#24 枷 (5)
考えてみたんだが、と本棚の間を歩き回りながらレイノルズは云った。――別にあのデカブツを殺す必要はないんじゃないか?
どういうことだ、とオスヴァルド。
爺さんが頼んできたのは奴らを大人しくさせてくれという話で始末しろってことじゃない。――だいたいあの数すべてを片付けるのは土台無理な話だ。こっちの弾が先に尽きちまう。
まァそれはそうだが。
奴らは音が弱点なんだろ。なんか凄い音を継続的に浴びせて地上に出てこられないようにするってのはどうだ。
窓際に立っているオズは外を見ながら云う。……悪くない案だが二つほど問題がある。まず一つにその“凄い音”を出せるような設備がない。
あんたもう忘れたのか。この図書館に好さげなものがあったろうが。
オズはしばらく考えてから思い当たった。……ああ、屋上の防災用スピーカーか。
レノが頷いてああそうだ、と答える。機械いじりは得意か、というレノの質問に戦前は設備管理が仕事だったという返事が戻ってきた。
――それならいけそうだな。頼むぜオッサン。
だがもうひとつの問題は奴らがどんな音を苦手としているかだ。あれこれ試すには時間が足りんし単に馬鹿でかい音を出そうと思ったらあのスピーカー程度じゃ出力が足りんぞ。
レノは本棚を平手で叩いた。――ここは図書館だ。図鑑か何か資料を漁れば有益な情報が見つかるかもしれない。
変異生物に戦前の知識が通用するかどうか……。
やってみないことには分からんだろ。
確かに。――他に有効な手もないしな。
幸い表紙だけは俺達が読める言葉で書かれてる。中身は爺さんに解読してもらえばいい。
字が読める人間が二人揃ってるのにあのご老体の世話になるとは思わなかった。
あんたがさっき殺しちまってたらそれすら出来なかったんだぞ。
オズは煙草の吸殻を携帯灰皿に入れて片づけると散弾槍を担いだ。――解読作業はお前に任せた。俺は屋上にいってスピーカーが使い物になるよう手を加えてくる。
ああよろしく。
何とも奇妙な話になってきたな。
何がだよ。
目の見えない化け物を倒すために目の見えない老人の助けを借りようとしているわけだ、俺達は。
それが
はっ。――まるで思いがけない名著に出くわしたみたいな物云いだな。
死神が階上に行ってしまうとレノは本棚の葬列に向き直った。世界中のほとんど総ての人間から見向きもされなくなってしまった知識の宝庫。レノも子供時代にはこうして本棚に向き合っては挫折することを繰り返してきた。それがこのような形で再び相対することになったわけだ。オスヴァルドが述べた通り何とも妙な気分にさせられた。
――過去の時代の息吹か、と老人の言葉を口の中で転がした。そして深呼吸してから目についた一冊目の本に手を伸ばした。
◇
解読作業には丸々ひと晩を要した。レイノルズは眠りこけようとする老人を叱咤激励して起こさなければならなかった。老人虐待じゃ、と抗議する彼に生き残るためだよと反論すること十数回。手当たり次第に持ってくるんじゃなくて生物学や自然科学の棚を探せと文句を云われた時にはもっと早くそれを云ってくれと口喧嘩になった。ようやく有益な情報が手に入った時には朝陽が空の向こうに差し始めていた。
眠い目をこすりながら手帳にメモをしてレノルズは立ち上がった。その袖をつかんで老人はこれまた眠そうな声で云う。
……急いだほうがいい。
何でだ。
お前さんには聞こえんかもしれんが下の方から奴らの音がする。
レノは急いで階段を駆け下り一階の様子を確認した。何もいなかったし何も聞こえなかった。がらんとした水浸しのフロアに生命の気配はない。二階に戻って窓から見下ろしたが路上には連中の影も形もない。振り返って老人に訊ねた。
――下の階には何もいないし図書館の入口は完全に崩落してるぜ。昨日散々痛めつけてやったから壁をぶち抜こうとしてくる奴もいない。
違うんじゃ。老人は激しく首を振る。――地下を掘り進めておる。じきに地表に達する。お前達に相当腹を立てておるな。
なるほど。レノは頷いた。……なるほど。
云うが早いかレノは全速力で階段を駆け上がり屋上で仮眠をとっていたオズを叩き起こした。事情を説明すると彼は欠伸をひとつ漏らしてから修理を終えたスピーカーを叩いた。
こっちの準備はできてる。そっちの収穫は?
あ、――ああ。これだ。
手帳のメモをざっと読んで大男のスカベンジャーはふんふんと頷いた。……人間の可聴域から外れた強烈な音波か、と彼は云う。これなら俺達はもちろんあの爺さんにも害はないだろう。――あとは奴らの耳が沼地にいたころと大して変異していないことを祈るばかりだな。
ああそう願うよ。
この音域となるともうしばらく調整に時間が掛かる。レノ、――お前はその間奴らを食い止めろ。
云っとくがあまり長くはしのげないぞ。
十五分、――いや十分くれ。何なら俺の散弾槍と弾薬も貸してやる。
そんな大砲俺には扱えねェよ。スピーカーに向き直って作業を始めたオズの背中を見ながらレノは云った。……散弾槍は俺達スカベンジャーにとっちゃテメエの分身みたいなものだろう。昨日までは赤の他人だった奴に気軽に貸せるような代物じゃないはずだ。
今に限っては一蓮托生だ。他人じゃない。――とにかく持っていけ。立射が難しいなら二脚を立てるなり瓦礫を利用して依託射撃すればいい。――お前が喰われて俺だけが生き残ったら死神や同胞殺しに加えてまたひとつ不名誉な称号が増える羽目になる。
じゃあ組合の酒場であんたに絡んでた奴の話はなんだったんだ。サイレクって名前のスカベンジャーのことで――。
――今はそんなことくっちゃべってる場合じゃないだろ。オズは背中を向けたまま鋭い声で云った。……すでに話したがあのチビは好い奴だった。だが非情になりきれないところがあってそこをつけ込まれて無法者に殺されちまった。俺が助ける
受け取った散弾槍を背負い上げてレノは背中を向けた。首だけを振り向かせて大男のスカベンジャーに何事かを伝えようと口を開いた。だがそれは言葉にはならずに喉の奥に引っこんだ。彼は口を閉じて首を振ると散弾槍を担ぎなおして階下へと駆け下りていった。
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