第4章 始まりの地

第4章 始まりの地-1

 元達が町に足を踏み込んだ時、始まりの地と称される町は俄かに騒然としていた。異質な物を遠巻きに見る視線は、全て元達に向けられたものだ。ハルは首を傾げた。

「我々の何がそんなに珍しいんだ?」

「へ? 注目? ……あ~、こいつが珍しいんだろうな。こんな獣、ここら辺にはいないからさ」

 元は屋台の肉の塊に視線を釘付けにしたまま、自分の倍以上もあるギヴソンの手綱を引いて飄々と答える。獣を町に連れ込むのは当然禁止されているが、待機させる場所が無かった。もっと言えば、目を離すと何をしでかすか分からない為の苦肉の策だ。

 その言葉の通り、この町には似つかわしくない獣である。元に自由を奪われ大人しくしているが、獰猛な性質は隠しきれる筈もない。全面に押し出される殺気はダダ漏れで人々が警戒するのも無理もなかった。

『……まぁ、異質なのはギヴソンだけではないな。痩せて枝の様になった私も、エンダとして相当の使い手であろう元も、平和なこの町には不釣り合いなのだろう』

 今も至る所で、人々の笑い声が聞こえてくる。町の雑踏に気を取られていたハルは小さな息を吐いた。

『この町が、始まりの地。……やっと、やっとここまで来た。ここから、全てが始まる』

 これから始まる旅を思うと、浮かれても居られない。しかし、何とも穏やかで心が軽くなる町にハルは目を細めた。何処からともなく聞こえる笛の音、鈴の音、軽やかな音楽。この町に踏み入れるだけで、心が軽くなるようだ。見るからに平和そうな町は、獣の脅威など全く感じさせない。

 ハルはこの世界の民に目を向けた。

『同じ姿形ではあるが……どこか纏う空気が違う』

 ぱっと見は自分達と全く遜色がない。しかしどことなくエンダと呼ばれる人々と一線を画していて、生気を薄く感じる。

『しかし異世界の民が人型だとすると、あの生き物達は何だったのだろう。この場所で骸骨が待ち構えて居るかとも思ったが、今の処そんな気配は無い。……死んだと思っているのだろうか?』

 そう骸骨の姿を思い返すと、圧倒的な力を思い出し瞳を細める。

 

「おい、着いたぞ!」

 野太い声に、ハルは我に返ると顔を上げた。

「ここが「始まりの地」だ」

 元達の周りに、一風の乾いた風が吹き抜け、ハルの栗色の髪を揺らす。


 眼前に現れたのは、白く巨大な建造物だった。どのように建築されたのか頭を捻りたくなる程、建物の上の方は霞みがかっている。

「ここが? 始まりの地とは、この町の事を差している訳ではないのか」

 目を見開きながら問う言葉に、元は無精髭を擦ると眉を細めた。

「おめぇ、ホント何も聞いてないのな。大丈夫かな、納得してねぇと、結構……っていいか。取り敢えず、エンダに成ることが先決だもんな。

 始まりの地ってんのは、この宮殿そのものを差してんだ。町を訪れただけでは、エンダに成れねぇ事は説明しているよな。ここで洗礼を受けて、初めてエンダになれる。エンダにとっては、この宮殿から全てが始まんだ。ここが、「始まりの地」と呼ばれる由縁だよ」

  のどかで小さなこの町に全く不似合いな上、建物自体が尊厳且つ厳格の象徴だと言わんばかりだ。訪れる者達を圧倒的な存在感で威圧し、前に立つのも息苦しい。ハルは無意識に喉を押さえゴクリと息を飲んだ。

 

 建物の周囲には、ハルと同じ目的であろう人々が一際多く集まっていた。これから起こる事に集中しなければならないのだが、様々な思いが脳裏を過り気が散漫になる。

『生きてきた世界を捨てた事に、後悔している様子はない。何故あんなに意気揚々と……』

 その思いは非難や否定からくるものではなかった。そう思えた方が、どんなに楽だろうかと、心から思うのだ。ハルは元をチラリと垣間見て瞳を細めた。

『何故その人生を選ぶ事が出来たのかと、正直聞きたい位だ。……元がエンダと成ることを決めた日の事を、いつか聞く日が来るのだろうか……』

 

 たむろうエンダ達の間をすり抜けるハルに元が声を掛ける。

「おい、俺達はここで待っているから。戻ってきたら寄んな。話したい事がある。あ、それと「協会」の奴らを怒らせんなよ。面倒な奴らだから」

 それだけ言葉にすると、元は入口の端にドカッと座り込んだ。手綱を引く強さで、ギヴソンの体が土に沈む。そしてハルの後に着いて行くタロをガシッと掴んで、諭す様に言った。

「俺達は留守番だ。本人しか行けねぇンだ」

「キュー……ん」

 不服そうに鳴くタロに目配せをして、ハルは入口に踵を返す。眼前に立ち塞がる宮殿に足を踏み込む瞬間、

「あ、すみません!」

 建物の入り口で、小さな男の子が飛び出して来た。少年は大きく頭を下げると、跳ねる様に町に飛び出して行く。そうかと思えば、美しい女性が階段の隅で頭をもたげて座り込でいる。

「……」

 同じスタートラインに立つ人々を横目に、ハルは宮殿に足を踏み入れた。

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