第6章 重なり合う道‐6

「地を這う地獄の炎よ 救い無き罪深い魂に永遠なる終焉を 聞け 地獄の門」

 ミディがまるで歌う様に呪文を唱えると、バトルドレスの大きく大気に揺れた。ミディのバトルドレスは、赤の長いジャケットコートに、黒のショートパンツ仕様だ。後方で戦うエンダの為、身体を守る防具はなく、ファッション性に富んだ作りとなっている。

 魔法が獣を包み込み、そして爆音と共に弾けた。いくつもの炎の球体が何十にも重なり合い、獣の周囲に地の底を揺らす重低音が響き渡る。

『ひゅ~マジッカーの魔法って、迫力あるなぁ』

 黒魔術に慣れていない元は、ミディから派生した魔法にゴクリと息を飲む。ヒーシャの魔法が荘厳な音楽ならば、マジッカーの魔法は打楽器を打ち鳴らす音がする。

 魔法の効果が終息に向かう頃、獣が消し炭の様に黒く小さくその姿を変えた。

「や、った……?」

 今では原形を留めていないが、巨大な芋虫の姿で出現した時は、一瞬全員が一歩後ずさった。特にララは苦手の様で、顔を引き攣らせ、小さくガッツポーズを決める。皆が安堵した時、オプトが厳しい叱責を飛ばした。

「まだだ!」

 その声と同時だった。もとの体の半分にも満たない消し炭が、パクリと真っ二つに割れたのだ。

「え? 嘘〜」

「孵化? そんなタイプ!?」

 皆がザッと戦闘態勢を整えた瞬間、獣は蛾の成虫の姿で空に飛び出した。

「まずい!!」

 元が地面を一気に蹴り上げて、空を飛んだ。

 空中戦は何倍も分が悪い。このまま逃げられでもしたら、空を飛ぶ獣など被害がどれ程広がるか分からないのだ。

 元の剣が獣の腹部を捉えた時、突如光の粒子が視界を奪う。クラリと意識が遠のき、剣先は羽を掠めた程度だ。

 羽を傷つけられた獣が、飛行高度を下げたのを見計らい、ナツメが大地を蹴り上げた。その渾身の蹴りが、獣を地面に叩き落とす。しかし元もまた、受け身が取れずに地面に強く叩き付けられていた。

「動かないで、毒が回る!」

 毒で薄れゆく意識の中、ララが駆け寄る気配を感じる。柔らかい掌が体に触れた、そう感じた直後、消えゆく自我が突然くっきりと鮮明になった。ぼやける視線の先には、手から光の花弁を溢れ出させたララの姿が映る。

「ゴホッ……サンキュ、ララ」

 体に毒が回る感覚というのは、全く慣れない。おぞましい感覚に、元が一つ溜息を吐く。

「ギガ ヒュート」

 ナツメの攻撃で岩にめり込んだ獣が、岩を砕き空に舞い上がろうと羽根を広げた時だ。オプトの呟きが、元の耳にハッキリと届く。剣を抜いた……次の瞬間、獣は塵の様に消滅していた。

「……!」

 元は膝を付いたまま見惚れるように、オプトの技に暫し動けず瞳を細めていた。

 

「元、どうぞ~」

 ララが革袋に入ったお茶を差し出す。皮の内部に特殊加工されている為、お茶は未だ白い湯気を立てていて美味しそうだ。町に戻る道中での一時の休憩は、エンダ達の心をゆっくりと癒した。

「サンキュー」

 元達が一緒に狩りを始めてもう既に数週間だ。今では元もすっかりパーティに溶け込み、強力な戦士を得たパーティは、狩りの精度を格段に上げてた。

「やっぱ、戦士が二人居ると、狩りの安定感がパネェよな」

 ナツメがホォと煙草を吹かすと、ユラユラと白い煙が立ち上る。ナツメの言葉に重ねてララが弾む声で答えた。

「分かる~元が来てから狩りが楽になったもん! 加えて、オプトの技の切れも格段に上がったみたいだよ」

 二人の言葉に、オプトはキラキラと目を輝かせた。グッと前のめりして大きく頷く。

「そうなんだよ! 元の技の精巧さと言ったら……スッと獣の体に吸い込まれていく様だ。獣は切られた事すら、分かっていないんじゃないのかな?」

「嬉しそうだねぇ。普通はさ、悔しがるもんじゃねぇの?」

 クックッと笑いながら問うナツメの声に、オプトはボリボリと頭を掻くと少し顔を赤らめる。

「悔しいさ、物凄くね。でも何倍も嬉しいんだ! 元の技を見ていると、自分を冷静に分析出来る。こんな機会に出会えた事に、感謝するよ。反面、自分達も結構強くなっていたって思っていたのに、少しショックもあるかな」

 その真っ直ぐ過ぎる言葉に、元が「褒め過ぎだって」そう苦笑いを浮かべた。

「今の差は、経験の差しかねぇよ。色んな経験を積めば、その分選択肢が増える」

 ハルの言葉の受売りだが、経験を積めば積む程、その言葉の真意を痛感する。結局のところ、強さに早道はないのだ。狩りを繰り返し、力と技量を増やしていくしかない。元は両腕を伸ばし、オプトを見据えて言葉を続ける。

「俺も、うかうかしてらんねぇな。今回は俺にとってもいい経験になったよ。同じ戦士の技なんて見る機会なんてねぇし。めちゃ勉強になるんだよなぁ。特にオプトの技ってさ、自分と根本が近いっていうか、技が比較しやすいっていうか」

