グラデーションクエスチョン

タガメ ゲンゴロウ

なぜ俺はあいつの笑顔を思い浮かべるのか

第1話 世界終焉時少女妄想と的外れな推理

 あいつはきっと、明日地球が滅びるとしても、呑気な顔で笑っているんだろうな。降り注ぐ隕石を指差して、すごーい、と小学生みたいな感想を漏らすのだろう。


 そんな姿を、俺は目を閉じるだけで簡単に思い浮かべることが出来る。あいつのすることなんて簡単に推理できる。


「それはつまり、君がどれだけ彼女のことを愛しているかを証明しているということかな」


 目の前の椅子に、胡坐をかいて座るジャージ姿の美瑠子は素っ頓狂なことを言った。

 学校指定のジャージを着てはいるが、俺が通っているこの学校は制服登校を義務づけている。なのに美瑠子は平然とジャージを着てくる。何度か指導されている姿を見かけるが、大人の意見など一切気にしない姫のような態度で、教師陣の教えに背き続けている。


 そんな変人中の変人である美瑠子の、変な発言に不快感を覚えながら俺は反論を始めた。


「どうしてそうなる?」

 美瑠子は餌に魚が喰いついたことを察したようで、してやったりの笑みを浮かべた。俺は間抜けな魚らしく、誤解を解くまで食らいつくことを決めた。


「だって君は、目を瞑るだけで彼女の行動を簡単に予測できるんだろう?つまりそれは、彼女のことを知り尽くしているからじゃないのかな。きっと、君たちはお互いのほくろの数さえ知り尽くしているのだろうね」


 美瑠子は得意げな顔で饒舌になり、なんだか気持ち悪いことを言った。しかし、幼馴染であるあいつとは、小学生まで一緒に入浴もしていたから、完全に否定できないのが歯がゆかった。


「まあ、奥手な君のことだから、ほくろの数を知っている理由は、小さい頃よくお風呂に入っていたからというような理由なのだろうがね」


 すべてを見透かし、見通しながら話す美瑠子は、発言内容がどうであれ気味が悪かった。しかし、そんなこいつの異常性にはもう慣れたもので、俺は驚かなかった。


「例えば、ぼくのことを目を閉じて思い浮かべてご覧よ。あの子ほど正確に思い浮かべることは不可能なはずだ」


 俺は美瑠子にそう言われても、目を閉じて考えたりはしなかった。そんなことは不可能だと試さなくたって分かったからだ。こいつの特殊さは俺程度に計り知れる訳がなく、俺の想像を軽々と超えてしまう。もしも俺が小説家なら、こいつを登場させたりはしない。コントロールが効かないからだ。それほどまでに、美瑠子は俺の手に余る存在だ。


「ただ単に、一緒にいた時間が長いから想像し易いだけだ。それにあいつはかなり馬鹿だからな。行動や言動が予測し易い」


 俺は否定の材料を淡々と述べた。俺には美瑠子を言い負かすような技術はない。だから冷静に、事実に言うことが最善の手だった。


「しかしね、君は『呑気な顔で笑っている彼女』を思い浮かべることができると言った。多くの人間の中から彼女を選び、無限とも言える想像の中から、笑顔を想った。それは彼女に対する好意の表れに他ならないよ」


 美瑠子は怪しげでありながら、美しく澄んだ三白眼を俺に向けて、王手を決めるように華麗に言い放った。

 王手をかけられた俺は、諦めることさえ考えたが、それは単に投了を仕向けられているだけだと気づき反旗を翻した。


「でも俺は、あいつのことを別に好きだとかは思っちゃいない。それは厳然たる事実だ」


 結局、結論はそこだ。何を言われようと、別に照れ隠しでもなんでもなく、俺はあいつが好きではない。その事実がある限り、美瑠子の言い分を飲む気にはならない。


 たとえ反論が適わなくとも、それが結論だった。


 美瑠子がどれだけ頭がよく、小説に登場できるような際立ったキャラクター性を持つ彼女が何を言おうとも、俺はあいつが好きなんてことはない。


 そして美瑠子にこの発言を、照れ隠しだと認識されるという危惧はしていなかった。美瑠子に嘘が通じないことを俺は知っているし、故にこの発言が本音だということを美瑠子は理解していると信用していた。


「なるほどね。君はどうやら、いや君たちの関係はどうやら恋愛ラブコメのようにこんがらがっているらしい」


 しかし、俺の信用とは裏腹に美瑠子は素っ頓狂なことを言った。俺は面を食らって口を茫然と阿呆のように口を開けていた。


「どうした美瑠子……。お前らしくないな。見当外れ、的外れもいいところだ」

「いやいや、そんなことはないさ。君は多分、単行本換算で三巻目というところなのだよ。まだ主要人物たちの心情があやふやな状態を保っており、人気が出ればこのまま展開を引き延ばし、出なければ次の巻で急展開を起こし強引に最終回へと持っていく算段なのだよ」


 算段なのだよ――と言われてもな……。そもそも誰の算段なんだよ。そんなつっこみを入れたくなったが、美瑠子の言葉を理解できないまま否定はできなかった。美瑠子の考えていることは正しいが、俺の理解が追い付いていないだけだという可能性もあったからだ。


 そういう経験が、美瑠子と俺の間には多々あった。だから俺は、ここまで来てもまだ美瑠子の言葉に耳を傾けていた。


「しかしだね、そういう展開は読者には見透かされているものなんだ。誰だってある程度、誰と誰がくっつくのかは一話目で大体予想できてしまうものなんだ。故にぼくから見ると、君たちの関係はかなりもどかしい。煩わしいとさえ思う程にね」


 俺の意思を無視して彼女の脳内で繰り広げられる恋愛模様を、煩わしいと言われても俺にはどうしようもなかった。だが、俺が美瑠子に抱く信頼は確かなもので、簡単に無下にできるものではなかった。

 俺の気づいていない心の奥底では、あいつのことをそんなに悪く思っていないのかもしれないと、そんな希望的観測をしてもいいかなと思ったりはした。


「まあ、長々と語ってしまったが、結論――君は夜市翠を愛しているんだよ」


 しかし、そんな結論はすぐにでも無下にしてしまえるほど、荒唐無稽なものだった。

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