探偵・八朔御影は異世界で不敵に笑う
狐付き
第1話 探偵は異世界で神と会う
紅葉のシーズンも終わりを迎えつつある肌寒い秋の暮れ、犯罪者を乗せた旧型の覆面パトカーは中央高速を山梨から東京方面へ向かっていた。
「──ちっ、こんなオッサンに捕まるなんて今日はヤクビか?」
「おめえさんもいい歳してお遊びが過ぎんぜ」
狭い車内の後部座席で男がふたり、肩を並べていた。
ひとりはリーゼントに黄色い特攻服。さらしを巻きニッカボッカという、いかにも珍走団といったスタイルの男、
そのとなりで中折れ帽を顔に乗せ、足を助手席のヘッドレスト横に乗せているトレンチコートの男は、自称探偵の
全国指名手配の波町をある依頼で頼まれ、逮捕に協力といった感じだ。
「ちょっと、シートに足乗せないで下さいよ」
助手席に座っている若い刑事が八朔に文句を言う。だが八朔はいびきをかき寝たふりをし、聞き入れない。
「まあいいじゃないか。そいつのおかげで被害なく逮捕できたんだからな!」
運転席にいるラグビーが似合いそうなガタイのいい男、
「ケッ、ヒガイはあんだろーが! おれの奥歯どうしてくれんだ? あ?」
波町は八朔に体当たりをされた際にぶつけた紫色の頬を撫でながら苦情を入れる。
「なに、気にするなって。やったのは俺らじゃなくて便利屋だから警察を訴えても意味ないぞ。がはは!」
「探偵だっつってんだろサンチョさんよぉ」
「やっぱ起きてるじゃないか。あと俺はサンチョじゃない。
杉所は訂正するが、そんなことはどうでもいいと言いたげに、八朔は中折れ帽を顔に押し付け眠る姿勢に入る。隣に凶悪犯が座っていることを忘れてないだろうか。
「……おい、どこ走ってんだぁ?」
八朔は激しい振動で目を覚ます。顔に乗せていた中折れ帽を頭に置き、窓から周囲を確認する。
そこは角度のきつい斜面で、車は未舗装の草原を走って下っていた。
「おいおいおいサンチョさんよぉ、なにやってんのよ」
「うるさい! 俺だって意味わからないんだ!」
「ま、そりゃいいとして、そろそろブレーキ踏んでくんねぇかな」
「踏んで止まるなら苦労はないんだよ!」
草で覆われた急斜面だ。ブレーキを踏んだところで止まるわけがない。杉所が今できることは、横転などしないよう斜面に対し真っすぐ車体を保つことだけだ。
必死にハンドルを操作しているが、
「こりゃいよいよやばそうだな」
八朔は足を引っ込めシートベルトの装着具合を確認した。理由は斜面の先が見えなくなっていたからだ。
先が見えないということは、そこからは更に角度が急になっているということであり、今現在もう既に急角度だというのに、これ以上であるとしたら崖くらいなものだろう。
そして覆面パトカーは突き出した大岩にぶつかるまで崖を落ち続けた。
「────あづづっ。おぉ酷い目にあった」
ぐしゃぐしゃになった車のドアを内側から蹴破り、八朔は車から出ると手をズボンのポケットへ入れたまま首を左右に振った。
そして残骸を見て、無傷である己の幸運に感謝しつつ軽く身震いすると、車内を確認した。
「おーい、生きてっかぁ?」
声をかけるとうめき声で返事があったため、生きていると判断。潰れたフロント側へ回り込む。
「……わけぇのに。人生これからだったろうになぁ」
自分の前に座っていた若い刑事が絶命していたのを発見し呟く。尖った岩が横のガラスを突き破り、彼に直撃したのだろう。左の胸辺りから腕が潰れている。
もしこの車がBピラーのないタイプであったなら、八朔も無事ではなかったかもしれない。
「……ぐ、おおぉ。……ここは……? なっ!? カズ! 返事しろ! カズうぅ!」
杉所が目を覚まし周囲を見回し、もはや生きていると思えぬ若い刑事に向かって叫ぶ。
「そいつぁもう駄目だ。いいから早く出ろ」
「ふざけんな! カズぅ……畜生!」
杉所は叫び、ハンドルを殴りつけると、ドアへ手をかける。だがひしゃげてしまっているためびくともしない。
「あぁ、歪んじまってるからな。ちょっと気を付けろ」
そう言い、八朔はドアのヒンジの辺りをガンガンと蹴りつける。するとドアは剥がれるように落ち、ハーネスでぶら下がっている状態になった。
「相変わらずの馬鹿力だな」
「オレぁこれで食ってんからな」
「手を貸してくれないか?」
「生憎、オレぁ面倒なことしたくねえんでね」
