第5章 生業-11

 会話もそこそこに、ハルは町長達を急かし店を後にする。何故か先陣を歩くハルを追いかけて、町長とお付きの者達があたふたとついて行く。まるで屋敷を知って居るかの様な足ぶりだ。

「全く……招かれたっていうのに、あんな服で出席するつもり? 最悪バトルドレスでもいいけど、やっぱそれなりのかっこするべきっしょ。全く……おっと、そうそうタロの蝶ネクタイもいるよね」

 元はブツブツ独り言を呟きながら店の女将を呼んだ。

「テイクアウトで鳥の丸焼きを頼むよ。店にあるの全部ね」

「いやいや、もう水しか売れるものがないよ。ていうか店仕舞いだから」

 平然とそんな注文をするエンダに、女将は大きく汗を拭うと呆れ顔を向けた。女将だけではない。黙々と片づけを行っていた従業員達にジロリと睨まれる始末で、受けた非難の意味も分からないまま、元は居づらさに店をすごすご後にするのだった。

 

「あ~何、差し入れっかな。俺らだけ美味いもん食う訳にはいかんしな」

 昨日の荒れ模様が嘘のような快晴に、町は活気が溢れんばかりだ。夜の祭りは盛況になるに違いない。そんな光景が浮かぶと自然に顔が綻ぶ。

「良かった、良かった」

 そう鼻歌を交じらせ中央に歩みを進めていく。ふと一際賑わう市場に出た。大道芸人が至る所で芸を披露し、民族調の音楽は、町を一層賑やかなものにしていた。陽気な雰囲気に、元のテンションは底無しに上がった。

「お!」

 広場の中央の屋台に、巨大な牛を丸々一頭丸焼きにしている店があった。周囲には肉の焼けた香ばしい匂いが漂い、「腹八分」の元の食欲をいい具合に触発する。

「ウヒョゥ~、これが名牛かぁ。超、旨そう!!」

 丸焼きを前に元はジュルリと唾を飲み込み、牛の品定めに入った。軒先の肉の塊もいい具合に燻されているが、やはり店先の焼きが気になる。

「らっしゃい! あんちゃん、どの大きさに切るかい?」

 真剣に肉を覗き込む姿に、屋台の店主が勢いよく声を掛けてきた。元は指で顎を擦りながら丸焼きを指差す。

「んーちった~小さいが、こいつでいっか。あ、切らずにそのままで。おっと、包まなくて良いから」

「へ?」

 あんぐりと口を開けた店主に金を渡すと、元は肉汁が滴る丸焼きを串のまま肩に担いだ。

「なんだい、兄ちゃん。今からパーティかい??」

 怪訝そうに問う店主に、元は「大喰が居るんでな」そうニヤリと笑うのだった。

 

 町の外れには、大きな檻が三つ用意されている。大きな町には大概ある風景で、旅に同行させている獣専用の檻だ。町に連れて入る訳にはいかないので、ここで預かってもらうのがこの世界のルールである。ギヴソンレベルの獣であっても壊れない檻は、エンダに重宝された。

 町に立ち寄れば、毎回こんな狭くて貧相な檻に入れられてしまう。プライドが天井無しに高い獣(ギヴソン)だ。不名誉極まりない扱いに、いつもの如く暴れたのだろう。荒い鼻息が先程までの興奮を物語っている。

 まるで拗ねているかのように背中を向けてはいるが、気配を伺っては、立った耳がピクピクと動いた。元は笑いたい気持ちを抑えて、屋台で買った肉の塊を投げ入れた。

「おら、食え」

 漆黒の獣が飛ぶ様に肉に喰らいつく。元は檻の近くにドカッと座り込むと、二カッと白い歯を見せた。

「はは、やっぱり逃げなかったな」

 狩りの最中は、手綱を離すようハルから言われている。宝玉を額に持つけものだ。自分達に何があれば、民を襲わないとも限らない。しかし「こいつは、もう大丈夫だ」、ハルはそう言って、渋る元を半ば強引にねじ伏せた。しかしハルの言う通りで、この獰猛な獣は傍を離れようとしないのだ。

 他のエンダからは、寝首を狙われていると言われる事もある。しかしそのチャンスはいくらでもあった。命からがら生き延び、半分気絶している二人を町に運んでくれた事も一度や二度ではない。

 鬼のような形相で一心不乱に喰らい付くギヴソンを見ながら、

「……あ~ぁ、お前がもうちょっと可愛かったら、なぁ」

 そう本当に無意識に、本音が口から漏れた。元は小さい可愛い生き物が好きだ。タロなどはその愛しさ故の可愛がりに、うざがられる程の寵愛ぶりである。

 その瞬間、ピクンとギヴソンが反応し鋭い眼光が元を貫いた。

「あ、いや……、その……ごめん。えっと、ごめん」

言葉が通じる筈はない、無いのだが、元はバツが悪そうにペコリと頭を下げた。

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