み出した時だった。

「ふぅん、盗むリスクを負う割に、随分と安いアイテムに手を出したものだな」

 静寂に包まれたカラーに、抑揚の無い低い声が響いた。

「……ハル」

 いつの間にか、ハルが男の前に膝を付く姿勢で座り込んでいた。声は消え入りそうな程小さかったが、静まりかえるカラーの中では良く通った。

「お前達、民の中では、呪いを纏うと言われているような代物だ。何故手を出した?」

 能面の様な表情に怯みながら、男は腰が抜けた様に動けない。獣と同義だと言わんばかりの怯えようだ。

「その男から離れなさい!」

 灯りが落ちたカラーの中で、ナイフを持った従業員達がハルを取り囲んでいる。こうなると、部外者のエンダ等に出来ることはない。ただただ傍観し事の成り行きを見守るだけだ。

「よりによって、エンダから盗みを行ったんだ。何かしら理由があるのだろう?」

 周りの雑踏など、全く意に介さない声は淡々と続く。抑揚の無いハルの声は、拘束力があるかのように従業員達の足を止めた。


「エンダにとって、この石は己の命そのものだ。何故だか分かるか?」

 そう言葉にすると、宝玉を男の目の前に持ち上げた。石に反射した光に怯え、男がビクリと身体を揺らす。

「石自体に価値がある訳ではない。所詮は獣の額にあった、それだけの話だ。しかしこの石は守るべき民の、お前達の存在そのもの。だからこそ我々は、命賭けて獣を倒す。その命の代償が宝玉(これ)だ。……教えてくれ、何故石を盗んだ?」

 ハルの表情は何の感情も映し出していない。しかし放たれた言葉の重さを感じ取ったのだろう。男は床に頭を擦り付けた。

「申し訳ございません!! お金がどうしても必要だったのです。本当に申し訳ございません!」

 居合わせた全員が、この後の展開を読めずにゴクリと息を飲む。それはエンダも、この世界の民も同じだった。出来ればこの場から立ち去りたい……そんな重々しい空気が流れていく。

 

 男の言葉を受けて、ハルは男を見据えたまま、店主に声を掛けた。

「店主、この男はエンダの宝玉を盗んだ。しかし反省をしている。このまま許してやってくれないか?」

 店主は、カウンター越しにその大きな腹を揺らしながら、従業員に向かって手を伸ばした。促されるように、皆がカウンターに戻って行く。

「あ……あぁ、ぬ、盗みはいかんな。でもエンダ様、確かにこの男も反省しているようだし、許してくれるかい?」

 店主は引き攣った笑いを浮かべ、ミディに向かって声を上げた。声は明るく振舞っているが、言葉の端々が震え続けざまゴクリと生唾を飲む。

「勿論さ! 誰だって間違いはあるよな。いいよ、許す、許す!!」

 言葉を返せないミディに代わってナツメが軽く笑い飛ばす。当のミディは、体を強張らせ手を胸の辺りで組んだままだ。


 ハルは依然静まり返る店内とエンダ達を見渡すと、おもむろに腰袋を取り出した。

「騒がしたな。ここは私の奢りだ。楽しんでくれ」

 そのハルの手元から、Aクラスの宝玉がゴトリと転がった。Aクラスの宝玉とは、パーティが数ヶ月間遊んで暮らせる価値があるものだ。エンダ達の歓声が一気に弾け、静寂を打ち破るかのように陽気な声が響き渡った。

「ヒューお嬢ちゃん、太っ腹だねぇ! 有り難く頂いちゃうよ!? よっしゃ~、酒を樽でもってこい!」

「ひゃー、久し振りのご馳走だ。こっちにネビールとロブスター香草焼き! 後、アスパラポテトのチーズ焼きと、塩豚のペペロンチーノ大盛り!」

「おいおい、こっちの注文が先だ! ビーフストロガノフにモリモリサラダと白レバーのパテ! えーと、えーと……取敢えず何でも持ってきて!!」

 様々な注文が飛び交う中、元達はハァと深い安堵の溜息を吐いた。場の空気を変えようとしてくれているエンダ達に、心の中で礼を告げる。無事に済んで良かった……今はその安堵感しかない。


「嬢ちゃん、上手いね~、何とかまとめてくれて、助かったよ」

 カラーの親父は汗を拭うと、ハルに目を向け、安堵の溜息を吐いた。しかし当のハルは、鋭い視線を店主に投げ付け、厳しい口調で叱責を飛ばす。

「店主、カラーに民を入れるとは何事だ。我々は民を意図的に傷付ける事は出来ない。しかし不慮に傷つける可能性はゼロではない。ここは民と一線を画する唯一の場所だからこそ、エンダはカラーに集まり金を落とす。

 そんな場所に民が紛れ込むなど前代未聞だ。こんな状況でお前達に粛清されて、協会に突き出されたりしたら、カラーの信用はがた落ちだぞ。協会が関与してきたら、この店もただでは済まない」

 鋭い視線と畳み込める物言いに、大量の汗が噴き出した親父は、

「う! こっちも気をつけているんだが。参ったねぇ、町の人間が入り込むなんて思っちゃいね~からなぁ。でも穏便に済んで良かった、良かった!」

 そう言うと、でかい腹を抱えながらそそくさと店の奥に引っ込んでしまった。何とか収束に向かったカラーを見渡し、ハルは目線を下に落とすと小さな息を付いた。

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