杉所は八朔を睨むように顔を向けながら、渋々自力で外へ出た。
八朔は中折れ帽を掴むときと電子タバコを吸うとき以外、大抵手はズボンのポケットに入れている。理由は手を使うのが面倒だと言っているが、実際は色々と理由があり今回はおっさんと手を握り合いたくなかったからだ。
車から出た杉所は、まず助手席に向かって手を合わせる。
八朔は電子タバコを咥え水蒸気を吐きながら、拝む杉所の姿を見ていた。
「……仲ぁ、良かったんか?」
「恩人の息子さんでな。一から教え込んでたんだ」
「オレが見たことねえんだから組んで長かったってこたぁねえな。せいぜい数か月か」
「半年くらいだ。26で刑事になって、これからだってときだったのによ」
残念そうに話す杉所の背中を見つめたまま、八朔は水蒸気を吐き出す。
「……ときに便利屋」
「探偵だっつってんだろ。で、なんだ?」
「波町、見たか?」
「……そいやそんなやつもいたな」
ふたりは車両後部を確認する。
そこにはどこかへ顔をぶつけたのか、鼻血を流して気を失っている波町がいた。
「んで、なにがあったんよ」
波町が逃走していないことを確認したため、八朔は杉所から詳しく話を聞くことにした。寝る前は普通に道路を走っていたのに気付いたら野原だ。高速道路のフェンスが突き破れるはずないのだから、途中で降りたのかもしれない。
「そんなもん俺が聞きたい! トンネルの中走ってたら突然トンネルが切れて気付いたら草っぱら」
杉所が肩をすくめ、首を振る。本当になにがあったのかわからぬようだ。
八朔は電子タバコを咥え、少し首を傾げ考えたような仕草をし、空を見上げて勢いよく水蒸気を吐くと正面へ向き直る。
「確か警察って麻薬を押収してんよな?」
「そりゃまあ……って、俺はやってないぞ!」
どうやらラリっていたわけではないらしい。八朔の当てが外れた。再び首を傾げ考える。
「じゃあ眠ってたか」
「寝てたのはお前だろ! 俺は絶好調だったっての!」
これも違うらしい。では一体なにがあったのだろう。
あとここはどこだろうか。入ったトンネルからして大月辺りであることは確かなのだが、全く見当がつかない。
八朔はスマホを、杉所はガラケーを取り出すが、どちらも圏外。
それだけならまだしも、GPSも反応しない。
「崖登んねえと衛星掴めねぇか……」
八朔は崖下から見上げる。岩肌はゴツゴツしており、一応登れなくはない。
「ちっ、無線も駄目だ。どうするよ」
車載無線を調べた杉所が苛立った感じに言う。車が岩にぶつかったとき、バッテリーが破損したようだ。
「どうするもこうするも、オレぁ崖なんか登りたかねえよ」
「だからどうしたいかを言えよ!」
「上が駄目なら下しかねえだろ。……つぅか東だな。地理的に東へ行きゃあ東京だろ」
「だな。談合坂までもう少しだろうし、うまくいけば高速なり道路なりに出られるか!」
談合坂でなくとも、相模湖へ辿り着ければいい。その手前にも駅はあるし、民家や交番があればしめたものだ。
これからどうするかは決まった。あとは実行するだけなのだが、これから山道を歩くには色々と足りない。
とにかく移動するために必要なものはないか、八朔はひしゃげたトランクを蹴り開け中を物色する。
「ロクなもんねえな……おっと懐中電灯はもらっておこうか。あとは特殊警棒とロープね。そっちはどうだ?」
「こっちは発煙筒と警棒くらいしかないな!」
車内を物色していた杉所が答える。品物だけは色々あるが、役に立つかは別の話だ。
「おいコラ起きろ!」
一通り移動の準備を終えたところで波町を起こす。顔面を打ったせいで吹き出していた鼻血はもう止まっているし、呼吸と脈も正常なため、動かしても大丈夫であると判断。八朔が車から引きずり出し、杉所が揺すっている。
「う……ぶっ、げほっ、ごほっ」
鼻の奥を塞いでいた血の塊を口から吐き出し波町が起きる。そしてぼけた頭で周囲をゆっくりと見渡し、ほぼ全壊に近い状態の車を見つめると次第に表情が変わっていった。
「……おいおいおいジコってんじゃねーか! ジコってんじゃねーか!」
「何度も大声で叫ぶな!」
耳を塞ぎながら杉所が叫び返す。両者の声が崖にこだまする。
「んなこたぁどうでもいいけどよ、とっとと行こうぜ。暗くなっちまわぁ」
