腐りかけ

@yorozu1

腐りかけ

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 フロントガラスに雫が写る。雨が降っていた。雫が少し増えた所でワイパーが、雫を消す。

 その繰り返しが続いていた。

 伊藤は助手席からそれを見ていた。夜だった。ヘッドライトの光る範囲でしか雫は見えない。

 運転席から煙草の煙が漂ってきた。伊藤は助手席の窓を少し開けた。


「煙草は嫌いか?」


 運転をしている、男が言った。窓から、雨の水滴が入ってくる。


「いや・・・・」


 伊藤は静かに答えた。


「吸えよ。最後かもしれないだろ?」


 男は片手で煙草の箱とライター取り出し伊藤に渡した。伊藤は煙草の箱を貰い、そのまま煙草を咥えた。

 運転している男の名前は知らない。もちろん、相手も伊藤の名前を知らない。名乗ってもしかたがない。

 伊藤には両親の記憶がない。物心ついたときは施設にいた。

 施設ではあまり思い出はない。馴染めなかった。ただ漠然と、施設で時間だけが流れていた。

 施設の大人たちも伊藤を、腫れ物扱いのように接していた。

 この頃から、腐り始めていたと思う。

 施設を出たあとはいつの間にか刑務所を出入りする人生になっていた。

 腐った人生。この言葉は伊藤に合っていと思った。

 伊藤は煙草を吸った。

 うまい、いい煙草だ。しかし、この煙草の味を感じるのも最後か?

 死ぬことは考えたことはない。今までの中でいつ死んでもおかしくなかった。

 しかし、今日まで生きていた。

 伊藤は可笑しくなり煙草を右手で持ち苦笑した。


「何か、おかしいか?」


 運転をしている男が言ったが伊藤は答えなかった。

 車が止まった。

 伊藤は煙草を吸いながら、今度は助手席の窓を見た。雫がゆっくりと流れていた。


 妹がいた。漠然とした時間の中で過ごしていた施設での思い出の唯一覚えているのはこれぐらいだ。

 妹は伊藤と違って施設に馴染んでいた。

 お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ。

 妹は伊藤に何回も言ってきたが、伊藤はその言葉には乗らずいつも冷たくしていた。

 それでも妹は伊藤を誘ってきた。唯一の肉親の伊藤を気にしていた。しかし伊藤の返答は妹の頬を叩くことだった。

 殴った時の妹の顔ははっきり覚えている。

 妹は、泣かずにただ呆然としていた。殴った頬を押さえていた。伊藤は後悔したが何も言わずにそのままその場を去った。しかしその行動に伊藤は後悔をしていた。

 腐るかけてる自分を止めてくれる存在ではないかと

 その後、妹は伊藤と距離を置き二人は施設を出た。

 妹は自分と関わらない方がいい。その方が彼女のとっていいとこの時は思っていた。しかしそれは自分の一方的な思いだったのかもしれない。


「もう、そろそろだな」


 運転席の男が言った。男は、新しい煙草を吸い始めていた。

 もう始めるか......


「しかし、お前も物好きだよな。自分で進んで、ットマンの仕事をするんだからな」


 男は、煙草の煙をふかしながら言った。伊藤は、その言葉に反応せず吸っていた煙草を車の吸殻入れに入れた。

 そしてインナーにある拳銃を取り出しそれを見た。


 次に会ったのは妹の墓だった。

 薬物中毒よる自殺と聞いた。

 伊藤はただ呆然と墓を見ていた。涙はでなかったが腹の中で煮えるのと後悔が混ざり合っていた。

 なぜこうなった...... なぜ、幸せにならなかった?

 伊藤は血なまこになりながら妹を自殺の原因を探した。

 そして伊藤はある男を訪ねた。男はドアを開けると酔って出てきた。伊藤は妹の事について聞いた。

 男は酔いながらあの女と言いながらヘラヘラと笑いながらなぜ聞くんだと言ってきた。

 伊藤はこの男を殴った。男はそのまま倒れた。伊藤は馬乗りになった。

 男は何をするんだ!!と言いかけたが伊東はさらに殴り、その女の兄だと言った。

 妹の事にすべて話せ、と言い男の顔面を何度が殴った。

 男は泣きながら話し始めた。

 

 「あの女は自分のために稼いでくれた。あいつ自ら身を売って稼いでくれた」


 この男は、妹を売春させていた。

 男はそこで妹を売ったと言った。そこで妹は薬物を打たれながら無理矢理売春をさせていた。

 伊藤は、ショックを受けた。妹はそこまでしてこの男に惚れていたのか?


「お前は、妹を愛していたのか?」


 男は無言だった。ただの道具だったのだろか?

 伊藤はその男を殴り続けた。その間、男は謝っていた。しか、その言葉は伊藤には聞こえなかった。やがて男は動かなくなった。



 伊藤は雨合羽を着て車の外に出た。雨は小雨になっていた。


「もし帰れたら、一杯奢ってやるよ」


 運転席の男は笑いながら言った。煙草は吸っていなかった。


「ああ......」


 伊藤は小さく頷き答え車のドアを閉めた。

 車はそのままゆっくりと走っていった。

 降りた場所は住宅街の路地だった。しかし夜の雨のためか人気はなくちょうどよかった。

 ここで待っていたらやがて目標が来る。

 伊藤は近くの電柱にもたれ煙草を口につけ火をつけた。目標はいつくるか分からない。ただ自分は待ち続ければいい。

 ヒットマンの仕事を申し出たのは、単純に妹の復讐だった。目標は妹を麻薬付けにした男。伊藤はただそいつを撃つだけ。

 このようなことをしても妹は喜ぶのだろうか?

 自分は今まで妹にはろくにしてやれなかった。ただ自分が腐りかけているのを思い妹も同じにしたくないから伊藤はわざと離れた。

 しかし妹は......

 複数の足音が聞こえた。目標が来た。

 伊藤は煙草を捨てた。煙草は路地の水溜りに落ちそのまま消えた。伊藤の周りにはかすかに煙草の煙だけが、漂っていた。 

 妹はろくでもない男を愛して自分を売った。

 伊藤が殴り殺した男と伊藤には何の差はない。腐りきっていたか、腐りかけの違いだけだ。

 インナーから拳銃を取り握った。目標はまだこちらには気づいてない。

 腐りかけの伊藤を妹は心から思っていたのだろか?

 今でもわからない。しかし腐りかけの伊藤にとっては唯一の救いだったのかもしれない。

 伊藤は目標に向かって歩き始めた。


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