 その時、ふと元の脳裏にハルの言葉が過った。

【あのオプトという男、お前と同じタイプだ。中々客観的に己を見る機会などない。お前には、いい経験になるだろう】

『ハルの言う通りだった。しかしあの町中でホンの少し時間を共有しただけなのに、あいつ、ホントキモー』

 そう元は深く頷くと同時に、ハルの洞察力に思わず唸る。


「でもさ、勿論Aクラス以上ってハードルは未だ高いけど、何となく感じ掴めてきたよな。ホント、元のお陰だよ」

 ナツメの言葉に、皆が自信に満ち溢れた表情を浮かべる。元は「俺じゃねぇよ。お前らが凄いんだって」そう言いながら、苦笑した。

『自覚が無いって怖いねぇ。特にオプトの奴、大地に水が浸み込む様に、狩りの成果を余すことなく自分の力に変えて行きやがる』

 例えれば、元の強さは努力を重ねて鍛練した賜物だ。しかしオプトは違う。一言で言えば、エンダとしての素質だろう。

『こんな奴らが居るんだな……。たく、悔しいったら』

 どんなに努力しても届かない、絶対的な領域を目の当たりにしてしまったのだ。今は自分の力が上だが、いつか必ず抜かれる日が来る。しかし屈辱よりも、こんなに頼もしい人間がエンダとして戦っている事に、安堵と誇りを覚えるのも事実だった。

 

 元が深い感慨を受けていると、

「元、俺達のパーティに入らないか? ハルさんも一緒にさ」

「へぇ?」

 オプトの突然の提案に、元は素っ頓狂な声を上げた。何の冗談だと思ったのだ。しかしその表情は真剣そのもので、ジッと元を見つめる表情に、どう答えていいものか、直ぐに返事が出来ない。ナツメとララは微笑みを湛えて、元の一言を待っている。

「待ってよ、パーティの事なのに、勝手に話を進めないで」

 間髪入れずに、ミディが異論を唱えた。

「ミディ、昨日皆で話し合っただろう?」

「でも……やっぱり私は嫌なの! 勘違いしないで。この男が煩わしいとか、ウザいとかって理由だけじゃないから!」

『この男っていう時点で、深い溝を感じる。っていうか、俺煩わしくてウザイのね……』

 元の心境など気にも止めていないミディは、言葉を重ねた。

「だって……戦士はともかく、一つのパーティにヒーシャ二人って……無駄でしょ? 私はララ一人でいい」

「ミディ……」

 ララが申し訳なさそうな表情を浮かべる。ミディの言う通り、ヒーシャはパーティに必須だが、大所帯では無い限り複数人を抱える事はしない。やはり狩りで最重要視されるのは、攻撃力なのだ。ヒーシャを一人仲間に加える位ならば、戦士を追加した方がいい。攻撃こそ最大の防御……エンダの中で当然とされる見解だった。

 流れる沈黙に、元が慌てて言葉を挟む。

「あ、いや! オプトの誘いは超嬉しいけど、俺ら二人が性に合っているし。あいつ団体行動が出来る奴じゃねぇし! てか、ララのきめ細やかなサポートは、あいつには無理だから、あんなのと誰も比べられねぇよ」

 元々受ける気がない誘いだが、パーティを取り巻く空気に元はブンブンと両手を振った。

「元」

 オプトが残念そうに声を掛ける。元はパーティに馴染んでいるし、狩りに慣れた二人が仲間に加われば、狩りの精度を格段に上げる事が出来る筈だ。リーダーとしてのオプトの判断は間違っていない。しかしララを仲間として大事に思うミディの意見も、無碍に出来ない事も事実だ。

 オプトの呼び掛けに、小さく頷きを返し、元はハルを思い返していた。

『ハルはなぁ、ヒーシャというよりも、もう参謀って感じでララとかぶりはしねぇけど。多分ララが居たたまれなくなるな。……いやいやいやいや、そもそもあいつに他のパーティは絶対無理! 絶対「行きたければ、お前一人で行けばいい」なんて言うに決まってる』

 

 静まり返った空気を変える様に、ナツメが明るく声を掛けた。

「んじゃ、元との最後の狩りを決めに一旦町に戻ろうぜ! 次はどうする? Aランク? それともA’行っちゃう?」

「きゃ~A’? 初の試みだよね!」

「でもさ~元が居る内に、体験しておこうぜ。今の俺達だったら、いけんじゃねぇ?」

「ナツメ、強気~! でも疲れたよ~数日休ませて~」

 感覚を掴もうと、僅かな休みを間に挟みながらの狩りだ。大世帯で臨んでいるとはいえ、皆の表情には色濃く疲れが浮かんでいた。

「そうだな、ずっと狩りの連続だったから。三日位は休もうか」

「賛成~」

 そうオプトが微笑むと、ナツメとララが嬉しそうに片手を上げる。

「元は後一週間だろ? ハルさんと合流するのは。随分と待たせてしまったな」

「あぁ、気にすんな。あいつは好きな様にやってんから。でも最後に皆にハルを紹介したいなぁ! 愛想が無くて、自己中で、無表情で無関心で、性格きつくて、強引な奴だけど、まぁいい奴だからさ」

 確かに愛想は無かったが、とても可愛らしい風貌だ……ナツメはブハッと吹きだす。

「元~それ言いすぎ~。いい奴って、最後だけ取ってつけた様に」

「え? いや、マジでこんな奴だって!」

「ギャハハ~、俺ハルさんに言っちゃおうかなぁ!」

「いや、マジで止めておけ。お前、絶対痛い目合うよ。あいつの無表情を目の前にしたら、死ぬよ!?」

 真剣な形相にミディを除く全員が笑い声を上げた。ホントなのに……元の呟きが、小さく落ちる。

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