電波が来ていないため正確な時間と言えるかわからぬが、スマホの時刻は15時を過ぎていた。日もだいぶ傾き、地面には長い影が映されている。
「おいドコいこーってんだ」
全く事情がわからぬ波町が問う。だが八朔や杉所も事情がわからないのだ。一体どうしてこうなってしまったのか。
「とりあえず道があるところだ! お前も野垂れたくなけりゃ来い!」
「ちっ……うぐぁっ! なんだこりゃあ!」
立ち上がろうとした波町が転がる。彼の両手は背中で繋がれ、更に手錠の鎖と首をロープで繋ぐようくくられていたのだ。
「連続殺人犯だし、それくらいはやらないとな!」
「だからゴカイだっつってんだろーが! おれはやってねえ!」
「だったらなんで逃げやたんだこの野郎! 詳しい話は署で聞くからな!」
杉所は波町の上腕を掴み立ち上がらせた。
『遅れてすみませ!』
観念した波町が歩こうとしたところで、3人の前に小さめの人間のようなものがふわふわと現れた。
「……んだぁ? 落ちたとき変なとこでもぶつけたかね」
「奇遇だな。俺もそうらしい」
「お、おれはヤクとかやっちゃいねーからな!」
3人とも目の前に現れたおかしな物体のことを、崖から落ちたショックで見えているらしいと判断した。
『いやいやそういったものじゃありませ。現実です。リアル』
「サンチョさんよぉ、おめえさん腹話術とかできるわけ?」
「いや、お前のスマホのなんとかっていうアプリだろ!」
まだそこまでARの技術は進歩していない。
どうやらどれも違うらしい。ではなんだというのか。
おかしな物体は3人に対し、根気よく説明することにした。
「……つまりここは山梨どころか日本でもなく、地球でもねえっつーのか?」
『左様で』
「んで、この世界に現れたなんとかっつぅ奴を倒してもらうため神であるあんたがここへ連れて来たと」
『誠に』
「でもそりゃあオレらん乗ってた車の対向車線を走っていたバスに乗っていた奴を呼ぶためで、まさかオレらが一緒に来るたぁ思ってなかったと」
『仰る通りで』
「てめえふざけんじゃねえぞ! そんなことのためにカズを!」
殴りかかろうとする杉所を八朔は遮り、話を続けさせる。
「まぁ事情はわかった。んで、いつ帰れんだ?」
『彼らが”神殺し”を倒したらです』
「おめぇさん神なんだろ? だったら自分でやりゃあいいじゃねえか」
『まさか。相手は”神殺し”なんですよ。神を殺しちゃうんですよ。戦いたくないに決まってるじゃないですか』
神を名乗るこの存在は、身振り手振りで必死に伝えようとしているが、動きが奇妙すぎていまいち伝わっていない。
八朔は電子タバコを取り出し、大きく吸い込み、水蒸気を一気に吐き出す。
「あんたが戦いたくねぇっつぅのはよくわかった。だけどそれでオレら巻き込むのは違うんじゃないかい?」
『気持ちはわかりま。重々承知で。なので力をあげますからそれで日々の生活を凌いで下さ』
「力だぁ?」
八朔は胡散臭げな眼を向ける。
力なんてものは譲渡できない。もちろん金や権力イコール力という考えであれば可能だが、この物体からはそういった印象がない。
『ええ。何かを出すのは厳しいですが、今あるものをどうにかすることは可能で』
今あるもの。八朔と杉所は手持ちのものを確認した。これらをどうしたものかと考える。
「ちいとした疑問なんだがよ、力を得る必要あんのかい?」
『そりゃもう! 魔物はウジャウジャ、剣や魔法で斬ったっ張った、文明レベルはあなたがたから500年は遅れ、治安は微妙。自分の命は自分で買え!』
あまりの胡散臭さに顔をしかめるが、この神と自称する物体がふわふわ飛んでいる時点で、ないとは言い切れない。
八朔と杉所が頭を悩ませていると先に波町が話す。
「じゃあよ、このロープとテジョー外してくんねーか」
『お安い』
神らしきものが両手を上げると、パンという破裂音と共にロープと手錠が弾けた。
ここでようやく多少は信用できるようになった。手錠が外れるだけなら手品でも説明つくが、砕けるような代物ではない。
「なにしてくれちゃってるの。あいつ凶悪犯よ」
『凶悪犯だから生きなくていい道理はありませ』
八朔の苦情を神はしれっと流す。
それどころかまるで挑発するかのように両手で来いよと言いたげなジェスチャーする。そんなに願いを叶えさせたいのだろうか。
自由になった波町は、車のトランクから長物を取り出した。
「じゃー次こいつだ! こいつを切れ味バツグンのサイキョー剣にしてくれ!」
「それ証拠物じゃないか! とっとと戻せ!」
「木刀に切れ味もなにもねぇ」
捕まえたとき波町が持っていたため押収した木刀だ。朱塗りや漆塗りなどではなくシンプルなもので、お土産屋なら1000円くらいで売られているものだ。
『なんなり!』
神が謎のポーズを取ると、木刀の刀身が薄く輝いた。見た目は変わらないが、なにかが起こっているのは確かだろう。
その木刀を振り回して遊んでいる波町を無視し、杉所が神に訊ねる。
「ひとつ聞く。死んだ人間を生き返らせたりとかできるのか?」
『できますできます。というか死んでるなら都合がいいかもしれます』
若い相棒が生き返ると聞いて杉所は喜んだ。これで親に合わす顔ができる。しかし都合がいいというところにひっかかった八朔は、詳しい話を聞きだす。
どうやら死んだ人間を元の世界へ戻すのは生きている人間を戻すのとは比べものにならぬほど簡単らしい。だから傷の修復だけをし、元の世界へ戻してから蘇生させればいいというのだ。
そして生きている人間を元に戻す場合は莫大な力が必要であり────といっても神であれば問題なくできるのだが、その力に気付いた神殺しが来てしまう可能性があるためやりたくない。
「ということは俺たちも死ねば元へ戻れるんだな!?」
『通りで』
ここで皆の動きが止まる。それがわかったところでやはり一度でも死ぬのは嫌らしい。なにせ口ではこう言っていても確実に生き返れるという保証がないのだから。
杉所は八朔の顔を見たが、八朔はしかめた顔を横に振るばかり。
結局3人とも今戻ることは諦めたようだ。
「じゃあ改めて。こいつを無制限に撃てるようにしてくれ!」
若い刑事の処置が済んだあと、杉所は懐と腰からリボルバーとオート、2丁の拳銃を取り出した。
「おいおい、銃2丁は違反なんじゃねえの?」
「……1丁はカズんだ」
銃をあの場所へ放置するわけにはいかないため、持ってきていたのだ。
『お
神が両手を不気味にゆらゆらと揺らす。すると杉所の持っていた銃が黒さを増した。
試しに杉所はリボルバーを撃つと、炸裂音が谷間に響く。────5発、6発、7発、8発……。
「……マジでいくらでも撃てそうだな。なんか目ん玉くっついた巡査になった気分だ」
「サンチョさんよお、歳がバレるぜ」
「見たままだからいいんだよ!」
「それもそうか」
杉所は年相応の容姿をしているのだから、別に歳がバレたところでどうということはない。
『それでは最後あなた! 望んで力!』
「ん……オレぁ別に……あぁそうだ。んじゃこの電子タバコを無制限に使えるようにしてくれや」
『へ? でん、し、タバコですか?』
八朔の電子タバコは、ほぼ水蒸気しか出ない無害なものだ。傍から見たらタバコを吸っているように見えるだけの代物である。
『で、電子タバコとは……なにかの武器でしょうか』
「いんや」
リキッドをミストにして煙のような状態にしたものを肺へ出し入れするだけのものだ。彼のは特にニコチンレスどころかほとんど水とグリセリンである。
『私はそれで構わんですが、ほんとにその、いいんですか? 魔物とか襲ってきますよ?』
「んー、だけどオレぁ別に……んじゃよぉ、この帽子とコート。これも破けたり汚れたりしないようにできねぇか?」
『いやあのその、それは、はい。それほど理不尽な力ではないので服全部サービスしますが……』
「そんじゃそれで頼むわ」
『ええー……』
神は渋る。何故この男は戦うための武器を得ようとしないのか。
「オレぁな、この身一本で食ってきたんよ。今更武器持って戦おうなんて思っちゃいねえよ」
『……そうですか。ではあなたが健やかに生き残れるよう祈っておきませ』
「おー、そうしておいてくれ……っと、ひとついいか?」
『なんでも!』
やはり武器が欲しいのだろうと思い、神は不安そうな顔が少し嬉しそうになる。
「とりあえず町に行きてえんだが、どこ行きゃいいのかねぇ」
『え……その山を越えれば大きな町がありますん』
「おっけ、さんきゅ。んじゃあな」
八朔は手をひらひらと振り、神を追い払う。
神は何故か不服そうな顔で消えていった。
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